一章
一話 ENTER
「……ん?」
意識が覚醒し、目を開けると知らない景色が広がっていた。
むくりと身体を起こして辺りを見渡す。
無音かつ空気の流れも感じられなければ、寒くもなく暑くもない。
壁や天井の境界が認識ができない程広いのか、空間の境界が曖昧で内か外かの判別すらつかない。
ただ唯一足元には格子状の模様が広がっていた。
「ここは……どこだ?」
おぼろげな思考が時間が経つに連れて鮮明になっていく。
考えてみると目覚める前の記憶はおろか自分の名前や出身地、経歴の記憶が全く無く、最後に意識を手放した場所や状況への記憶の欠如していた。
そもそも俺? 僕? 一人称は何だったかすらも思い出せない。
不快感に頭を掻く。
ふと掻いた右手を見る。そこから腕、肩に続き、自分の服装に視界が移る。
赤いジャケットに青ジーンズのショートパンツ、真っ赤なスニーカー。
ジャケットには右胸の辺りにやけにキラキラしたバッヂが三つ付いていて、ジーンズのポケットからゴツめのチェーンが付いていた。
パンツのベルトループから引かれているチェーンを引っ張ると
出てきたのは鍵ではなく、金色の龍の剣のアクセサリー。
これは、反抗期一歩手前の男の子のセンス……。
今の自分の姿が一体どうなっているのか想像すらできない。
自分が思っているよりも視界が低くて、身体が軽くてとても動きやすい。
この身体に馴染みがないのは恐らく自分のものではない。という事だけは確信できた。
しかし何もない空間で、なぜ自分だけこんな姿をしているのか……?
『あ、もう起きてらっしゃったんですね~』
何処からともなく幼い女の子の声が響い出して肩が跳ねる。
『あぁ~いきなりすみません~。音量下げますねぇ~』
一切なにもない空間でいきなり大音量の声が響いたらそりゃ驚くだろう。
『これでいかがですかぁ~』
最初よりも音量が下がり聞き取りやすくなった。
しかし空間を見渡してみても声の主らしき者は見つからない。
どのように声をかけていいものか悩むが……。
「最初よりは良くなった……」
『そうですかぁ ありがとうございます~。では少し歩いていただいてもよろしいでしょうか?』
言われたとおりに一歩二歩と歩みを進めるも、足元のマス目が動かない。非常に気になる。
『問題なく歩けているようですねぇ。もう結構ですよぉ。ちょっとしたテストですのでお気になさらないでください~』
「どこかで見ているのか?」
『はい。ですがすぐに対面できると思いますので、少々お待ちくださいね』
カタカタ タンッ
とキーボードか何か叩く音が響くと、突然目の前に光の塊が浮かび上がり、色と輪郭が顕わになる。
「これは……?」
『コンピューターですよ~。私の知っている一番の奴です~』
デスク一杯に積まれた大きなコンピューター一式。
だが、その形状を見るに相当古いバージョンと思われる。
巨大なハードディスクとブラウン管モニターのやつ。
全部の機器合わせても数十年ものの骨董品……かどうかは今の自分では判別付かないはずなのだが…?
『そのコンピューターに入っているソフトを起動してください。私も準備しますのでいったん失礼いたしますねぇ』
微かにプツッと接続が切れた音の後、再び静寂が訪れる。
とにかく、コンピューターとモニターの電源をつける。
この場に電気が通っているのかは甚だ疑問だが、なにも問題ないといわんばかりに正常にPCは起動した。
起動準備も完了し、モニターにはデスクトップ画面が開かれていた。
見たところ、ゴミ箱とマイコンピューターのアイコンと、唯一インストールされているソフト。
この三つが画面に表示されているが、先ほどの声の主はこのソフトの事を指しているのだろう。
…………。
ボール式の白いマウスを動かしてコンピューターの内部を漁ってみたものの、他に参考になるようなデータは見つからなかった。
怪しいが、今は従うほかなさそうだ。
「【エデンズ・ブック】? 」
PCゲームっぽいが、怪しいソフトではないよな?
おそるおそるアイコンにダブルクリック。
命令を承諾されたPCは突然甲高い音をたて始める。
搭載されているファンが全速で回りだし本体からは異常な熱が感じられる。……気がする。
おい、これって大丈夫なのか?
そんな心配をよそに突然、デスクトップのモニターが強い輝きを発した。
うお!眩しい!
その輝きは、辺り一面も見え無くなる程の光量だ。
やがて、腕で覆い目を瞑っても貫通する輝きは自分の意識までも白く塗りつぶしていったのだった。
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いつの間にかPCの轟音が聞こえなくなり、光が収まっていることに気が付く。
「……ここは?」
うっすらと目を開けられるようになり、覆う腕をゆっくり落として改めて視界に意識を移すと、先程の空間とは景色が大いに違っていた。
大きく広がる青空。地平線まで伸びていく青い海。
悠々と流れる白い雲。暖かな日差しと気持ちがいい風。
足元に目をやると断崖絶壁に立たされていた。
「うわぁぁ!」
思わずバランスを崩し、尻餅をつく。
落ちる方面に倒れなくて本当に良かった。
ぶわっと冷や汗が噴き出る。
四つん這いの状態で崖の方に寄ってみる。
下の方はどうなっているんだ?
