古き人形と人形師

Greis

古き人形と人形師


俺――シエルの制作者にして主人、稀代の天才魔法使いで人形師のソフィアが九十五歳の時に老衰で亡くなってから、三百年が経った。

ソフィアは青髪黒目の高身長の女性で、魔法使いなのに筋肉がつくほど体を鍛えるのが好きな、凛々しくてかっこいい人。

晩年も生命力が溢れていると思うほど元気で、亡くなる前日まで元気に運動していたし、魔法の鍛錬も行っていた。

亡くなったその日の朝、ソフィアが浮かべていた微笑みは今でも目に焼き付いている。

俺はソフィアが魔法使いと人形師の技術の粋を詰め込んだ、人間そっくりに作り上げた完全自立型の自我を持つ自動人形。

黒髪金目の二十代中盤くらいの見た目で、護衛にも見えるように筋肉質な体格に作られ、ソフィアと同じ背の高さをしている。

作られた目的は、主人であるソフィアとともに生きること。ただ、それだけ。それ以外にソフィアが主人としてなにかを求めたことはない。

俺もそれを受け入れ、ソフィアが亡くなるその日までそれ以外を聞くことはしなかった。



ソフィアは森の中に建てた家に俺と二人で住んでいた。親も子供もいない。

二人で穏やかに過ごしていた日々から一人の生活になり、時折寂しさを感じながらも毎日を過ごしている。

ソフィアと過ごした家を知っているのは、ソフィアと二人で大陸を旅した中で仲良くなった、地位も種族も関係ないごく僅かな人たちだけ。

その人たちもソフィアに負けず劣らずの実力者たちで、人を褒めることはしないソフィアが心から褒めていたほどだ。

ソフィアが亡くなってから、その友人たちとの交流も途絶え気味になっている。

ここ百年くらい家に訪れた客は、森に生きる動物たちだけ。

この森の動物たちは皆賢い子たちばかりで、俺が人間ではないと分かっている。だが、動物たちは俺が人間ではないからといって遠巻きに警戒するでもなく、仲間はずれにせず友人として接してくれているのだ。

動物たちはソフィアを喪った俺の寂しさも感じ取っているようで、皆で一緒に昼寝をしたり森の中を歩いたりとゆっくりのんびり過ごし、俺の寂しさを癒そうと慰めてくれた。

そのお蔭もあってかゆっくりとではあるが、ソフィアと過ごした日々を懐かしく温かい思い出として受け入れられるようになってきている。

いずれ、ソフィアとの思い出を誰かに笑って語ることがあるのだろうか。

その時自分がどうなってしまっているのかという怖さもありつつ、自動人形の身であってもそれが正しいのだと思っている。

人であろうと自動人形であろうと関係なく、故人を偲んで死を受け入れることで前に向かって生きていけるのだから。

「――――とか思ってたんだろ?シエル」

ソフィアのお気に入りだった椅子に片膝立ちで座る、金髪碧眼で長身の凛々しくてかっこいいエルフが、楽しそうに笑いながら俺にそう言う。

俺に笑いかけてきたエルフの名は、ソフィア。

エルフはある日突然俺たちの家の前に現れ、俺に自分の名はソフィアだと名乗った。そして、自分は三百年前にお前に看取られ、エルフに生まれ変わったソフィア本人だと告げたのだ。

