三話 WORLD
輝きが収まり、再び目を開けると目の前にPCが鎮座していた。
モニターには【エデンズ・ブック】のタイトルロゴが表示されていた。
モニターから目を離して周囲に目をやる。
「ここは…?」
景色は白で埋め尽くされていた。
しかし今度は頭上には屋根がある。
周囲には壁がある。
足元には床がある。
真っ白ながら最低限に部屋として存在が認識していることに驚いた。
しかし、それだけではなかった。
部屋全体と同じく白色で構築されてはいるが、きちんとベッドとして視認できるものがある。
棚と箪笥もある。
そしていつの間にか自分が座っているとリクライニングチェア。
目の前には今まで向かっていたPCデスク。
部屋自体にもそこそこの広さがあり、窮屈さは感じない。
一人暮らしの一部屋としてみても十分なスペースが確保されていた。
が、しかし間もなく強烈な違和感を感じ、改めて部屋を見渡すと部屋として絶対になくてはならないモノがなかった。
窓がない。
そしてドアもない。
奇妙な不安感につい立ち上がり、不自然に開いた空間に指をなぞる。
触っている感覚はあるものの摩擦を一体感じさせない不思議な材質だ。
「これは……俺は閉じ込められたのか?」
『この部屋が[デベロッパールーム]ですぅ』
ビクッとお肩が跳ね、振り返ると【イヴ】が宙を漂っていた。
「お前、吃驚するじゃないか!」
『すみません~、もう気付いておられるかとぉ……』
深いため息をついて、冷静になれと自分に言い聞かせる。
「まぁいいさ……なんでこの部屋と扉と窓がないんだ?」
『この部屋は【エデンズ・ブック】に存在してはありますが、窓や扉を取り付けてしまうと何らかの方法で【何か】が侵入してくる可能性は無くなりません。それゆえに、[隔離]という形をとるには直接窓と扉を失くして構築するのが早いと思いまして。もしこの部屋から出る場合は《コンソール》からのアクセスしか方法がありません』
「そうか……《コンソール》は他に何ができるんだ?」
『《コンソール》は【エデンズ・ブック】の創造するためのツールです。貴方様がお持ちの創造力は《コンソール》を通して出力されます。「何ができるのか」という問いには、[マップエディタ]、[人物・オブジェクト設定]、[ストーリーライン管理]、[サウンドクリエイション]、[ユニット・ステータス生成]、[動作テスト]等が該当します』
「なるほど、これ一機で世界創造ができてしまうのか」
チェアに腰かけ腕を頭に組んで考える。
【エデンズ・ブック】には足りないものがとにかく多すぎる。
でも何よりも重要なのは……。
「まずは世界観だな」
[世界観]。ストーリーを構築する上で絶対に必要なものである。
[アバター]がその場所に足を踏み入れた際、まず視覚的な情報として機能するものである。
文字でも会話でも演出でもなく、ごく自然的な情報は一番プレイヤーに負担が少なくそして直接的に伝えるものである。それが[世界観]だ。
【イヴ】からプロローグは一通り聞いた。
ヒトとモンスター間の戦争は終って久しい。
つまり当面の文明は保証されているという事だ。
そうなら村や、町や、街や、国の存在も許されている。
細かいことは後から考える……まずは土地から構築しなければ。
「【イヴ】、《コンソール》についてもっと教えてくれ。まずは[マップエディタ]から取り掛かろう!」
『はい! お任せ下さいっ!』
--------------------------------------------------------------------------------
再び、村の出口の門の前に訪れた。
門の外からがそもそも存在していないので、[マップエディタ]の始めはここからとなった。
[エデンズブック(コンソール)]を片手に、存在しない土地に向かう。
「っと……これがこうなって……こう」
今開いているページは[フィールドマップ]ページ。
片方の手に[ペン(【イヴ】曰くマウスとキーボードと同じ役割)]を持ち、[エデンズブック]に書き込む。
【イヴ】によると、[エデンズブック]事体が《コンソール》であるという事だと聞かされた。
つまり、【デベロッパー・ルーム】にわざわざ戻らなくてもフィールドに出て[エデンズブック]に書き込めば直接【エデンズ・ブック】に反映されるという。