興味本位でのぞいてみようとすると、硬い感触が頭に当たる。
「ん?」
思いもしない感触にまたバランスを崩し、崖方につんのめってしまった。
本能で丸くなり身体を強張わせる。
「ああああああああああ!!!」
死んだ。
そう思ったのもつかの間、海側に倒れたにも関わらずに身体は自由落下せず、[見えない壁]に身体がもたれかかっていた。
混乱で頭が一杯になったが、[見えない壁]に身体を支え体勢を整えた。
改めて[見えない壁]に触れると強化ガラスのような硬い感触。
「向こう側に行けない様になっている……ってことか?」
この感触はどこまでの高さまであるのだろうと、観察していると
『あのぅ……こちらですよぉ』
おずおずとこちらを呼びかける声に視界を移す。
キラキラな桃色の瞳にピンクのフワフワとした髪。背に黒い天使の羽を生やし、黒基調のゴシックロリータの服に身を包んだ女の子が、宙に大きな雲のクッションに身を預けた姿勢でそこに存在していた。
『突然ごめんなさい~ こちらまで来ていただけませんかぁ』
彼女の声は先ほどの空間で聞いたのと同じだ。
漂う雰囲気は神秘的なれど悪意を持ってるとは思えない。
特に警戒せず女の子に近づいてみる。
「あの……今の見てた?」
『……。』
コクリと頷き、気まずい空気が流れた。
咳払いで場を改める。
「君は?」
自分が発する声を初めて聞いたが年相応の少年っぽく高い声だ。
『えっと…よいしょ』
と、その女の子は背後から大冊を取り出し、最初のページを開いた。
『【エデンズ・ブック】へようこそ! アナタにはこの世界の謎と【黒キ者】から世界を解き放つ旅に出てもらいます! 私の名前は【イヴ】。私はこの世界の案内人でございます。あなたの旅を全力でサポートいたしますので心配しないでくださいねっ!』
と、一連の台詞を朗読し彼女は大冊を背中にしまい込んだ。
『と……いうわけなんですけどぉ……』
沈黙が流れ、なんだか申し訳なさそうにしていた。
「えっ……でどうすれば?」
『ごめんなさい~、何しろ初めてですから~』
「初めて?」
『そうなんです~ この世界にいらした方は貴方様が初めてでして……』
「……まぁ俺も記憶が無くって、全部が初めてみたいなもんだから気にしなくていいんじゃないか?」
『貴方様の記憶が……お名前も?』
「ああ全く、思い出せないんだ。」
『そうですねぇ……』
と【イヴ】は後ろに振り返り、ポチポチとなにかを操作する。
『……では、思い出すまで【アダムズ】と名乗るのはいかがでしょう?』
「【アダムズ】? 」
当面の名前としては悪くないセンスだが……
「でもまたどうして?」
『あっ、[ランダムネーミング機能]を使ったら一番最初に出てきたので~』
それならいいかと納得して、次に気になっていた自分の今の姿について【イヴ】に聞く。
すると『その視点じゃぁ自分の事見れませんね! よっとぉ』
と何処からともなく大型の[鏡]を取り出して、地面に置いた。
その鏡に映し出された自分の姿。
服装は赤ジャケットに青ジーンズの短パン、燃えるような赤い髪が逆立っていた。そして曇りなき藍色の眼。
派手なファッションやアクセサリの事もあり、これじゃ本当に若気の塊だ。そうか、これが今の俺か……。
十分に自分の姿を確認し姿見から視界を外すと【イヴ】は姿見を背後のどこかにしまった。
「それで【イヴ】さ。俺の旅というもののまず最初にこの世界で俺はなにをしたらいいんだ?」
『そうですねぇ……まだこの世界に来たばかりなので、お散歩してみますか?』
「ここで立ち止まってても仕方ないし。そうだな、案内頼むよ」
『はい! では【イヴ】にお任せ下さい!』
俺と【イヴ】は長い立ち話を経て、ようやく一歩を歩みだした。
…………
………………
………………………
道なりに進んですぐに森の入口の前までやってきた。
のだが……
「なぁこれって本当に入り口か?」
『そうですよぉ』
「いやどう見ても、森の絵の壁じゃないか」
『いえいえー、足元をよく見てみてください。ここ、草が少し分かれているでしょう。これが目印です』
足元から壁に向けてほんの少し日々のような道が描かれている。
「こんな小さな分け目が入り口の目印!?」
『そうですよ! ささ、ここに一歩!』
某魔法学校が舞台の作品の主人公も駅の柱に飛び込むときはこんな気持ちだったのだろうか…
意を決し、ずいっと一歩を踏み込む。
ぐわっと視界全体を覆っていた森の絵が自動ドアの様に左右に分かれ、中に入ることに成功したらしい。
「これは……」
『最初の森のダンジョンですねぇ』
苔の生えた巨木が無数に鎮座している割に、そこそこの木漏れ日が差していて中は思ったよりも明るい。
森の中には獣道のような険しい道になっているかと思われたが、探索できる程度には場が広く設けられていた。
