第2話 遥か東の国

 傭兵ギルドの扉をくぐると、中は大盛況だった。


 傭兵たちが街の治安を悪化させ、治安の悪さが傭兵の仕事を作る。


 マッチポンプみたいだが、そうやって傭兵の仕事は回っている。


 俺は背後のアヤメたちに振り向いて告げる。


「俺から離れるなよ。揉め事になったら俺の後ろに隠れてろ」


 彼女たちの返事を待たず、俺はギルドのカウンターへ向かった。


 カウンターに登録証を叩きつけて、受付に告げる。


「なにか、なるだけ安全な仕事はないか? 商人の護衛あたりの、無難な仕事だ」


 受付の男は俺に怪訝な顔を向けた。


「お前この稼ぎ時に、はしたがねの仕事なんて探してるのか?

 戦場に出ればその何十倍の稼ぎがあるってのに」


「そのつもりだったんだが、事情が変わった。

 子供が同伴しても稼げる仕事が何かないか」


 受付が手元の書類を取り出して目を通し始めた。


「子供ね……そうなると、これなんかどうだ?」


 受付の男が差し出した羊皮紙には、北の町に向かう商隊の護衛仕事が記載されていた。


 報酬は相場より高い。


 稼ぎ時にわざわざ拘束時間を長くとられる商隊の護衛なんて、やる奴がいないからな。その分上乗せされてるんだろう。


 俺は頷いて羊皮紙を受け取った。


「これでいい。それと、身分証を作っておきたい。

 ギルドの仮登録証を二人分、用意できるか?」


 受付の男の視線が、俺の背後に伸びた。


「……後ろの女と子供、二人分ってことか?

 そいつらを傭兵ギルドに入れるのか?」


「身分証が何もないよりマシだろ。

 この大陸で身分証なしじゃ、通行料だけですっからかんだ」


 受付の男がフッと笑った。


「違いない。いいだろう、用意してやる。少し待ってろ」


 受付の男が席を立つと、困惑した様子のフランチェスカが俺に告げる。


「あの、傭兵ギルドに私たちを登録するのですか?」


「あんたら異国から来たんだろ? 家も潰れて家族の行方も分からない。

 身分証がなけりゃ、デカい町には入れないし、どこかの町に入れても相場の十倍は通行料をふっかけられる。

 家族を探すにしても、仕事を探すにしても、身分証はあった方が良い。

 それに仮登録証だから、嫌になったらいつでも返却できる」


 ギルドからのサポートが薄い分、義務を背負わされることもない。


 旅人が身分を証明するためだけに使う制度――それが仮登録証だ。


 他のギルドは俺にコネがないし、今は傭兵ギルドの仮登録証がベストだろう。


 アヤメが不服そうに俺に告げる。


「別に、身分証なら持ってるんだけど?」


 そういって彼女は、首から下げてる何かを服の中から引っ張り出した――それは、手のひら大の青い宝石。


 ――デカい?! これ、いくらするんだ?!


 フランチェスカが慌てて宝石を手で隠し、アヤメの服の中にしまい込んだ。


ひい様! それを人前で出されてはなりません!』


『何を言うておるのか。身の証はこれがあるではないか。傭兵になど、わらわはなる気はないぞ』


『それは、この地の平民には通用しないのです! 見られると余計な騒動となります! どうか大切にしまっておいてください!』


『そうなのか? 平民共は不勉強じゃのう……』


 なにかを言い争ってるようだが、さっぱりわかりゃしない。


 ……あんなデカい宝石を隠し持ってたのか。


 周囲に目を配る――誰かに見られてる様子は、今のところなさそうか?


