第38話 最後の雪蓮
「それで、雪蓮は復活できるのか。」
「ああ、五つの結晶を前に置いて、お前の血で試せ。」
龍が肩から降り立ち、氷に覆われた雪蓮のつぼみを指し示した。
凛音は短刀を手に取り、掌を切り裂いた。赤い血が氷の上に落ちると、冷たい音を立てて染み込んでいく。
次の瞬間——。
氷が淡い青い光を放ちながら、静かに溶け始めた。その光は徐々に強さを増し、雪蓮のつぼみがゆっくりと開き出す。
純白の花弁が、一枚、また一枚と広がっていく。その中心には、光の粒が揺らめき、まるで命そのものが息づいているかのようだった。
花が完全に開いた瞬間、柔らかな光が空間を満たし、心を包み込むような温かさが広がった。
真実、覚悟、忍耐、決断、執念。
これが、雪華国を巡る旅の中で凛音が見つけたものだった。
この物語は、天真爛漫なお姫様が希望を取り戻す物語ではない。
それは、元王女がその名を捨て、刃を手に、己の意志で運命を切り拓く物語だ。
世界は時に、理不尽で残酷だ。だが、願わくば、いつの時も「真実」を直視する「覚悟」を持ってほしい。 困難に耐え抜く「忍耐」と「決断」、そして目標を遂げる「執念」を——。
凛音は静かに立ち上がり、雪蓮の光を見つめた。
「清樹のことは治せるのか、浮遊?洛白の話によると、この花弁を乾燥して薬を作るみたい。それは間に合いますか。」
「凛雲さま、私のことはもういいよ。これはただ一つの雪蓮なので、蒼岳の弟も皆が必要だ。」
「わしがいつ雪蓮の花弁が必要だと言ったか。確かに、これは雪華国最後の雪蓮だ。だが、これはあの人、雪華国の最初の王女が守って生み出した雪蓮だ。わしの力の根源でもある。これさえあれば、ただの毒ならわしがササッと治してやるさ。」
「本当に?」清樹は希望に満ちた目で龍に問いかけた。
「浮遊、ありがとう。でも、無理していないよね?」
「なんだと、小娘のくせに、わしを心配しているのか。」
「それは心配するよ。」
龍は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに笑みを浮かべた。
心配するとはな。やはり、この子は昔のあの人に似ているな。
今度こそ、人間どもがまた愚かな過ちを犯さないことを願う。
そして今度こそ、わしがこの子を守りきれることを——。
清樹の毒が龍によって清められ、元気を取り戻した彼は、駆け回りながら「凛雲さま、龍さま、ありがとう!」と何度も振り返った。その笑顔には、雪華国最後の希望を繋いだかのような温かさがあった。そして、彼は嬉しそうに李禹の元へ駆け寄った。
その様子を静かに見つめていた凛音は、ふと龍に近づき、低い声でそっと尋ねた。
「最後に宰相が現れた時、あんたはいたんだろう?確かに『皇太后さま』って言った。あれは白澜国の皇太后のことか……。彼女が母様を死に追いやったの?」
「さあ、具体的なことはわしにも分からん。ただ、すべてを確かめるのはお前自身だ。」
龍はしばし黙った後、小さく尾を揺らしながら答えた。
「今回、雪蓮が咲いたのはお前のためだ。お前が進む道、成し遂げたいこと、それをわしと雪蓮で共に見届けよう。」
「それでは、浮遊、一緒に白澜国に行こう。」
母上が辿った道、その真実をこの手で掴むために、進もう。
凛音は雪蓮の光を背に、静かにその場を離れた。
龍はその後ろ姿を見送りながら、どこか遠くを見つめた。
その瞳には、何かを思い出すような光が揺れていた。
「鳳華……わしは今回、彼女と共に、外の世界を見てみよう。」
その時。
「浮遊、少し話がある。」
「お前か。やはり、お前にはわしが見えているのだな。」
洛白は静かに頷く。
「ええ、どうして分かる?」
「何度か、わしが彼女の頭を弄っている時、お前はその様子を見て、笑っていたからな。まあ、やっと口を開いたか。さて、何を聞きたい?」
「凛音のことだ。浮遊は、雪華国と白澜国のことをどこまで知っている?」
「ふん。」龍は小さく唸り、肩の上で尾を揺らした。「それを聞くのはお前の役割ではないだろう。」
「……それでも知りたい。」洛白の声には、珍しく焦りが滲んでいた。 龍は目を細め、じっと洛白を見据える。その目には、何か確信めいた光が浮かんでいた。
「ならば、お前自身の正体を隠す理由を、まずはわしに説明してみろ。」
その言葉に、洛白の表情が僅かに揺れた。 「……どういう意味だ。」
龍は冷たい笑みを浮かべ、静かに告げた。
「王族の血を持つ者だけが、わしを見ることができる。そしてお前は雪華国の者ではない……ということは、白澜国の王子さまだろう?」
洛白は一瞬視線を落とし、冷静さを取り戻したように見えたが、その瞳には依然として焦燥が漂っていた。
「……守るべきものがあるだけだ。」
龍は軽く鼻で笑い、肩から飛び立つように宙に舞い上がった。
「よかろう。お前がどれほどの覚悟を持っているか、そして、この秘密をどれだけ守れるのか。お前の真価、存分に見せてもらおう。」
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