そして辺りを徘徊するあれは……
『【ヤマイヌ】ですねぇ。モンスターの視界に入るとすぐに戦闘が始まりますよ!』
「戦闘? どういう事だ?」
『ダンジョンに入った時点で生存戦略は始まってますから~』
「そっか……」
この世界についてもう少し詳しく聞いておけばよかったと後悔した。
腰を据えて話ができるところまで話を合わせてやろうか。
気を取り直し、ノリノリな【イヴ】のテンションに合わせる。
「それで武器とか何かないのか?」
『腰についてるチェーンを引っ張ってくださぃ』
ポケットからチェーンを引っ張ると、アクセサリーの金色の龍の剣が姿を現した。
「おい、まさかこれを振り回せっていうんじゃないだろうな」
『ちゃんと使い方がありますよ~、その剣を握りしめてください』
訝しみながら、龍の剣を握りしめる。
『そして具現化した姿を思い浮かべて念じてください~』
念じるだと? ここまで来たらヤケだ!
言われたとおりに、この剣の大きくなった姿を頭の中で念じる。
すると、握りしめた龍の剣が光に包まれ、変わる。
そして光から解き放たれたそれは、大きく、鋭く、輝く刀身に半透明の青い龍が纏わりついた剣がこの手に握られていた。
『【ドラゴンキラー】です! この武器は強いですよぉ! 基礎攻撃力も最強クラス! 全属性値が+100 全種族特攻値が+100でドラゴン属に対して攻撃力が二倍になって、魔法スキルの威力も常時1.5倍になるっていう特性を持つ剣ですよ!』
彼女はびっくりするくらい早口で握られている剣についての説明を行った。
「すまん、仕様を理解してないから何言ってるかわからないんだが……」
『簡単に言えば最強の剣です! さぁ【ヤマイヌ】に近づいて振ってください!』
「お、おう」
かわいらしいお顔立ちにものすごい剣幕で言われちゃ…そりゃ……な。
一歩ずつ近づくと、こちらを視認した【ヤマイヌ】の動きも体勢を低くし、着実に戦闘の雰囲気となる。
自分と【ヤマイヌ】の距離が徐々に近づき、剣を振るう!
「フンッ!」
何と小賢しいことに剣の間合いに入った瞬間、【ヤマイヌ】は自分の側面にステップ。
物理的に攻撃を避けられ、振り向き直した瞬間
ガブリッ!
「うわぁ!」
あまりにもリアルな攻撃を受け、のけ反る。
その隙を見逃さなかった【ヤマイヌ】の攻撃がもう一度繰り出される。
ガブッ!
「このぉ!!」
今度は即座に立ち上がり、踏み込んだ。
次はステップ先を予測して剣を奮う。
剣の軌道は【ヤマイヌ】に見事ヒットした。
【ドラゴンキラー】の一撃は【ヤマイヌ】の身体で受けるには余りある攻撃力だったのか一瞬で姿を消した。
『やりましたね! 初撃破と初ダメですねぇ!』
「ううっ なんか痛くねぇけど、精神的にくるなぁ」
『まぁ実際に怪我を負うわけではないですからねぇ。ですがちょっとこれを見てみてください』
左腕に触れ、いつの間に左手首に装着されている腕時計型の装置に指を差す。
G-SH〇CKによく似てる装置の画面には横バー式のゲージが表示されていた。
『これはステータス表示機ですねぇ、今少し減ってしまった上のゲージがHPで、下がEXPとなってますぅ』
何とまぁ細かく設定されているなぁ
『ちょうど【ヤマイヌ】をあと二体程度倒せばレベルも上がるはずです! 頑張りましょう!』
イヴはウキウキと説明してくれている。
「ずいぶん楽しそうだな?」
『え、そうですかぁ?』
黒い天使の羽はパタパタと忙しなく動き、顔はにやけが止まらないといった感じだ。
『なんだかとても楽しくてぇ』
「そうか」
目の前にいつの間にか小袋が置かれていた。
『これ、ゴールドですよ!』
その小袋はとても軽く、大した量が入っていないことがすぐ解る。
『5ゴールド。あと5ゴールドで回復草が買えますねぇ』
「草ってことは最低の回復量のやつだな」
セオリー通りのニュアンスは伝わる。
『さぁ張り切って次行きましょう!』
【ドラゴンキラー】を携え、ダンジョンを歩き回った。
【ヤマイヌ】の動きの癖に慣れ、それからはノーダメージで彼らを切り伏せて前へと進んでいった。
【ヤマイヌ】以外にも属性付きの攻撃でしか倒せない【スライム】や停滞する毒の霧を振りまくキノコ族の【マイコニッド】等のモンスターも徘徊していた。
【がいこつせんし】もボロボロの装備だが剣と盾を装備した戦士と動きが同じな為、人型との戦闘の予習担当のようなモンスターだ。攻撃力も低くはあるが柔軟な戦闘スタイルには油断大敵だ。
これが最初のダンジョンか。それにしてはなかなかボリュームのある敵配置だ。
数秒で終る戦闘のスタイルならこれぐらいがちょうどいいのかもしれない。
敵の行動パターンを読みきりノーダメ通過も可能ならこちらの行動幅も広くなるだろう。
『村の方向はコチラですよぉ』
