第15話 資質

 翌朝、俺は直接ケーテンの町があった場所を見に来ていた。


 ……なんつーデカい大穴だ。町の礎ごと消し飛んでやがる。


 町どころか、人が居た形跡すら残ってない。


 大穴に向かって伸びる街道が、唯一の名残と言えるか?


 これを埋め立てて水脈を再構築して井戸を掘る――重労働だなぁ。何年かかるんだか。


 俺は、隣で呆然と穴を覗き込んでいる国王に告げる。


「ショックかもしれんが、ここに街を作り直すのがあんたの仕事だ。

 もうちっとシャキッとしとけ。

 ――ともかく、兵を引き上げさせよう。疲れ切った兵士を休めるんだ」


 国王がうつろな目で頷いた――こりゃ、しばらく駄目かな。


 俺はレーヴェンムート侯爵に振り向いて声を上げる。


「レーヴェンムート侯爵! 兵の撤収準備はできてるか!」


 侯爵もケーテンの町跡を見て呆然としていたが、俺に応える余裕はあったようだ。


「――ああ、そうだな。すぐに指示を出そう」


 侯爵が両手を打ち鳴らし、将校や兵たちに指示を飛ばしていく。


 俺は国王を馬車に案内してやり、一緒に乗りこんだ。





****


 王都に戻る馬車の中で、アヤメがニヤニヤとした笑顔で告げる。


「ちゃんと壊滅させたんだから、ご褒美の約束も守ってよね」


 俺は呆れながら告げる。


「お前な、もう少し状況を考えろ。

 今のこの国に、今以上の贅沢をさせる余裕なんかねーぞ。

 まずは疲弊した国力の回復を図らにゃならん。

 解雇した傭兵たちが治安を悪化させるから、兵士たちもそれに対応する必要がある。

 情勢が安定するまで、早くても一年はかかるだろう。

 幸い収穫期前だ。秋からは国民の生活も、ある程度持ち直すだろうけどな」


 俺の横から国王の声が聞こえる。


「……ヴァルターと言ったな。お前は本当に傭兵なのか?

 どこぞの国の高官ではないのか?

 なぜそこまで国内の状況を先読みできるのだ」


 横を見ると、国王の瞳には力が戻っているようだった。


 ……俺が口にした直近の展望、それを聞いて現実的に政策を回す王の意識が蘇ったかな。


 あの光景はショックだったろうが、国王には立ち直ってもらわんとな。


「俺は傭兵の経験と視点からものを言ってるだけだ。

 戦争が終わった後、俺たち傭兵が治安を悪化させる要因になるのは、身内だからよく知っている。

 金のない国に行っても、ろくな報酬が出ないから、国の景気が良くなる時期も知っている。

 それだけのことだ」


 国王が俺の目を見ながら応える。


「……傭兵も数多く見てきたが、お前のような傭兵は初めて見たな。

 どうだヴァルター、我が国の文官として仕えてみぬか。

 お前なら、きっと優秀な文官となろう」


「剣術馬鹿の俺が文官?! 冗談はやめてくれよ。

 剣を振るえない人生に価値なんぞ感じはしない。

 誘うなら別の奴にしてくれ」


 国王が残念そうに眉をひそめた――なんでだよ?!


「そうか、だが考えが変わったら、いつでも言って欲しい。

 逃げ出した貴族たちの代わりに、いつでも厚遇しよう。

 これからこの国を立て直すには、お前のように先見の明がある人材が必要だ」


 この王様、本気なのかねぇ……傭兵を貴族に取り立てるって言わなかったか? 今。


 武官ならまだしも、文官なんて俺の柄じゃねぇんだがな。


 この程度の先読みもできないとか、この国は文官に人材がいないのか?


 フランチェスカが国王に告げる。


「このように乱暴な人を文官に取り立てたいだなんて、本気でおっしゃってるんですか?

 百人の兵士を平気な顔で切り捨てていく男ですよ?」


 そうそう、俺はそういう乱暴な男だ。それくらいで丁度いい。


 アヤメがクスリと笑った。


「フランは人を見る目がないのね。

 ヴァルターなら、立派な政治家になれるわ。

 今まで一緒に旅をしてきて、そんなことにも気付かなかったの?」


 俺は呆れながらアヤメに告げる。


「おいおい、九歳の子供が生意気言うんじゃない。

 お前に何がわかるって言うんだ」


「そのくらいわかるよ。

 私は第一王位継承者。これからお父さんの後を継いで国を……えーっと運営? していくのよ?

 臣下の素質を見抜けないようじゃ、女王になんてなれないもの」


 ニコニコと自信ありげに微笑むアヤメには、確かに王族のオーラを感じた。


 国王と目くばせをして、頷きあっている――仲が良いな、お前ら。


 俺はため息をついて告げる。


「国王も嬢ちゃんも、人を見る目を磨き直しておけ。

 人材が足りないにしても、誘う相手を選べってんだ」


 国王が楽し気に俺に告げる。


「剣を振るいたいと言っていたな。

 では武官としても、文官としてもお前を登用しよう。

 平時は政治家として働き、有事には軍を率いて働く。

 これは一般的な貴族高官として、珍しくない姿だ。

 報酬や地位も相応のものを用意するつもりだが……お前はそれでなびくまい。

 実に勧誘の難しい人材だな」


「有事の武官ねぇ……俺は後方で指揮をするような人間には向いてねーぞ?」


「そんなことはあるまい。

 此度こたびの戦い、作戦を立案したのはお前だ、ヴァルター。

 迎撃地点の選定、敵の足止め策、どちらもお前が言い出したことだぞ?