「村から出たとはいえ、この場所は【オオヤマイヌ】を倒すほどの実力を主人公は持っている……ならちょっと敵も強くしなけりゃな。……とはいえまだ【ヤマイヌ】の縄張りだ。ともなれば【エリートヤマイヌ】はいれるべきだな……メモッとこう」
ペラペラと【ダンジョン情報】ページに書き込まれていく。
「……つい情報に手が出てしまうな。まずは……こう」
[フィールドマップ]に、道を描く。
サラサラ……
村から出た先は【地図ダンジョン】へ続く一本道。
をイメージして道と芝と壁になる予定の丘を描く。
すると、無の場所には青い線が刻まれ、輪郭を成す。
次第に役割が与えられた色が成り、そこは立派な道となった。
『初のクリエイティングですね。おめでとうございますぅ』
「……思ったよりも簡単なんだな」
構築されたてホヤホヤの道に足を踏み入れると
ジャリ… ズササ…
ちゃんと足裏の感触が土を踏んだと認識した。
音が鳴るというのは砂地の音は既に搭載積みと考えてよさそうだ。
足をワイパーの様に動かすと、砂が左右にかき分けられて小さな山となった。
二、三歩歩むときちんと足跡が出来上がっていた。
「これはすごい!」
リアルな感触に喜びを禁じえなかった。
こんな些細な変化でも感動するのか自分でも不思議だ。
ギュッと[ペン]を握る。
「ノッてきたな、どんどんいくぜ」
------------------------------------------------------------------------------
そこからの記憶はあまりない。
この世界は飢えも乾きもしない。
眠りも必要なければ体の些細な変化も影響しない。
他人に邪魔されず、時間という闇も最早敵ではない。
永久に創作活動に打ち込んでいられる。
夢中という無限意識がクリエイティブ精神大きく刺激し、火をつけた。
【エデンズ・ブック】は変化する……。
村を出た後はしばらくは魔物の縄張りを通過することになるだろう。
【ダンジョン属性】は【坑道】で【地図ダンジョン】は大きく開けた土地として構築していき、そこでは順当に【レベル】が上がる様に手ごわさのある【盗賊】や【ゴブリン】を配置しよう。
長い道のりになるから、小回復する休憩所として【ベンチ】を置いてもいいな。
その傍らには【行商人】を配置してワザと【お金】を使わせるようにして意地悪しよう。
もう少し進めばこの先にあるのは【交易所】だな。
ともすれば人数は多いから、【町】にしよう。
そうすれば商人たちが色んな情報を噂して、【サブクエスト】の発生の取っ掛かりとして町民と関わりができるだろう。
【坑道】エリアに別の【森】のダンジョンに行けるようにして【サブクエスト】はそこで達成できるようにしよう。
クエストの内容は【荷物奪還】系にしよう。そうすれば【町】を交易所として使っている商人たちはお礼として、売り物の【金額】を下げてくれる……という仕様にしよう。
他にも、【サブクエスト】を仕込んでおこう。
【町】を出た後は、とうとう【城下町】が目的になるだろうな。
そうすれば【ストーリー】が大きく進展するだろう。
そういえば【黒キ者】達という存在もいたな。
中間の勢力が味方になるのも熱い展開だな。
【セイヴァーギルド】をつくって仲間を増やしていくというストーリーもいいかもしれないな。
そこで【サブクエスト】の依頼を募集しているって仕様も面白いかもしれない……
…………
………………
……………………
【エデンズ・ブック】には時間という概念がなかった。
だから[絶対時間]の概念を組んだ。
そして【太陽】が落ちることのなかった世界に【夜】が訪れる。
【月】が地上を燈す。
今は誰もいない城下町の外側、胸壁にて夜の城下町の見下ろしていた。
ふと、【アダムズ】は【月】を見上げた。
『……どうかしたのですか?』
「……記憶がなくってその不安を吹き飛ばす為に今まで突っ走ってきたけどさ。こうやって月を見るとなんとなく思い出すんだよな。創作してる時に気付いたら夜だったなんてことはしょっちゅうでさ」
『貴方様は早く帰りたい、ですか?』
「もちろん。けど逆に元の世界での俺って今はどうなってるんだろうって考えると不安だよ。……なんて考え無くてもいいことを考えちゃってさ」
『……。』
こんなにも感傷的な気持ちになるのは、
戻った記憶が影響しているのだろうか?