「うん? モンスターはまだ沢山いるみたいだが?」
『【地図ダンジョン】ではモンスターは無限に沸きますよ。此方の看板に書いてあるように村の方向に歩いていけば村にたどり着けますが、この周辺のモンスターは初期も初期なので獲得経験値もお金もドロップアイテムも渋いので、よっぽどの理由がなければ、先に村に進んでいった方がオススメですよぉ』
「つまり【地図ダンジョン】はワールドマップと同じ扱いって事か」
『認識の差異はあれど、それで間違いないですね。もう一つが【地下ダンジョン】。階数が決まっており、敵の殲滅が可能です。しかし、地図ダンジョンよりもモンスターが強いうえに癖もより強いので、準備は万端にですよ。村に行けば【地下ダンジョン】への案内やクエストも発生するので、やっぱり先にこっち行きましょう!』
「わかったわかったからジャケットを引っ張るなって……」
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燦々と太陽が照り付ける。
川縁で男性二人が釣りをしている。
竿を前に掲げながら会話を交わす。
「どうだ? 最近の畑の調子は」
「全然だめだな。【ヤマイヌ】共が荒らしてきやがるからなぁ」
「やっぱりこの村も一人くらい【セイヴァー】を雇った方がいいんじゃないか」
「最近は常識が通じないヤバい奴も増えてきてるってんで村長が博打はしたくないって渋っているんだよな」
「確かに。だったら民間人向けの武装を揃えた方がいいという考え方もあるな」
二人ともお互いに顔を動かさず竿を構えていた。
「俺たちが武装したとして倒せると思うか?」
「いやー俺たちには戦闘経験ないからな。村の誰か一人でも犠牲になったら大ごとだ」
「やっぱり誰か雇わなきゃ駄目か」
「せめて元凶の【オオヤマイヌ】を何とかしてくれる人がいれば大助かりなんだけどなぁ」
男の片方の頭上に赤い[!]が浮かんでいた。
「あの赤い「!]は?」
村にたどり着き、数軒の家を確認した横に釣りをしている男二人が目立っていた。
『あれは[クエストマーク]ですね。あの人に話しかけると話が進みますよぉ』
「アレを避けるとどうなる?」
『次に行く為の[ゲート]が開かないですね』
「……それじゃぁクエスト受けてこなしてから前に進もう」
『了解です~』
「あのすみません」
釣りをしている二人に話しかけた。
「ん? ああすまねぇ声が大きかったか?」
二人はコチラに顔を向けた。しかし表情が暗い。
すると奥側にいた男が、自分の腰から垂れるチェーンに気付いたのか食い気味に反応した。
「【ウェポンチェーン】! もしかしてあんた【セイヴァー】だったりするか?」
男二人は食い気味に固まったまま、こちらの返答を待っているようだった。
「【イヴ】、【セイヴァー】 ってなんだ」
『【ウェポンチェーン】という戦闘力を持つ人の総称ですねぇ。傭兵や戦士を全部まとめた呼称を【セイヴァー】という認識で間違いないですよぉ』
「よし、これは[そうだ]と答えればいいんだな」
と、その言葉を待っていたかのように男二人は嬉しそうに動き出した。
「そうかそうか! よく来てくれた!」
「こんな田舎に【セイヴァー】が来てくれるなんて想像もしてなかったよ!」
「こんなところですまないが、ワシ等のお願いを聞いてくれないか?」
「選択肢は……[いいよ]。」
片方の男の頭上から赤い[!]が消えた。
「これはありがたい! あんたの名前を聞いてもいいか?」
「あ……あぁ。俺の名前は【アダムズ】だ。」
「【アダムズ】さん! この村では最近沢山の【ヤマイヌ】に作物を荒らされてるんだ。【オオヤマイヌ】がこの辺に縄張りとして居付いたせいだ。あいつらを追っ払ってくれ!」
「場所は戻った森の最深部にある洞窟のさらに奥にヤツはいる。【アダムズ】さん、頼んだぞ!」
一通りの話を終えたのか、男二人は釣りに戻った。
「……これでいいのか?」
『はい、それじゃ【オオヤマイヌ】を追っ払いに行きましょう』
村について早々だったが、森の方に駆けていく。
戻って森のダンジョンの最奥に【オオヤマイヌ】の洞窟がある。
道中に何体かのをモンスターを退けて、【地下ダンジョン】と呼ばれる洞窟の前までやってきた。
「さてやっていたわけだが、【地下ダンジョン】の説明をもう一度してもらってもいいか?」
『了解ですぅ。【地下ダンジョン】は現装備と所持しているアイテムを計画的に使用し目標階数まで潜っていくというスタンスのダンジョンです。稀に【行商人】に遭遇することもありますが、必ずしも有用なアイテムを売ってくれるとは限りません。【地図ダンジョン】よりもモンスターたちの強さも癖も違うので、今までよりも慎重に挑まなければなりません。もし強さに自信があればダンジョン内の階数毎に【全滅ボーナス】を獲得してみましょう。次の階数に対しランダムで【能力:上方補正】が加り、【全滅実績】と【経験値ボーナス】が追加で得られます。ですが、必ず全滅させることが吉と転がるわけではないので、自分の状況と相談して判断して進んでください。……長くなってしまいましたが、説明は以上です~』