最初は俺もなにを言っているんだと思ったのだが、ソフィアと名乗ったエルフが見せる仕草、圧倒的な存在感など、どれもこれもが記憶の中のソフィアのものと一致する。

本当に本人ならば今すぐに抱きつきたいほど嬉しいが、信じるのは早計だと頭の中の自分が警告を出す。

だから、俺は生前のソフィアに関する質問を、生まれ変わりだという‟ソフィア”にする。

「単刀直入に聞きたい。ソフィアが亡くなる時、最後に俺に言った言葉はなんだった?」

俺の意図を察したソフィアは、真剣な表情になって俺の質問に答える。

「私の跡を追って自壊することは決して許さない。機能停止するまで必死に生き抜いて、胸張って私に会いにこい、だな」

あの時ソフィアに言われた言葉、一言一句そのままだ。それに、ソフィアが俺の目を真っ直ぐに見て言った姿と、姿が全く違うはずのエルフが重なって見える。

少しずつ、本当なのかもしれないという気持ちが強くなっていく。

そんな気持ちを抑えつつ、俺はそのまま次の質問をした。

「俺を作った目的は?」

「私が死ぬまでずっと傍にいてくれて、ともに生きてくれる友人が欲しいと思った。だから、自らの技術の粋を詰め込んだ自動人形を、最高傑作たるお前を作ったんだ」

ソフィアが優しく微笑みながらそう告げた。その目は親友を見るようであり、息子を見るようでもある。

喜びがさらに大きくなっていく。俺は笑みが浮かんでくるのを抑えて質問を続けた。

「その最高傑作である俺の核、自動人形として生命線となるものはなにを使っている?」

基本的に自動人形の核がなにで、どこにあるのかを知っているのは、その自動人形を作った人形師だけ。

俺の核がなにでどこにあるのか知っているのは、俺以外では制作者であるソフィアのみ。

つまり、この質問を正しく答えることができたのなら……

「お前の核は、千年以上を生きる古竜の牙。場所は胸の中心。さらに、古竜の強大すぎる魔力で体が壊れないように全身の骨格や感覚器官など、シエルという自動人形を構成する全てに同じ古竜の鱗や爪などを使用した」

「…………」

百点満点中、百二十点の答え。核だけでなく、俺の体に関しても詳細に知っているのは、ソフィア以外にはありえない。

生まれ変わったソフィアが戻ってきてくれた。喜びが溢れてくる。

俺はゆっくりとソフィアに近づいていく。ソフィアは椅子から立ち上がると、優しく微笑みながらこちらに向かって歩きながら、両手を横に広げる。

そして、俺たちは互いを優しく抱きしめ合った。

「……おかえり、ソフィア」

「ただいま、シエル」

なにがあって生まれ変わったのか分からないが、ソフィアともう一度会うことができ、こうして触れ合うことができることが嬉しくてたまらない。

俺たちはただ静かに抱きしめ合い、再会の喜びを分かち合った。


   ◇   ◇   ◇   ◇


エルフに生まれ変わったソフィアと三百年ぶりに再会した次の日。

朝から庭先で体を鍛えているソフィアを見て、俺は懐かしさに笑みを浮かべながら口を開く。

「生まれ変わっても体を鍛えているんだな」

「戦士だろうが魔法使いだろうが、最後に頼りになるのは自分の肉体だからな。どんな凄腕の奴だろうと、動けなくなったら的でしかない。お前もそんな奴らを数えきれないくらい見てきただろ」

「……まあな」

今の世の中がどうなのか知らないが、三百年前の魔法使いたちは体を鍛えることよりも、魔力量を増やして多くの魔法を覚えることを優先していた。

それが悪いとは言わない。だが、魔法しか鍛えていない魔法使いの魔力が戦闘中に尽きた時、体を鍛えていない体力のない魔法使いにできることはなくなる。

手持ちの魔道具があればそれを使って攻撃か防御、丸薬などを作れるのならばそれで魔力を回復させるなどできるが、魔法に自信のある魔法使いほどそういったものには頼らないからな。