 だが長居は無用だな。見られたと思って動いた方が良い。


 受付の男が戻ってきて、名前の部分が空欄の木製のギルド登録証をカウンターに置いた。


「そいつらの名前を教えろ。彫ってやる」


 俺が彼女たちのフルネームを伝えると、受付の男が器用にノミを使って名前を彫り込んでいった。


 受付の男が二つの仮登録証を掲げた。


「ほれ、仮登録証二枚で銀貨一枚だ」


 俺は言われた通りに銀貨一枚をカウンターに置き、男の手から仮登録証を受け取った。


「いくぞ! アヤメ、フランチェスカ」


 俺は周囲に気を配りながら、彼女たちの背中を押して傭兵ギルドを後にした。





****


 宿を目指して歩く俺に、アヤメが不思議そうに声をかけてくる。


「何をそんなにピリピリしてるの?」


 ――俺の空気を感じ取る感受性くらいはあるのか。


「さっきお前が宝石を出したのを、他の奴に見られたかもしれん。

 早く宿に入って、お前らの安全を確保したい」


 アヤメがクスリと笑った。


「そんなのゲッカが食べてしまうから問題ないよ」


「下手に町でそんな騒ぎを起こしたら、その狼が討伐対象になるぞ。

 飼い主のお前も、責任を負わされることになる。

 襲われても、なるだけ狼はけしかけるな」


 そういやギルドの中には、狼が入ってこなかったな。


 外で待ってたのか。ずいぶんと賢い狼だ。



 大通りのデカい宿の入り口には、兵士が扉の横に立って守って居た――ここならいいだろう。


「ここにするぞ、ついてこい」


 俺たちは宿の扉を開け、くぐっていった。





****


 宿の入った俺は、一階の酒場で夜の準備をしている宿の主人に告げる。


「二人部屋をひとつ、空いてるか?」


 宿の主人が愛想よく応える。


「ええ、空いてますよ。ですが、三人で泊まるんですか?」


「見ての通り小さい子供だ。三人部屋はもったいないだろう」


 頷いた宿の主人が、壁際にかけてある鍵を一つ取り、カウンターに置いた。


「階段を上がってすぐの部屋です。

 前金で銀貨二枚、連泊するなら、毎朝その日の代金を前払いしてもらいますよ。

 ――犬ですか? 部屋を汚さないでくださいよ?」


 宿の主人の視線がゲッカに向いて嫌そうな顔をしていた。


「こいつは賢い。汚すような真似はしないさ」


 俺は懐の革袋から銀貨二枚を取り出してカウンターに置き、鍵を受け取った。


「アヤメ、フランチェスカ、部屋に行くぞ」


 俺はさっさと階段を上り、部屋の鍵を開けて中に入った。





****


 ベッドが二つと小さなソファだけが置いてある簡素な部屋に入ると、俺は剣を壁に立てかけ、ソファに腰かけた。


 続いて入ってくるアヤメとフランチェスカに、俺は告げる。


「あんたら、一つのベッドで眠れるか?」


 アヤメがあからさまに嫌そうな顔をした。


「そんな狭苦しいことをしたら、眠れるものも眠れないんだけど?」


 俺は小さく息をついて応える。


「オーケー、俺はソファで寝る。ベッドはあんたらで使え。

 もうすぐ酒場が開く。そうしたら飯にしよう」


 彼女たちも、ベッドサイドに荷物を置いて、コートを脱いでいた。


 ……やはり見慣れない服だ。


「なぁあんたら、どこから来たんだ?」


 アヤメがフフンと得意気に告げる。


「セイラン国よ。どう? 驚いた?」


 俺はきょとんととしてフランチェスカに尋ねる。


「なぁフランチェスカ、セイラン国ってどこだ?」


 彼女は苦笑を浮かべながら応える。


「大陸から船で三か月ほど東にある島国です。

 この大陸では知名度が低いですから、知らなくてもしょうがありませんね」


 そんな遠い所から来たのか。


 これでも旅の傭兵、周辺国の知識はそれなりにあるが、今まで聞いたことがない国だ。


 ……ちょっと待てよ、セイラン?


「おいアヤメ、お前フルネームは『アヤメ・ツキノベ・セイラン』って言わなかったか?」


「言ったけど、それがどうしたっていうの?」


「国の名前をファミリーネームで持つって、お前は貴族かなにかか?」


 アヤメがフランチェスカを見て告げる。


『フラン、青嵐せいらん皇家おうけは公用語でなんと言えばいいのじゃ?』


 フランチェスカが眉をひそめて困ったように微笑み、俺に告げる。


「アヤメ殿下は、セイラン国の王族です。

 このことはなるだけ伏せておいてください。護衛を付ける余裕が、今はありませんので」


 俺は唖然としてアヤメを見つめた。


 確かに上等な衣服だと思うが、王族が着るほどかと言われると、そうは思えなかった。


「お忍びの旅、ということか?」


「そういうことです。我が家に滞在して頂き、そこを拠点に大陸で見聞を広めて頂く予定でした。

 ですがこうなると、この国の王都に行って保護を願い出る必要があるかもしれません」


 俺は少し考えてから応える。


「この国の王は、セイラン国を知ってるのか? 国交は?」


「船便がありますから、知らないということはないはずです。

 交易はしていますが、実際にセイラン王族に会った人間は居なかったかと」


「何か特産品とかはないのか?」


「セイラン瑠璃るりという宝石が珍重されているはずです。

 宝石商なら、セイラン国の事も知っているんじゃないでしょうか」


「ほー、宝石の産出国か。それなら王都に行けば、滞在を許してはくれるかもな。

 丁度受けた仕事が、北の町に行く護衛仕事だ。

 そのまま北上して王都まで一緒に行ってやる」


 フランチェスカが怪訝な顔で俺を見つめた。


「なぜ、護衛仕事なんてものを受けたのですか。

 あなたは戦争に参加するためにこの国に来たのでしょう?」


 俺は肩をすくめて応える。


「前線はこの国の西部だが、あんたらを治安の悪い港町に残していくわけにもいかん。

 王都のある北方面なら、まだ治安はそれほど悪くないはずだ。

 だから三人分の通行料を稼ぐつもりで、仕事を受けた」


「……私たちを安全な町まで送り届けるつもりだと、そう言うのですか」


「乗り掛かった舟だからな。この際、きっちりあんたらの身柄を預けてから別れたい。

 別に少し徴募ちょうぼに遅れても、稼ぎが変わるわけじゃないさ」


 アヤメがニヤニヤと俺を見て告げる。


『聞いたかフラン、こやつ相当のお人好しじゃぞ?

 金を稼ぎに来て、それを置いてわらわたちの世話を買って出るとな?』


ひい様、ご油断召しませぬよう。

 こういった輩は、逆に何を考えているのかわかりません』


『わかっておるわ。じゃが、面白い男だと思わぬかえ?

 青嵐国では、見たことのない人種じゃ』


 俺は大きく息をついて告げる。


「堂々と内緒話をするのは構わないが、俺のことを何か悪く言っているならやめておいてくれ」


 アヤメがクスリと笑って応える。


「そうじゃないよ、面白い人だねって話してただけ」


「そうかよ、それならいいがな――さあ、そろそろ酒場が開く。飯を食いに行くぞ」


 俺はソファから立ち上がり、アヤメたちと一緒に部屋の外に出た。

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