「ちなみにこの洞窟の情報はあるか?」
『は~いっと~』
【イヴ】はカンニングペーパーらしき紙をゴスロリ服のポケットから取り出した。
『えっと、【オオヤマイヌの洞窟】。階数は四層。最後の階に目標の【オオヤマイヌ】がいるそうですね。推奨されているレベルは9程度。弱点傾向は炎。ダンジョン内補正は無し、罠の存在は【木の蔓による転倒:微量】。……これぐらいですねぇ』
「OKだ。まぁ俺たちには【ドラゴンスレイヤー】があるから大丈夫だよな」
チャラッと得意げに【ウェポンチェーン】につながれた龍の剣を【イヴ】に見せつける。
彼女は特に何も考えていないホンワカした表情で、ゆっくり頷いた。
「よっしゃ、いくぜぇ」
【オオヤマイヌの洞窟】に走って入った。
【地下ダンジョン】は思ったよりも攻略のスタンスが変わっていた。
【地図ダンジョン】とは部屋の構造が違い、狭い通路が多く、通路を抜けた先の各部屋につながっているが、場所を大きく使えないのでモンスター毎の行動パターンを今まで以上に読んで計算して行動しないと必要のないリスクも背負うことになる。
先ほどは【木の蔓による転倒:微量】と【イヴ】は言っていたが、それでも時々転んで足止めを喰らうのだ。
罠の種類は思い浮かべるだけでも沢山あるというのに……それらが大量に仕組んであるダンジョンは難易度は跳ね上がるだろうな。
確かに、内部は【ヤマイヌ】が多く徘徊していた。
攻撃寸前に側面にステップして攻撃してくるのでコチラが先読みで側面に攻撃すれば、攻撃は大体当たる。
しかし、【ヤマイヌ】以外にも【がいこつせんし】の姿が見えるのは何故だろうか?
「あの【がいこつせんし】の持ってる武器が【槍型:錆びたピッチフォーク】だもんな。まさか村の農民じゃないよな……」
『モンスターの配置によって物語の考察がはかどるのもRPGならではですよね~。もしかしたら自分で何とかしようと思った方だったんでしょうか……悲しいですねぇ』
ピッチフォークによりリーチのちょっと長くなった【がいこつせんし】の攻撃を躱して、剣を一振り。
一瞬で粉々にその場を後にする。
洞窟二層目もささっと通過し、三層目にてその元凶となっているを見つけた。
『どうやらこの洞窟には【下等ネクロマンサー】が入り込んでいたようですねぇ』
【ネクロマンサー】は死者の魂を扱うモンスターだ。
成仏できずに彷徨う魂を自分の支配に置いて、駒にするという神に背いた魔術師の事を言う。
「それで【がいこつせんし(農具)】が存在していたのか……。さっさと倒そう」
と追いかけると、こちらの存在に気付いた矢先に【下等ネクロマンサー】が逃げ出した。
「くそ、向こうも逃げやがる。仕様なのか追い付けないし……【イヴ】、どうすりゃいい?」
『その場合はジャケット右胸についているバッヂを使ってみてはいかがでしょ?』
そういえばすっかり存在を忘れていた胸についているバッヂ。これも只のアクセサリーじゃなかったんだな。
『この世界では【スキルサイン】と言って、必殺技、魔法、アビリティのいずれかのバッヂをコスト制限内で三つ迄を組み合わせてセットすることができます』
「今俺がセットしてるのは?」
『現在は【オメガブラスター】。前方広範囲を吹き飛ばす光線を放つ技。
【プラズマストーム】。周囲全体に壁貫通の強力な嵐を発生させるする技。
最後が【マイティ・マキシマム】。全回復に全状態異常回復。一定時間(長):攻撃力と防御力と俊敏値を格段に上昇だそうです』
……すべてオーバースペックな性能と言わざる得ない。
たかだか一体の【下等ネクロマンサー】ごときに広範囲攻撃はもったいないような気がするのだが。
「それじゃ……【オメガブラスター】で遠距離攻撃しようか」
『では【スキルサイン】に手をかざして、名を叫んでください』
「え、叫ぶのか?」
『精神力が魔力の源なんですよ? 精神力が魔力に変換され【スキルサイン】を通じてスキルや魔法に変化するんですから!』
説得力ある設定だ。 そこまでの代物であるなら一回でも使ってみる価値はあるかも知れない。
「わかったよ……見てろッ!」
【オメガブラスター】に手をかざすと、魔法のイメージが頭の中に流れてくる。
使用意思がバッヂに伝わったのか、左手が青い光を纏う。
物凄い魔力の脈動を感じる。
青い光が徐々に威力を圧縮していく。……そして
「【オメガブラスター】ァァァァ!!!」
青い光を纏った左手を突き出す。
ゴオオオオオォォォォォ!!!
手の中で圧縮された魔力が波動となりレーザー砲の様に放たれる。
溢れ出る余波が洞窟内の気流を乱し、制御が難しくなる。
放たれた魔力の波動が益々強くなり前方全てを飲み込む。
そして魔力の波動が徐々に収まったかと思うと、前方には【下等ネクロマンサー】の姿はとっくに消え失せ、ちょこんと置かれたゴールド袋とドロップした杖だけが残されていた。
「はぁ……はぁ……」
『凄いですねぇ……【オメガブラスター】。初めて見ました……』
「ハァ……なぁ、もう少し手頃な魔法無いか? もしくは疲れない技とか」
放つ魔法の魔力云々よりも放った後の制御に大きく精神力を持っていかれたような気がする。
もうこんな大魔法は懲り懲りだ。
【オオヤマイヌの洞窟】の最深部にようやくたどり着いた。
大した苦労はなかったが、精神的には猛烈に疲れた。
この世界にはマジックポイント等はないらしく、【スキルサイン】はターン数によって装填されるという。
さきの【オメガブラスター】はあの演出のカロリーで、再装填が早いらしい。
【イヴ】に演出の押さえた【スキルサイン】を提案したのだが、どうやら持っていないとのことだったので、しばらくは使用しないと自分の意思を固くするしかなかった。
その調子でこの先にいるであろう【オオヤマイヌ】と対峙することにした。
最深部には一際大きな空間が広がっていた。
そして言われなくとも今まで見てきた【ヤマイヌ】よりも明らかに大きいサイズの【オオヤマイヌ】が寝床で横になっていた。
こちらにの気配に気づいたのか、目を開け体を起こした。
前足で目の上を掻いたかと思えば……
キィシャァァァ!!
立ち上がり臨戦態勢をとる。
一瞬ボスにふさわしい圧巻の演出に身を竦めたが、深呼吸をして剣を構える。
「【イヴ】、このボスは【ヤマイヌ】と挙動が違ったりするか?」
『歴戦の個体っていう設定なので一工夫あるかも知れないですね』
「わかった。やってやるッ!」
【オオヤマイヌ】が気迫の満ちた眼で突っ込む。
しかしこちらの【ドラゴンスレイヤー】ならば一撃で倒せる。
種族特性の[攻撃の直前に側面に回り込む]という攻撃パターンを読めば……
「ここだッ!」
と右側に剣を振り……
ガブりガブり!
まさかの直線的な二連攻撃。
それならと真正面に剣を振るう。
しかし、ここでグリッと【オオヤマイヌ】は背後に回り込んだ。
ガブリガブリッ!
背後からの攻撃は強制[直撃判定]によりダメージが二倍になり……
「え、」
身体の反応がなくなり、
目の前が真っ赤になって倒れてしまった……
『【アダムズ】さぁぁぁぁん!!』
そういえば忘れていた。
武器は最強でも、基礎レベルや防御力は通常プレイのまま……
攻撃が当たらなければ最強の剣も普通の剣も関係ない……。
薄れていく意識の中、そう思った。
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ハッと気が付けば、視界のほとんどはゴスロリ服とピンクのフワフワの髪に占められていた。
その僅かな隙間から悲し気な瞳が垣間見えた。
「【アダムズ】様……大丈夫ですか?」
視界の後方から柔らく温かい感触が伝わる。
「【イヴ】! 何が起こった?」
『あの、申し上げにくいんですが……そのぅ、[GAMEOVER]になってしまいまして……』
と【イヴ】の膝枕から頭を離して立ち上がろうとして、この世の全てから解き放たれたような体の軽さを感じ……
『身体が……消滅してしまいまして……』
『ええーーーーーー!!!』
【イヴ】がサッと鏡を取り出してこちらを映す。
その鏡には派手な服装の少年はなく、只の青い光の球が浮いているだけだった。
『おい……これ……』
全身の体温が持っていかれ、顔が青ざめる。
……ような錯覚を覚える。
『落ち着いてください!』
と【イヴ】が叫ぶ。
『【冒険を続けますか?】!?』
【イヴ】から謎の選択を迫られる。
しかし答えは一つしかない。
『[はい]だ!』
すると球の身体が徐々に大きくなり、人の身体として輪郭が形成されていく。
そして青い光が落ち着いていくのと共に、【アダムズ】としての身体が[再構築]された。
『これが[コンティニュー]です。復活できると知ってもむやみやたらに行動しないでくださいね!』
「お、おお。そうだな」
思考が混乱しっぱなしで頷くしかになかった。
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再び洞窟内へ入り、最深部まで一直線に駆け抜ける。
大量にうろついている【ヤマイヌ】も彷徨っている【がいこつせんし(農民)】も蹴散らし、再び最深部へと足を踏み入れた。
先と同じく【オオヤマイヌ】は高らかに吠えて臨戦態勢をとる。
先のような観光気分で油断してやられるのなら、先手必勝でさっさと倒してしまおうと【スキルサイン】に手をかけて叫んだ。
「【プラズマストォォォム】!!!」
呼応された魔力が輝くと、周囲の大気を掌握。空気の流れを一定の方向に急加速させる。
気体を構成する分子が電離し、激しい量のプラズマを発生させながら、瞬く間に極限にまで気流を暴走させ、全てを磨り潰す竜巻となる!
竜巻が洞窟内の壁を引っ掻く音も超威力が飲み込み、【オオヤマイヌ】の存在すら磨り潰す。
その空間はまさしく混沌となった。
次第に空気の流れが落ち着き、バチバチと発生したプラズマは徐々に運動を止め、消える。
魔力による周囲の空気の掌握を解いたため、空気の層も解かれ、徐々に通常の空気の流れ
も収束した。
【オオヤマイヌ】は既にゴールド袋と化し、それとは別にアイテムがドロップしていた。
『【プラズマストーム】。これも凄まじい威力ですねぇ…』
「ゴホッ ゴホッ……息できなかった……」
『大丈夫ですかぁ?』
ようやく整ってきた呼吸に、酸素不足でグラグラしていた視界も治まる。
『[レベル]に釣り合わない【スキルサイン】はこういう副作用があるんでしょうか?』
「副作用? レベル以上の【スキルサイン】?」
そういえばずっとずっと疑問だったことを【イヴ】にぶつけてみるのにいいタイミングだ。
「どうして最初から持ってる武器が最強の剣【ドラゴンスレイヤー】なんだ? あと【スキルサイン】もだ。レベルやコストの概念があるって話なら、いま持ってる【スキルサイン】も始めたてのレベルで持っているはずないよな」
すると【イヴ】の口からと世界観に合わない単語が出てきた。
『……それらは全部、[コンソールコマンド]から引き出したものです~。散歩という名目上ストレスを感じていただきたくなくて用意させていただきましたぁ』
「[コンソールコマンド]? 」
『【アダムズ】様は薄々気付いているかと思われますが、【エデンズ・ブック】というゲームソフトの世界の中に搭載されている最強の武器と【スキルサイン】は私の権限で使用可能な状態でお渡ししているので、その副作用がもしかしたら【アダムズ】様に大きな負担が生じているのかもしれないですね』
「……」
『お散歩という名目でありながら、こんなに無理を強いてしまって申し訳ございません』
「なんで今それを?」
『多分、もうじきわかると思います』
【イヴ】はドロップした【オオヤマイヌの牙】を手に取った。
『これはキーアイテムの【オオヤマイヌ】を倒したことを証明する品ですねぇ』
キーアイテムを手にしたことで大広間のど真ん中に青く光る魔法陣が浮かび上がった。
『これは一方通行型の【ワープポータル】ですね。道中に取り残しのアイテムがない限りこの【ワープポータル】に乗り込む方が楽ですよぉ』
「別に何か取り逃す要素って?」
『道中に別の【キーアイテム】が残されている場合や、ボスが思ったよりもあっけなくて探索の余裕が生まれたりする時、はたまた【全滅実績】の開放の為だったりするときは階段を使って帰るという選択ができますね』
「なるほど。やることないしさっさと帰ろうか」
ささっと【ワープポータル】に乗り込むと、ポータルの紋章が光り、足元に一枚の紋章が浮かび上がる。
紋章は頭上まで到達するとすぐに折り返し降下する。
紋章が足元に戻る頃には、【オオヤマイヌの洞窟】の入り口の目の前に転移していた。
役目を終えた【ワープポータル】の紋章は消え失せた。
『それでは村に報告に行きましょう!』
なんだかんだ【地下ダンジョン】も楽しかった。
村での一仕事を終えたら、次のダンジョンはもう少し森が続き、砂漠が広がっていたりするのだろうか?
