第7話 白鷺、舞い上がる
「凛凛、今回は気をつけろよ。お前が男装して参加するのはむしろ危険だ、慕家の連中に目をつけられたら厄介だ。」蓮は凛音の腕を引き寄せ、声を潜めて言った。
薄曇りの空が広がり、ひんやりとした風が吹き抜ける。凛音は一瞬、蓮の手の温もりに触れながらも、逆に安心させるように微笑んだ。「蓮は心配しすぎよ。」
実は彼女はここに来る前に、すでに色々心の準備をしていた。
今日は、ただの試合ではない。皇帝の顔を確かめ、真実に近づくための第一歩なのだ。
蓮は険しい表情でうなずき、目を逸らさずに彼女に言った。「あいつら、あの一件を根に持っている可能性が高い。慕正義が死んだその朝、凛雲と喧嘩していたことも知っているはずだ。だから……目立ちすぎるなよ。」
凛音はまっすぐ蓮を見つめ、唇を引き結んで答えた。「分かってる。けれど、今日は必ず勝つ。」
射箭の儀とは、単なる的を射る競技ではない。この行事は、吉祥と繁栄を祈るための祝いの場として、特別な意味を持っている。水源を守る霊鳥の象徴である白鷺が、空に放たれるが、その中には一羽だけ、足に金色の精巧な福袋を結びつけた白鷺がいる。この金色の福袋を射抜くことができた者が、勝者として栄誉を得るのだ。
この射箭の儀は、武術大会の最初にして最も重要な催しでもある。
いよいよ競技が始まった。観衆の視線は湖畔の観覧席から空へと注がれ、緊張と期待が辺りを包み込んでいた。
審判の合図と共に数十羽の白鷺が湖上へと放たれ、純白の羽が舞い、空が白で染まる中、騎馬の選手たちは湖畔から一斉に各方向へと散らばり、空を舞う白鷺たちを追い始めた。
各家の弓矢には異なる色が施されている。たとえば、林家は淡い緑、慕家は深紅、皇家は金、軍は青といった色分けがされており、矢が誰のものか一目でわかるようになっていた。
凛音も蓮と凛律と共に空を見据え、目標の白鷺を探しながら馬を進める。白鷺たちは空を滑るように四散し、湖畔を離れて次第に森林の方向へと飛んでいく。特定の一羽を見つけ出すのは至難の業だ。
森の中は、木々が密集し、ところどころに光が斑になって差し込んでいる。騎手たちもそれぞれの白鷺を追いかけているが、福袋を持つ白鷺の姿はまだ確認できない。枝葉が揺れ、風が微かに木々をざわめかせる中、凛音は呼吸を整え、集中して空を見据えた。
そのとき、突然、無色の矢が鋭く飛んできて、彼女の脇をかすめて木の幹に突き刺さった。
「今のは…?」凛音が眉をひそめるが、すぐに次の矢が彼女を目がけて飛んできた。今度は肩先をかすめ、衣服を裂いていく。
「音ちゃん、危ない!」凛律が即座に察知し、険しい表情で叫ぶと、「ここは俺に任せろ!」と馬を駆け、矢の発射源と思われる方向へと追い始めた。
凛音は兄の背中が遠ざかるのを確認すると、ふっと息を整え、改めて集中しようとしたが、次の瞬間、また無色の矢が連続して三本、彼女に向かって飛んできた。
蓮は瞬時に反応し、最初の二本を冷静に射落とした。彼の矢は正確に相手の矢と交差し、空中で鋭く弾かれる。だが、三本目は凛音に迫り、彼女は即座に身をひるがえし、素早く空中に跳び上がると、華麗に一蹴りで矢を横へと蹴り飛ばした。
凛音は身をひるがえすと、そのまま再び空へ視線を向け、福袋を持つ白鷺を追い始めた。
一方、蓮は冷然と森の中を見渡し、無色の矢が飛んで来た方向をすばやく見極めた。その男の一瞬の動きが目に映ると、蓮は表情一つ変えずに矢を構え、ささやくように言った。
「凛凛に手を出すとは…その手、二度と使えないようにしてやる。」
蓮が一瞬で狙いを定め、相手の弓を持つ手に正確に矢を放つと、その手元をかすめ、敵の弓が地面に落ちる音が辺りに響く。敵の男は驚愕の表情を浮かべ、蓮の冷然たる視線にたじろぎながら後退した。
凛音はその隙を逃さず、空を見上げ、馬を一気に駆け出して福袋を持つ白鷺を追い始めた。
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