それとも記憶が戻ってきているからだろうか。
「……仕事に戻るか。やっぱり【城下町】の生成は複雑で大変だな」
ペンを持って[エデンズブック]を広げる。
夜の空に、青い粒子が駆けた。
まるで流れ星の様に。
------------------------------------------------------------------------------
【エデンズ・ブック】の創造は更に加速する……
【平原エリア】の先には、【渓谷地帯】が存在する。
そこでは【平原エリア】のモンスターの他にも、新種のモンスターも現れ始める。
そしてその先に見えるのは【砂漠エリア】だ。
この場所には水を管理している【オアシス】がある。
【オアシス】を休憩地点として、さらに進むと【砂漠エリア】を統治している【城】にたどり着く。
砂漠のど真ん中に聳え立つ【城】が【砂漠エリア】一帯の拠点となる。
環境が厳しい【砂漠エリア】では砂を利用した【状態異常付与】モンスターが多く、さらに【属性攻撃の重要】さというのも学ぶことができるようにする。
そして、遥か昔の人々が残した遺跡【ピラミッド】や、砂を得意としたモンスターの巣窟が主な【ダンジョン】となる。
【砂漠エリア】の【ストーリー】や【サブイベント】を経て、次の目標は【火山エリア】。
【火山エリア】は【山岳地帯】のど真ん中に存在しており、大きな山を中心に聳え立っている【城】が目的となる。
ここまでくると、モンスターの強さも格段に上がる。
【炎属性】と【岩属性】の複合で襲い掛かってくる上に、元の攻撃力も高く、生存力も高い。
対策がなされず長期戦になった場合、こちらの【属性耐性】や【物理防御力】が不十分だと苦戦を強いられるであろう場所である。
【火山エリア】の特徴である【溶岩】による【地形ダメージ:熱】の蓄積は素の状態では到底無視できるものではないので、レベリングや装備更新を余儀なくさせる。
【火山エリア】の唯一助かるところは、移動範囲が小さく纏まっているというところにある。
道中の余計な戦闘は少なく、今までよりも大きな【ダンジョン】にて雑魚モンスターとエリア一帯をまとめ上げている【エリアボス】は一つだけの【ダンジョン】にて待ち受けている。
【火山エリア】を抜けて再び【山岳地帯】を降りると、次は【雪原エリア】にたどり着く。
【雪原エリア】はモンスターの種類や属性もまるっと変わる。
【火山エリア】に初めて踏み入った時よりも楽に対策ができるだろうが、直接的な強さというよりも、姑息な手段で攻撃を仕掛けてくるようになる。
より集団で行動するモンスターが主となり、範囲攻撃や効率をより求められる。
しかも【凍結効果】のある攻撃をより仕掛けてくるようになり、油断すると瞬く間に命を落とす可能性のあるエリアだ。
洞窟の【ダンジョン】の数は【ストーリークエスト】の収集目的の探索の為に最低でも三つの攻略が必要になる。
難易度自体はそんなに高くはないのだが、
主に危険なのはやはり【地図ダンジョン】の敵である。
道中の十分すぎるほどの消耗戦を経て、【ダンジョン】に挑まなければいけなくなっている。
【雪原エリア】を攻略した後、その先に待ち受けるのは【魔王城】。
それから[ゲームクリア]……とはならず、ラストダンジョンは別のところにあると気付かされる。
そして、【魔王城】付近にある小さな国の【海エリア】。
ここから【平原エリア】に通じている【始まりの地】の近くの【船着き場】に通じている。
あの時の虚無だったのが【海】になり【船着き場】につながった。
【イヴ】の言っていた世界一周は一旦ここで達成する。
……が、ふと考えた。
【平原エリア】の活動拠点は【城】にあるのに、わざわざ森に船着き場をつくらなくてもよいのでは……
急遽、森の【船着き場】を埋め、【平原エリア】の【城】の付近にまで【海】を通して【海の街】をつくった。
こうすれば、【平原エリア】と地図後半の【海エリア】との貿易繋ぐことができるだろう。
さて……
…………
……………………
………………………………
「【天界】も【魔界】もどこにしたらいいだろうなぁ……」
【エデンズ・ブック】の【世界地図】のページを凝視する。
俺は結局、【イヴ】とこの世界を一周した。
直接その場所に赴いて世界を構築してきた。
ファンタジーものにおいて《ストーリーライン》上では世界一周は中盤を超えた辺りに大体属する。
ともすればお話の後半として、テコ入れが必要でもある。
「だとすれば……やはり空か地底か」