海辺はどのあたりのシナリオでたどり着けるのだろうか? 火山に訪れるときはストーリーの中盤を超えてからだろうか。
雪山にきたら、いよいよラスボスが近かったりするのだろうか?
色々な想像が頭の中で浮かび上がる。
そんな間に村に帰ってきた。
門を開いて、釣りをしている男二人に話しかけよるとすると、片方の男の頭には赤い[!]が浮かんでいた。
近くによって話しかけようとすると
「【アダムズ】さん! あんた無事だったんか!?」
「ッ! それは【オオヤマイヌの牙】じゃないか! やってくれたのか! ありがとう【アダムズ】さん!」
と男二人は意気揚々とはしゃぐ。
「【アダムズ】さん! 少しまってておくれ」
と、片方の男が突然ものすごい速さで走り出していってしまった。
少し待つと男は同じ速度のまま帰ってきた。
「村長に【オオヤマイヌ】の事を伝えたら、喜んでたよ! 是非とも報酬を受け取ってほしいって!」
【オオヤマイヌ】を倒した時よりも大きいゴールド袋を押し付けてきた。
「あんたの強さなら、この門の先で生き延びれるだろ!」
「良かったらこの村で物資を補給してから外に向かってくれ。安くしとくからな。」
「門を開けておくよ。気を付けてくれよ! 村の【ブレイバー】さんよ!」
会話が終わった後、男二人は定位置である釣り竿の前から動かなくなってしまった。
【ブレイバー】? これも初めて聞く単語だ。
『【ブレイバー】はそのまま勇者の事を指しますぅ』
「勇者か……」
顎を右手の親指に当てる。
【イヴ】の方に目をやる。
「【勇者】の存在があるなら、【魔王】の存在があるわけだけど。……この世界の物語ってどういう風になってるんだ?」
『すこし、長くなりますけどぉ よろしいでしょうか?』
「いいけど、外の道中にでも聞かせてくれれば」
『……。』
珍しく反応をしない。この言葉に何故か目を軽くそらしたような気がする。
何か不機嫌になるような地雷を踏んでしまったりしただろうか?
村の入り口から反対側の門が開いていた。先程の村のクエストをクリアしたからだ。
勇ましく門の外に足を踏み入れ……
突然ガクンッと重力が襲い掛かる。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
軸足を前にしたため、後ろ足で踏みとどまることもできず、何一つ抵抗なく自分の身体が自由落下を始めた。
さっきまで村の門の足場が徐々に遠くなっていく。
「え、ちょっ! 待っ……」
徐々に遠ざかっていく地上はやがて小さくなって見えなくなっていく。
もう何秒落下しただろうか。
落下加速度による着地衝撃はもう人間の身体では耐えられない程になっているだろう。
そもそも地面が見えない。着地できるのか……!?
(これは……死んだか?)
脳が死を覚悟した。
『(ッたくしょうがねぇなぁ……)』
完全にパニックに陥った俺に幻聴か何かが聞こえた気がした瞬間、何かが身体に触れた。
その瞬間、自由落下は止まり、落ちる寸前の地点に戻されていた。
『【アダムズ】様!! 大丈夫ですかぁ!?』
相当な高さを飛んでいたはずだが、着地時の衝撃は一切なかった。
「……いま俺、変なところに飛び込んじまって」
『貴方様が見えなくなったと思ったら急にここに現れて……』
心臓がバクバクと高鳴っている。
「……」
『すみませんでした。一歩のところで踏みとどまるかと思われたのですが、まさかそのまま落ちてしまうとは思わなくて……』
俺と【イヴ】は呆気に取られていた。
だが、ただ一つだけ解るのは無がひたすら広がっていた……という事だ。
ゲームの世界でも絶対にありえない貴重な体験をしたところですっかり腰が抜けて立てずにいた。
へたり込んだ状態のまま、地面が不自然に切り取られた端の落ちた場所を覗く。
『【エデンズ・ブック】はここまでとなります』
「なるほどな……」
(これじゃ……体験版のボリュームじゃないか)
などと考えていると、【イヴ】の思いつめた表情で佇んでいた。
「【イヴ】、どうかしたのか?」
『大変申し訳ございません』
「なんで謝るんだ?」
『私は……私が管理者権限を持っていたにも関わらず、[コンソール]の使い方を理解していながら、貴方様が来るまで何一つも創造することができなかったのです』
「待った。何言ってるんだ?」
【イヴ】は初めて地面に足をつけ、そのまま自分と同じ目線になるよう座り込んだ。
『私は、貴方にお願いしたいことがあります。ですがまずは【この世界の物語について】、【私達について】に知っていただかなければ、きっと何を言っているかわからないかと思います……ですからどうか聞いていただけませんか?』
「それを聞けば、俺が思っている疑問も解消できるのか?」
『はい。なるべくそうできるよう努めさせていただきます』
「わかった。……頼むよ」
『では……』
【物語は、とある兄妹の生き別れから始まります】
一章一話『ENTER』 END...
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