 立派に軍参謀を務められる能力があると、私は思っている。

 司令官として、申し分がないだろう」


「ケッ! 司令官が剣を振るう時なんて、国がヤバくなった証拠じゃねーか。

 そんなヤバい状況になるなら、政治家としても無能だろうよ。

 ――そんなくだらないことを考えるより、これからの周辺国に注意を配れ。

 アヤメの脅威を知れば、必ず周辺国は動く。

 今のこの国はぜい弱だ。まず攻め入ってくるだろう。

 その前に手を打つか、見せしめに攻め入った軍を全て消し飛ばす必要がある。

 二つか三つも消し飛ばせば、周辺国も大人しく軍事同盟を結ぶだろう。

 それまでにきちんと兵士を休めて、国内の安定に努めろ」


 アヤメがまた楽しそうにクスクスと笑っていた。


「ほら、ごらんなさい。ここまでの意見をすぐに言える政治家が、この国に何人いるかしら。

 みんな今頃、ようやく戦争が終わったことでほっとして、一息ついてる頃だよ?

 もう先の話を考えてる人間なんて、片手で数えるほどなんじゃない?」


 ……この程度、ちょっと考えればすぐにわかるだろうが。


 この国が周辺国から狙われてる状況に、なんの変わりもないんだぞ?


 今の状況で一息付ける訳がないだろうに。


 国王が楽しそうにフッと笑みを漏らした。


「どうやら、ヴァルターにはまだ自覚がないらしい。

 その能力を生かす機会がなかったのか、はたまた傭兵にはこのような男が多いのか。

 ……一度、傭兵を対象に人材を捜索してみるの面白いかもしれんな」


 困惑する俺とフランチェスカをよそに、国王とアヤメは楽しそうに語らっていた。


 ……調子が狂うなぁ、本気かぁ?




****


 王宮に戻った国王は、将軍であるレーヴェンムート侯爵と、宰相であるシュルツ侯爵を執務室に呼びつけていた。


 国王がソファに座り告げる。


此度こたびの戦い、ご苦労だった。

 アイゼンハイン王国だけで二年か……長い戦いだったな。

 レーヴェンムート侯爵はもちろん、後方で支援をしていたシュルツ侯爵にも礼を言おう」


 シュルツ侯爵が笑顔で応える。


「国を支えるのが宰相の役目、当然のことをしたまでです。

 ――ところで、なぜ今、私が呼ばれたのでしょうか。

 これから戦後復興にかけての大切な時期、用件は手短にお願いします」


 国王がニヤリと笑みを浮かべた。


「貴公と同等、あるいはそれ以上に政治家の素養がある人材が見つかった……と言ったらどうする?」


 シュルツ侯爵がきょとんとした顔で応える。


「私と同等以上、ですか?

 そんな人材が居れば、是非採用して頂きたいものですが。

 人手が足りず、私の仕事もたまる一方ですし。

 それは、どこの貴族子女でしょうか」


「貴族ではない。我が国の国民ですらない。

 彼は旅の傭兵、名をヴァルター・ヴァルトヴァンデラーという。

 此度こたびの決戦で、最も功績を上げた一人だ。

 その戦略的思考、先見の明、精神的なタフネス、実に政治家の適性がある」


 シュルツ侯爵が片眉を上げて応える。


「傭兵ですか? 傭兵のヴァルターとはまさか、アヤメ殿下と共に居る、あのヴァルターですか?」


 国王がゆっくりと頷いた。


「それを把握してるのは、さすがだなシュルツ侯爵。

 彼は軍参謀としても政治家としても、非常に優秀な人材だ。

 だが彼自身は、傭兵として剣に生きることに拘っているようだ」


 レーヴェンムート侯爵が、唸るように告げる。


「ん~、彼の戦士としての腕は本物、全盛期の私と遜色がない男です。

 そんな男が、あの若さで軍参謀や政治家になろうとは思えないでしょう」


 シュルツ侯爵が興味深そうに微笑んだ。


「ほぅ、レーヴェンムート侯爵が認めるほどの剣の腕を持ち、陛下が認めるほどの知略を兼ね備えると?

 興味深い人材と言えますね……ですが、アヤメ殿下の件があります。

 彼を説得するのは、並大抵のことではないでしょう」


 国王が頷いた。


「だがアヤメ殿下の力も、当分は我が国に必要なものとなる。

 しばらく滞在し、大陸での見聞を広めたいという彼女の意向もある。

 その間に、なんとかヴァルターを口説き落としたい。

 貴公らも、手を考えてみてはくれぬか」


 シュルツ侯爵が頷いた。


「わかりました。私も直接会って、資質を確かめてみましょう。

 その資質が本物であれば、私も全力で勧誘をいたします。

 ――それでよろしいですか?」


「ああ、よろしく頼む」


 シュルツ侯爵が笑顔で席を立った。


「では仕事が立て込んでますので、これで」


 国王の執務室から立ち去るシュルツ侯爵の背中を見ながら、レーヴェンムート侯爵が告げる。


「宰相まで巻き込むのですか?

 そこまでしてヴァルターを我が国に仕えさせようと?

 それほどの価値が、ヴァルターにあるのですか?」


 国王は楽しそうな笑みを浮かべて応える。


「その答えは、宰相が出してくれる。

 あの男の査定に耐えられるならば本物だろう」


 シュルツ侯爵――別名を『食いついたら離れない男』。しつこさに定評がある人物だ。


 その智謀でしたたかに立ち回り、狙った獲物を逃したことがない。


 そんな男を巻き込んだ国王の真剣さに、レーヴェンムート侯爵は驚いていた。


 ――ヴァルターも、年貢の納め時か。はたまた宰相の手すらかわしてみせるか?


 実に興味深い一番だと、国王とレーヴェンムート侯爵は考えていた。

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