「ふぅ……いい汗かいた」

「ほれ」

俺は汗をかいてすっきりしているソフィアに向けてタオルを投げ渡す。

「ありがと」

タオルを受け取ったソフィアは笑みを浮かべてそう言い、体を流れる汗を拭きとっていく。

そして、ある程度汗を拭き取り終わると、ソフィアが懐かしそうな顔をしながら俺に聞いてきた。

「風呂はまだ使えるか?」

「三百年前と変わらず使えるよ。生まれ変わっても、家で体を鍛えた時は洗浄の魔法を使わないんだな」

「外にいる時はこだわらないんだが……。せめて家にいる時くらいは、体を鍛えたんだっていう実感が欲しいからな」

ソフィアは微笑みながらそう言うと、我が家自慢の風呂に向かって歩いていった。

人の体や服などを綺麗にする洗浄の魔法。小物の埃取りから家の掃除、運動後の体を綺麗にするなど様々なことに使えるので、非常に便利だと知られている魔法だ。

自動人形の身である俺には共感できないが、ソフィアにとっては大事なことなのだというのは、長い付き合いでよく分かっている。

ソフィアは家の庭先で体を鍛え、風呂で汗を流して綺麗にすることで、成長しているという実感を得ているのだろう。

そんなことを考えていると、風呂に向かったはずのソフィアが廊下の先から頭を出す。

「シエル、久しぶりに一緒に風呂入るか?」

「馬鹿なこと言ってないで、さっさと風呂に入って汗流してこい」

「三百年経っても相変わらず恥ずかしがりやだな」

「恥ずかしがってるんじゃなくて呆れているんだ」

「そういうことにしておいてやろう。さて、すっきりしてくるかね」

ソフィアは楽しそうに笑いながらそう言うと、機嫌良さそうに鼻歌を歌いながら風呂に入りにいった。

生まれたばかりの無垢な頃ならまだしも、もう三百歳以上も稼働しているアンティーク人形だ。

自動人形は肉体的に成長することはできないが、精神的に成長することはできる。とっくの昔に手のかかる赤ん坊は卒業しているし、主人や相棒として敬愛する気持ちはあっても、息子として母親に甘えたいという気持ちは全くない。

さて、ソフィアが風呂を堪能している間に、やるべき事をやってしまっておこう。



「三百年前と変わらず動物たちと仲がいいな」

庭先で動物たちと触れ合いのんびりしていると、風呂上がりのラフな格好をしたソフィアが縁側に座り、懐かしそうに微笑みながら呟いた。

そんなソフィアに一頭の鹿が近寄ると、鹿に続くように動物たちがゆっくりとソフィアに近寄っていく。動物たちは思い思いにソフィアに甘え、ソフィアもそれに応えて動物たちを撫でて甘やかす。

その光景に、今度は俺の方が懐かしくなって微笑んでしまう。俺は暫しの間、ただ静かにその光景を見つめていた。

そのまま十分ほど静かにのんびりと縁側で過ごしていると、ソフィアが動物たちに優しい笑みを向けて言う。

「お前たち、ありがとう」

動物たちはゆっくりとソフィアから離れると、静かに森の中へと戻っていく。俺たちは動物たちに「また」と伝え、手を振って動物たちのことを見送った。

ソフィアが優しく微笑みながら俺を見る。

「シエル。話をしようか」

「ああ」

俺たちは縁側からリビングに移動し、テーブルで向かい合うように椅子に座った。

ソフィアは収納の魔法で右手の中に手帳を取り出し、表紙を開いて話し始める。

「今から二十年前、私はエルフに生まれ変わった。私が生まれたのは大陸東部にあるエルフの里。両親ともに優しい人で、姉妹たちも私のことを愛してくれている」

「人間の時の記憶があることは話したのか?」

俺がそう聞くと、ソフィアはただ静かに首を横に振った。

「不気味に思われて捨てられないように、赤ん坊からある程度成長するまで常に気をつけて生活していた」

「魔法馬鹿と評されたソフィアが、魔法に愛されている種族と言われているエルフに生まれ変わって、魔法に関して我慢することができたとは思えん」

ソフィアは俺の指摘に気まずそうな顔をして視線を逸らす。

「……六歳、いや七歳くらいまでは我慢して、魔法に少し興味がある程度に抑えていたぞ!」

「八歳からは?」

「里中の大人たちに根掘り葉掘り魔法のことを聞きまくったな」

「……はぁ~。十年くらいは我慢しておけよ」

「お前たちに魔法馬鹿と言われていた私だぞ!十年も我慢できるか!」

「胸を張って自信満々に言うな」

ソフィアらしいといえばらしいのだが、常に気をつけて生活していたとはなんだったのだろうか。もしエルフの里に生まれ変わりに関する知識があったとしたら、ソフィアに隠しごとを隠す気はあるのかと言いたくなったのは間違いない。

「誰かの思惑によるものか、はたまた奇跡が起こっただけなのか分からないが、エルフに生まれ変われてよかった。人間の頃に比べて魔力量が三倍以上にも増えたし、魔力との親和性が高い肉体のお蔭で使用する魔力量も少ない。里の大人たちからエルフの魔法を教わり、使用できる魔法の種類が増えた」

「魔法馬鹿には最高の環境だったわけか」

「――最高だったな!」

ソフィアは満面の笑みを浮かべて答えた。人間だった頃から、未知の魔法に出会うと年齢関係なく興奮していたからな。魔法馬鹿のソフィアにとって、エルフの里は楽園と言えるほど素晴らしい環境だったことは間違いない。