まだ《ストーリー》については詳しくは考えてはないが、世界の地形を構築していくにつれて、何が描きたいか……というのが徐々に鮮明になっている気がした。
その時のなんとなく……俺は空を見上げた。
「魔界を空に飛ばす?」
ってことは【黒キ者】達は何かしらの方法で空にいるという事になる。
少し設定が面倒くさそうだ……
もう少し楽な選択肢をとるのであればやはり、悪いやつは……
「ああ、やっぱ地下世界に【魔界】だな」
【エデンズ・ブック】の《ストーリー》が徐々に鮮明になっていく。そんな感触がする。
…………
……………………
………………………………
闇のオーラ辺りを包む。
そこら中に溶岩の溜め池がゴポリゴポリと熱を生み出す。
さながら地獄のようだった。
辺りには植物や余計な人工物の姿もない殺風景な作りがより禍々しさを増長させていた。
そして目の前に大きく聳え立つ【真・魔王城】。闇のオーラはここから発せられている。
たしかにこれならラストダンジョンっぽさが十分出ている。
「……どうだ」
【エデンズ・ブック】の[マップページ]に新しいページを設けた。
[設定]通りに地下世界に【魔界】が出来上がった。
《沢山の【ボスエネミー】が【雑魚モンスター】として存在している。
利用できる[施設]も【前哨基地】のみで、今までの比でない難易度の【ダンジョン】が二つほど》
と空白部分にメモ書きする。
そして目の前に聳え立つ【真・魔王城】に【イヴ】の本体が囚われている……のだ!
『……なるほどぉ、すごいオーラですぅ』
【イヴ】は相変わらず、ほわわんとした雰囲気で【真・魔王城】を見つめていた。
「【ブレイバー】は奥に囚われている【イヴ】を【黒キ者】から救い出せるのか!? ……よしよし、ラストっぽくていいな」
構築された禍々しさのその姿に頷きを禁じえない。
……そうしたらこの勢いで【天界】の方も取り掛かってしまおう。
…………
……………………
………………………………
雲の隙間から煌々しい光が差しこむ。
眩いというよりも温かみのある白色が一面に神々しさを醸し出す。
足元は雲でできていて、ところどころに立派なリンゴの木が生えていた。
建物は【神殿】のみ。
利用できる【施設】も【ダンジョン】もなし。
《ストーリーイベント》の為だけに来るエリアだ。
「【天界】かぁ……でもさぁ」
ペンを顎に当てて考える。いまいち【天界】という字面にピンと来ていなかったのだった。
「この世界に【天界】って[世界観]が合わなくないか?」
[エデンズブック]の《ストーリー》ページに開く。
「だってほら、プロローグには【勇者】と【魔王】ってのはでてきても、【神】って単語出てきてないからなぁ。でもせっかく【天界】作ったからなぁ。ボツにするのとかもったいないなぁ~」
そのとき、頭に電流が走る。
「そうか、【エデン】だ!」
【エデンズ・ブック】のタイトルにエデンの名前があるのに、【エデン】が関わらないのは不自然だ。
[エデンズ・ブック]に[マップ名]を【エデン】と書き込む。
「さて、デバッグも兼ねてもう一度見回ってみますか」
思いついた幾つかの案をメモ帳に書き込んでから、[ワープ機能]でその場を後にした。
--------------------------------------------------------------------------------
【エデン】に二人が消えた後、黒い炎が【神殿】に現れた。
黒い炎は徐々に人の形へと変化し、
ぼうっと黒い炎が消え失せると輪郭が顕わになる。
【エデン】の煌々しい光を全て吸収するかのような真っ黒な青年が姿を現した。
青年は周りを見渡す。
「……まさかここまでとはね」
特に行動を起こすわけでもなく、ただ佇んでいた。
「このままいけばいいけどな……」
そして再び黒い炎に包まれて姿を消した。
シュンッ
【エデン】に再び、【イヴ】と【アダムズ】が姿を現した。
「突然どうしたんだ。急に戻ってくれだなんて……」
『いえ……』
【神殿】を見ているが、何も異常はないように思える。
『だれか、いたような気がして』
「俺たち以外にこの世界にいるのか?」
『……ごめんなさい。気のせいだったみたいです』
そういって、二人はその場を後にした。
三話 『WORLD』 END...
【デベロッパー・ルーム】 富蔵 晧月 @Kougetsu00
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。【デベロッパー・ルーム】の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます