蝗害メイドが治める世界

アカアオ

蝗害メイドが治める世界

 『おはようございます、ご主人様。素晴らしい一日が始まりますよ』


 スマホに向かって少女が声を掛ける。

 その声はインターネットの回線を通り、世界中の『ご主人様』と『肉塊裏切り物』に届く。


 『昨日は56人が決まり事を破り、ご主人様から肉塊へと降格されました。非常に嘆かわしい事です』


 少女は目を閉じ、ひっそりと涙を流す。


 クラシックなメイド服を着込む、くすんだ緑髪の少女は世界中の人々を自らが使える主であると思い込んでいる。

 そして、メイドである自分は主が安全に過ごせる世界を作る使命があると信じている。


 ゆえに、彼女は行動した。

 ゆえに、彼女は天から授かった二つの異能を使いつぶした。

 ゆえに、彼女は自分のファミリーネームを捨てた。

 そして、今は自分で考えた『ラヴピース』と言う名を名乗っている


 『ご主人様、ご心配をかけて申し訳ございません。世界から争いを、その火種ごと無くす事が私の役目。にもかかわらず、危うく争いを生んでしまう所でした』


 世界から争いを無くす。

 悪意と戦争がはびこる人類の歴史に永遠の平穏と言う革命を起こす。

 そんな夢を叶えるために、世界のメイドを名乗るアメリダ・ラヴピースは奔走する。


 手始めに、『バッタを操る能力』で大規模な蝗害こうがいを起こし、一夜にして世界中を食糧不足に陥らせた。

 そして、『脂肪を操る』能力でバッタが食らったエネルギーを醜い脂肪として保存した。


 保存された脂肪は今や大陸と変わらない。

 そして、その余りにも大きすぎる脂肪をアメリダは自身の異能で食べ物に変化させる事が出来る。


 『今日は空も快晴で良い空気です。8時ごろには朝食運ばれるので楽しみにしていて下さい』


 彼女は世界中の食料を全て手中に納めたも同然だった。

 この世界で過ごす人々は彼女によって生かされている家畜と同等だ。


 『それでは、今日もご主人様たちにとって良き1日でありますように』


 真摯に祈りの言葉を紡ぐアメリダは気づかない。

 彼女の作る平穏はあまりにも独善的で歪んでいると言うことを。


 過保護なメイドは世界中から魔王として恐れられている事を。


 

 「ご主人様、危ないですよ。そんな物はおろして下さい」

 「悪いが俺たちはもうお前に支配されてやらねぇ」


 時間は流れ、昼過ぎ。

 脂肪で出来た大陸で佇むアメリダに武装した数100人の集団が押し寄せていた。


 アメリダはリーダー格の男に首をかしげて問いかける。


 「ご主人様?どうしてそんなに怒っていらっしゃるのですか?」

 「悪いが話すつもりはねぇんだ」


 男は懐のデザートイーグルを素早く取り出し、そのトリガーを引いた。

 バン!!と撃鉄が音を鳴らす。

 それと同時に、黒く変色した気味の悪いバッタが一匹飛び出した。


 「ケッ、バッタごときがこれを防ぐかよ」

 「私の操るバッタちゃんは環境の変化や、保管場所の密度なんかで異なる姿や習性を得ることが出来るそうなんです。元々昆虫学者をされていたご主人様に教えてもらいました」

 

 アメリダが自慢そうにそう言うと、銃弾を止めた黒いバッタが彼女の肩に止まった。

 バッタの大きさは手のひらサイズ程。

 見るだけで拒絶反応を起こしてしまいそうな大きさだ。


 「ご主人様、銃は危ないですよ。簡単に人の命を奪ってしまいます」


 武装集団が銃や刃物をアメリダに向ける中、彼女は怯えもせずそんな忠告をした。

 

 「昔は自分を守るために、なんてうたい文句で市場に出回っていましたが……そのせいで起きた悲劇は数え切れません。ですが今は私が居ます。この地球に住むご主人様全てを守るメイド、アメリダ・ラヴピースが居ます。そんな危ない物なんかなくても、安全と平和は保証されているんですよ」


 だからそんな物捨ててくださいと、アメリダは優しい声色で言い聞かせた。

 それはまるで、悪い事をした子供をしかりつける母親の様だった。


 そんなアメリダを見て、男はため息をつく。


 「一つ教えてやるよ。俺たちはな、お前のそんな所が嫌いなんだ」

 「……申し訳ございませんご主人様。今の私の何処がお気に触れたのですか?」

 

 アメリダは困惑した顔をして首をかしげる。

 それとは対照的に、武装した集団の心は怒りに染まっていた。


 確かに、人類の歴史は醜い争いが絶えなかったのだろう。

 それによる悲劇も多かっただろう。


 だがそこには、自由があった。

 怠惰に落ちることも、奮起して踏ん張ることも、そこそこに生きることも、つらい現世から死をもって逃げる事も、どんな選択であれ最終的には自分の意志で決める事が出来た。


 毎日、アメリダの放送によって起こされる。

 食事はアメリダが決めたメニューを毎日、同じ量提出される。

 娯楽もアメリダが認めた範囲の物しか残されておらず。

 仕事の裁量もアメリダが勝手に決めて勝手に与えてそれをするだけだ。


 今の人類は全員、自分の力で生きる術を奪われている。

 口を開けて、アメリダが供給する餌を待つしかない。


 今の人間は、手なずけられた家畜となんら変わりがない。

 そんな生活に、多くの人々の精神が付いてくるはずもなかった。


 「お前にそれを教える気はねぇ。狂人に言葉は無意味だからな」


 その言葉を皮切りに、銃声と怒号が響く。

 この世界におけるレジスタンスとも言える彼らは、今用いれる最大限の武装と、最大限の連携を用いて鉛玉の雨を降らせていた。


 しかし、その思いも弾丸も狂ったメイドには届かない。


 「いけませんよ。これで私が怪我でもしてしまったら、争いになってしまいます」


 響き渡っていたはずの怒号や銃声、それらをかき消す音が響く。

 その音は羽音だ。

 アメリダが操るバッタの大群が空間に群がり、怒りの銃弾を無慈悲に受け止める音だ。


 「今はまだバッタちゃんの戯れですみます。この世界から争いを無くす私の使命が破られた事にはなりません」

 

 「化け物め」


 「ですが……このような状況が続くのであれば、私はあなた方を許す事は出来なくなりますね」


 アメリダがレジスタンスを指さして『あなた達』と呼んだ。

 今まで頑なに『ご主人様』と呼んでいたのにも関わらずだ。


 それは、ある意味での死刑宣告であった。


 「私の作る平和は清く正しくルールを守ったご主人様に与えられるものです。これ以上あなた達が攻撃を続けるのであれば、私はあなた達を肉塊と断定し、食い殺し、明日を生きるご主人様達の糧にします」


 「お前ら!!怖がるんじゃねぇぞ!!ここで弱音を吐いたら俺達はまた家畜に逆戻りだ!!」


 「10秒カウントダウンしますので、それまでの間に決めてください。まだ私のご主人様で居たいお方は武器をおろして両手を上げて、私に分かるように降伏のポーズをとってくださいね」


 レジスタンスは奮闘する。

 いつかはバッタの包囲網を抜けてアメリダを殺せるはずだと信じてトリガーを引く者。

 なんとか作成した拙い爆発物を投げる者。 

 弾丸が無くなっても、ナイフやバールをもって攻撃する物。


 各々が各々で出来る最大限でアメリダに立ち向かっていく。

 

 「10……9……8」


 全ては彼女一人に奪われた人間らしい生活を取り戻すために。

 狂ったメイドの毒々しい保護下から抜け出し、尊厳を取り戻すために。


 「7……6……5」


 しかし、どれだけ思いを再燃させても状況は好転しない。

 憎きメイドは姿勢を正した状態から一歩も動かず、どんな猛攻もバッタの群れに止められる。


 「4」


 そして、自分の死を宣告するカウントだけが過ぎていく。

 この数字が0になったらー


 「3」


 レジスタンスは情け容赦なく殺される。


 「2」


 彼らは各々に声を出し、互いに励ましあっている。

 何の為にここまで来たんだと。

 もう一度あんな生活をするぐらいなら死んだ方がましだと。

 未来を生きる子供の為にも戦うと決めただろと。


 「1」


 しかし、カウントダウンは無常に響く。

 状況は未だ好転の兆しを見せない。 

 そんな現状がレジスタンスの心を蝕み続けー


 「もう嫌だ!!やっぱり俺は死にたくない!!」


 ついに一人の心が折れた。


 「0」


 その瞬間、バッタの羽音が一層うるさくなる。

 あれだけ怒号を上げていたレジスタンスの声など聞こえなくなるほどに。


 「今から行うのは肉塊の捕食であり、争いではありません。これで今日も平和な一日です」



 「あ……あぁ」


 それはあまりに一瞬の出来事だった。

 99人もいたレジスタンスの仲間は1秒とかからない時間で全滅したのだ。


 「え……たいちょー」


 一人生き残った青年は嗚咽をこぼしながらその場にうなだれた。


 あの時、彼の心だけが折れた。

 彼だけが恐怖に屈してしまったのだ。


 勇敢に戦っていた同胞たちの今はひどいものだった。

 彼らの死体に無数のバッタが群がり、その肉を食らいつくしている。


 その租借音が臆病な青年の精神を壊す。


 「やめて……ください……殺さないで……俺はあんなの……いやだ」


 「大丈夫ですよご主人様。人は間違う生き物ですから、今回の失敗は反省して生かせばいいんです」


 声を掛けられて、青年はハッと顔を上げる。

 そこには慈悲にあふれた顔で青年を見つめるアメリダの姿があった。


 「可哀そうに、あの人たちの過激な思想に洗脳されてしまったのですね」


 アメリダはそう言いながら、青年の体をぎゅっと抱きしめる。

 

 「あ……俺は」

 「もう大丈夫です。脅威は排除いたしましたから」

 「み……んな」

 「怖かったですね。大丈夫です、私がそばに居ますよ」


 アメリダは青年の頭をそっと撫でた。


 彼女は分からない。

 青年が真に恐れているのは自分だという事を。


 彼女は分からない。

 青年が乾いた涙を流している意味を。


 「私のご主人様に戻っていただいてありがとうございます」

 「……さい。……ころさないで……」

 「随分と泣き虫さんなご主人様ですね。大丈夫、大丈夫ですよ~」


 彼女の名前はアメリダ・ラヴピース。

 歪んだ優しさで世界の人々を世話するメイド。


 「あ、そうだ。さっきの肉塊を使ってデザートを作りましょう」

 「え……」

 「私の能力があれば、死体の肉を加工してプリンだって作れるんですから。ご主人様だって、味が変わらないことも栄養価が高い事もご存じでございましょう」


 歪んだ彼女が作る理想郷は、『ご主人様』だけが安全なディストピアだ。

 彼女の力に怯え、彼女の行動に怯えながら、彼女に世話されるだけの人々にとっては地獄でしかないだろう。


 「はい。頑張って洗脳を振り切ったご褒美ですよ」


 それこそ死んでしまった仲間の肉で作られたプリンを笑顔で渡されるような、胸糞悪い地獄の世界だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

蝗害メイドが治める世界 アカアオ @siinsen

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