「そんな最高の環境を二十年で出て来てよかったのか?」

俺がそう聞くと、ソフィアの顔から満面の笑みがすっと消える。ソフィアは少し怒ったような顔で俺を見て反論した。

「今世の家族も大事だが、私にとってお前はそれ以上に大事に存在だ」

「ソフィア……」

「それに、人間の頃の感覚を持つ私にしてみれば十年は長い。それだけの時間があれば、エルフの魔法は完璧に習得できるし、実際に習得してみせた。里の大人たちから免許皆伝を受けたからな」

「流石、天才魔法使いだ」

「おうよ」

ソフィアは魔法に関しては天才であり、できもしないことを言ったり見栄を張ったりはしない。実際に習得し、免許皆伝を受けたというのならば、本当にそうなのだろう。

それからソフィアは里での生活や家族との思い出など、生まれ変わってからのことを色々と話してくれた。

「私の生活に関してはこれくらいだな。今度はお前の話を聞かせてくれ」

「分かった。ただ、あまり語ることは多くないぞ」

「それでもいい。教えてくれ」

一泊置いてから、俺はソフィアが亡くなってからの生活を、どんな風に一日一日を過ごしてきたかを語っていく。

ソフィアは時に懐かしそうに笑い、時に寂しそうな顔になっていたが、一切口を挟むことなく俺の話を聞き続けた。

「ありがとう、聞かせてくれて」

「ソフィアがこうして戻ってくるんだったら、もっと外に出ておけばよかったな」

「……なら、もう一度私と旅に出よう」

「!」

ソフィアが真剣な表情で俺を見る。旅に出ようと言われて、ここ百年ほど旅に出る、この家から離れることを考えなくなっていたなと自覚した。

三百年ぶりの二人旅をすると考え始めたら、長命な友人たちに久々に会いたいという気持ちが大きくなっていく。

「シエル。私と一緒にあいつらに顔を見せに行こう。そんでもって、あいつらを驚かせてやるんだ」

「……そうだな。俺とソフィアであいつらを驚かせよう」

俺が微笑みながらそう答えると、ソフィアも嬉しそうに微笑んだ。

「そうと決まれば、旅に出る準備を始めようか。服を脱げ、シエル。三百年ぶりにお前の体の状態を確認する」



上機嫌なソフィアによる、三百年ぶりの状態確認が終わった。俺が脱いだ服を着直していると、ソフィアが呆れたように口を開く。

「分かっていたことだが、三百年前最後に体を見た時と全く変わっていない。どこも劣化や破損していないどころか、常に最高の状態が維持されている。古竜の、竜という生物の魔力や生命力というのは凄まじいな」

「核である牙を守っている鱗の卵に傷は?」

「そちらも問題はない。劣化も傷もなしだ。問題なく盾として機能している」

俺の胸の中心にある古竜の牙だが、牙をそのまま無防備な状態にしてはいない。

生物の頂点に位置する竜、それも千年以上を生きる古竜の肉体や、その一部である牙といえど破壊するのは至難の業。しかし、不可能ではない。条件が非常に厳しく、必要なものを揃えることが非常に難しいが、それら全てを達成することができれば破壊は可能だ。

ソフィアは古竜の牙を守る盾が必要だと考え、同じ古竜の鱗を大量に使用して卵の形をした盾を作り出し、古竜の牙を包み込んで守っている。古竜の鱗は一枚一枚が牙に匹敵するほどの硬度であり、業物の武器や威力の高い魔法であっても、小さな傷をつけるのでやっとだろう。

「ソフィア、俺はあとどのくらい動けるんだ?」

もう一度二人で旅をする前に、これだけは聞いておかなければいけない。

人間だった頃のソフィアに、自分がどれだけの期間動くことができるのか聞いていなかったし、ソフィアも亡くなるまでそれについて口にすることはなかった。

俺があとどれだけの間動き続けることができるのか知っているのは、俺を作った制作者であるソフィアだけ。二度目の旅の途中で動かなくなる可能性もある以上、俺は自分の‟寿命”を知っておく必要がある。

そんなことを思っている俺に、ソフィアがそれを今更聞くのかといった顔で答えた。

「シエル。お前という存在は千年以上生きる古竜の牙などからできている。お前は言わば、その古竜の依り代であり代行者。つまり、製作者の私であっても、お前があとどのくらい動けるのか予想がつかない。それに……」

「それに?」

言い淀んだソフィアに続きを促すと、ソフィアは本当だったのかといった様子で続きを口にした。

「シエル、お前には魂が宿っている」

「……は?俺に……魂が宿っている?人ではない、自動人形の俺に?」

「自動人形であるお前にだ」

「エルフは魂が知覚できるのか?」

「エルフにそういう力はない。ただ、魔法においては別だ。エルフの長老の一人に教わった古い魔法に、魂の善悪を見抜く魔法がある。それを応用、改造した魂の有無を知る魔法をお前に使った。その結果、お前に魂が宿っていることが分かったんだ」

「俺に魂が……」

自分に魂があるなんて言われても実感なんて全くない。作られた時から人をよく見て、喋り方や体の動かし方、考え方などを学んで人のように振舞えるようにはなった。だが、それはあくまで模倣だ。

俺は三百年以上生きてきて、人になりたいと思ったことはただの一度もない。

その時、三百年前の二人旅の中で出会った、ソフィアが実力を認め友人となった鬼に堕ちた元人間を思い出す。大柄で心優しい鬼人とは違い、姿形は人間のままでありながら、その内に死と血を色濃く感じさせる男。

元人間だったその鬼は大陸東方にある島国の出身で、こちらにはない様々な独自の文化を育んでいた。そんな東方出身の鬼は、俺が自動人形であることや長く動いていることを知ると、東方の文化を一つ俺たちに教えてくれたのだ。それが、付喪神という文化。

鬼の男の話だと、付喪神とは長い年月を経たものに霊魂が宿った存在だったはず。長い年月がどれほどなのか分からないが、一般的に三百年以上は長い年月に含まれるだろう。つまり、俺という‟もの”が長い年月を生き続けたことで、付喪神のように魂が宿ったということか。

俺はソフィアに鬼の男のこと、東方の文化である付喪神の話を交えながら、自分になぜ魂が宿ったのかの仮説を聞かせた。ソフィアも鬼の男のことや東方の文化のことを覚えていたようで、俺の仮説になるほど確かにといった様子を見せる。

「実際に付喪神という存在になったのかは分からないが、その可能性は否定できない。それに、お前の場合は千年以上生きる古竜の牙を核にしているから、そちらの影響が大きい可能性もある」

「確かにそうだな。そっちの可能性もありえるか」

「なんにしても、魔法使いとしても人形師としてもとても興味深い。東方独自の文化の方も気になるし、鬼の男の故郷である島国にも行ってみたいな」

ソフィアがわくわくした様子でそう言った。知的好奇心の強いソフィアならそう言い出すと思っていたので、俺は気になるなら行ってみようと提案する。

「どうやら俺にもたっぷり時間があるようだし、のんびりゆっくりと思うままに旅をしよう」

「……そうだな。のんびりゆっくりと、二人で気楽に旅しようか」

俺に優しく微笑むソフィア。そんなソフィアに、俺も優しく微笑み返した。


   ◇   ◇   ◇   ◇


三百年ぶりに二人で旅に出ようと決めてから三日後。俺たちは旅に出る日を迎えた。

「いい天気だ。旅の始まりを祝福されているようじゃないか」

ソフィアはこれからの二人旅にわくわくした様子で、嬉しそうに笑いながらそう言った。青い空に白い雲が調和していて、気持ちのいい風が優しく吹いている。旅を始めようという日としては最高の日だといっていいだろう。

「この旅日和が長く続いてくれればいいが……」

「まあ、雨の日でもそれはそれで楽しめるだろ。それもまた旅の良さの一つだ」

「確かにそうだな」

俺は三百年前の二人旅をした時のことを色々と思い出して微笑む。それはソフィアも同じようで、ソフィアも懐かしい思い出に微笑んでいる。もう一度楽しい旅を、色々な思い出をソフィアと作っていくことにわくわくしていく。

その時、家の周囲に動物たちの気配を感じ取る。ソフィアも動物たちの気配を感じ取り、俺に視線を向けてきた。

「シエル」

「分かっている」

この家には数えきれないほどの思い出がある。その中には森の動物たちとの思い出も数多くあり、どれも大切な思い出ばかりだ。

次にこの家に戻ってくるのがいつになるのか分からない。動物たちに今までの感謝を伝えてお別れをしよう。

動物たちが姿を見せ、俺たちの周りを囲んで嬉しそうに甘えてくれる。俺たちはそんな動物たちを暫くの間撫でて甘やかした後、動物たちにこの家から長く離れることを伝えた。

「皆、俺と一緒に過ごしてくれてありがとう」

「シエルを支えてくれたこと、心から感謝するよ」

動物たちは俺たちの顔を静かに見つめると、順番に俺たちに優しく頭をこすりつけ、最後に一度鳴いて森の中へと戻っていく。動物たちは一度も振り返ることはせず、俺たちもただ静かに動物たちを見送った。

俺は暫くの間動物たちが戻っていった方を見つめ、今までの動物たちとの思い出を振り返り、感謝の気持ちを込めてもう一度「ありがとう」と伝える。ソフィアが俺の右肩を左手でぽんと叩き、動物たちとの別れの寂しさを慰めてくれた。

俺は慰めてくれたソフィアに笑みを向けて感謝し、動物たちが戻っていった方を見つめるのをやめる。前を向いて歩いていかなければ、動物たちになにしてるんだと怒られてしまう。

「ソフィア。家はそのままにしておくんだよな」

「そうだ。必要なものは収納してある。それに、旅なんだから野宿も楽しみたいしな」

ソフィアは楽しそうに言うと、三百年前家にかけた結界の魔法を、エルフの魔法を学び強化された結界の魔法に更新する。更新する前の結界の魔法は、魔物除けや家が朽ちないようにするくらいだった。だが、強化された結界の魔法には認識阻害や進入禁止などが加わり、留守中に万が一もないように万全の備えを整える。

「認識阻害や進入禁止は、俺たちの友人や動物たちには反応しないんだよな」

「しない。私たちの不在時にあいつらの誰かが訪れた時は、あいつらに私の書いた手紙が自動的に送られるようになっている。動物たちも庭先に自由に入れるし、もし魔物に追われていたとしても、魔物だけを侵入禁止にして阻むようにした」

「それなら安心だな。……ソフィア、あいつらに送られる手紙にはなにを書いたんだ?」

手紙の内容が気になった俺がそう聞くと、ソフィアは隠すことなく内容を教えてくれる。

「行き違いになってしまっては、会うことも驚かせることも難しいからな。手紙には私がエルフに生まれ変わったこと、シエルとともに再び旅に出て不在であることが書いてある」

「なるほど。それなら行き違いがあったとしても、こっちの事情は正しく伝わるな」

友人たちとは実際に顔を合わせて再会を喜びたいが、それぞれ予定というものがあるからな。会いに行ったが再会できない可能性もある。ただ、友人たちは揃いも揃って行動力がある人たちなので、本当に行き違いになったとしたら向こうから会いに来るだろう。

俺は三百年以上過ごしてきた思い出の詰まった家を見つめ、いつでも思い出せるようにこの景色を目に焼き付ける。俺の原風景はここであり、絶対に忘れたくなく場所だから。

旅立つ前の最終確認を終えたソフィアは、両手を上げて大きく伸びをする。そして、俺に視線を向けて言う。

「……それじゃあ、二度目の旅を始めるか」

「おう」

俺たちは家を背にして横並びに立つと、三百年前に二人旅を始めた時と同じように、これからの旅を楽しみにしながら二人で一歩前に踏み出す。静かで生命力溢れる森を抜けると、太陽の暖かい日差しを全身に受ける。森の木々の間から降り注ぐ日差しと同じなのだが、なにも遮らない日差しはどこか違うと感じてしまう。俺は遮られることのない日差しと風の気持ちよさに微笑む。

「どうだ?三百年ぶりの森の外は?」

ソフィアがにやりとしながら聞いてきた。なので、俺は今の気持ちを正直に答える。

「……引きこもってばかりではなく、時々外に出て気分転換するべきだったな」

偽らざる本心からの答えにソフィアは満足そうな笑みを浮かべ、俺の頭に手を置いてわしゃわしゃと少し乱暴に頭を撫でる。俺はそれを素直に受け入れ、ソフィアに笑って見せた。

俺たちは笑い合いながら、遠くまで続いていく一本道をのんびりゆっくりと歩いて行く。隣に大切な相棒がいるという喜びを感じながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

古き人形と人形師 Greis @Greis

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画