プラントパンクの庭師たち
二階堂友星
旧市街にて
第1話
森には、夕日が差し込んでいた。
立ち並ぶ太い幹と、重なり合う枝葉。その隙間から斜めに落ちていく光の筋は、草花が生い茂る地面に黒とオレンジのまだら模様を描いている。
時折、ひんやりとした西風が頬をなでていく。すると初夏らしい青々とした若葉が一斉に揺れ、たちまち辺りはザアァと騒がしい音に包まれてしまう。
ドンッ。
それを黙らせるように、鈍い音が響いた。
途端、大きく揺れる一本の枝。なめらかな樹皮を蹴った足が、そこにへばりついた苔を散らしながら宙へと
テオドールは、森の中を駆けていた。
足元の枝を蹴っては跳んで、頭上の枝を掴んでは飛んで。
そうして身一つで、首から羽織った
なめし麻のブーツの底に樹皮の感触がしたのを確かめ、また一つ跳ぶ。
風を切りながらチラリと背後をにらめば、思わず舌打ちが出た。
「ったく、しつけぇなぁ」
視線の先にあったのは、テオドールの後を追うように、驚異的な速さで成長していくツル。みるみるうちに地面を覆っていく小さな葉の群れ。
ひしめく星型の葉は、辺りの木々や草花へ手当たり次第に絡みつきながら、森を浸食していた。
幾重にも重なった葉に隠された地面は、地中を這う木の根によってうねり、穴だらけになったアスファルトである。植物の成長にはそう適さないはずだ。それでもツルの伸びはとどまることを知らず、くるくると巻いた先端を前へ前へと進めている。
背後でパキッと鳴る、何かが裂ける音。
脇腹や太ももをかすめていく、弾け飛んだ木片。
どうやら、絡め取られた枝が重みに耐えきれず折れたらしい。
奥歯を噛み締めたテオドールは、背負ったシャベルに左手を伸ばしかけ――その隣で揺れる、膨らんだ麻袋を丁寧に背負い直した。
反撃している暇はない。
もし絡みつれかれようものなら、絞められてバキバキにされるか。はたまた、養分にされてカラカラになるか。どのみちお陀仏だ。
今は、一刻も早く逃げ切って、無事に届けなければ。こんなツル相手に負けたとなっては、プラントハンターの名折れだ。
とはいえ、このままでは
その時、ふと弾けるように広がった独特の匂いに、スンッと小さく鼻から息を吸った。樹皮が傷つけられた時に発する、ツンとした臭みのある匂いだ。この辺りは土の匂いが薄いせいか、はっきりと感じ取れる。
ということは。
着地ざま、匂いがただよってきた右前方へ視線だけを動かす。すると、案の定、木の根元に黒いトゲのようなものが刺さっているのが目に入った。匂いの元はあれか。と思うと同時に、その先端がパチンッとめくれながら裂け、中からたくさんの小さな丸い粒が飛び出してくる。
直後、強い火薬の匂いが鼻を突いた。
「げっ」
頭に鳴り響いた警鐘を、手足に伝える時間は無く。
ボボンッ!
ビリビリと鼓膜を震わせる爆発音。
むき出しの肌を焦がし、外套を吹き飛ばしそうな勢いで吹きつける、熱を帯びた風。
「ッ、あちっ、~~っ!」
爆風にあおられた上体が傾くのを、枝にしがみついてどうにか耐えていると、ミシッ、メキッと硬い木の裂ける嫌な音が聞こえてくる。
ハッとして顔を上げれば、立派な枝振りの木々が一挙に倒れ、まさに行く手を塞ごうとしているところだった。
崩れた体勢もそのままに、ほとんど反射で枝を蹴る。
空中で上体を立て直し、右腕を前に突き出す。右手を覆う、鋼鉄のガントレット。そこに仕込んだ引き金を左手で引けば、パンッと乾いた音がして、先端にフックの付いたワイヤーが勢い良く飛び出していく。
重力に従って落ちていく視線の先で、倒れてくる木々の、さらにその奥の枝にフックが引っかかるのが見えた。
もう一度、ガントレットの引き金を引く。
途端、伸びていたワイヤーがギュルルッと音を立てて巻き取られ、テオドールの体ごとガントレットがフックの元へと引き寄せられる。引かれるがまま身を任せ、眼前に迫る枝葉の下を間一髪ですり抜ければ、奥の枝の付け根に左手が届いた。
背後で、ドドンッと重たい音が地面を震わせる。
勢い余って着地し損ねた体を起こし、振り返ると。
「……っぶねぇなぁ」
延々続いていた緑の道を塞ぐ、倒れ伏した木々。
枝葉が無くなったことで開けた視界の先に見えたのは、ヒビとツタだらけの石造りの壁。
それから、壁の上、大穴の空いたウロコ瓦の屋根の縁に立つ少女の姿だった。
視線がぶつかると、少女はわずかに目を細め、小首を傾げる。つられて、後ろ髪を一つにまとめた長い三つ編みもフワリと揺れ、その緑がかった金色が輝いた。
「ちょっと早かったかな」
「先生!」
そう呼べば、無表情のままグッと親指を立ててみせる少女。
見た目こそ十四、五歳の華奢な子供だが、実際はずっと年嵩の、テオドールが「先生」と呼び慕うプラントハンターの師、アガーテである。
頼もしいその姿に、テオドールは気が抜けたように頬をゆるめる。
が、彼女の手に、木の根元に刺さっていた黒いトゲが握られているのを見つけると、たちまち眉をひそめた。
「早いも何も、手荒すぎるだろうが! 下敷きになるかと思ったぞ」
「でも、テオなら足も速いし、フックランチャーもあるし。大丈夫だったでしょ」
「おかげさまでな!」
「どういたしまして」
淡々と、だがどこか自慢げに言いながら、アガーテは黒いトゲを耐衝撃性の竹筒に入れ、さっさと腰のポーチへ戻してしまう。
あれは、衝撃を加えると爆燃性の種が弾け飛ぶ、バクセンカの果実だ。
さっきの爆発は、アガーテがその危険物を木の根元目がけて打ち込んだことによるものだろう。手にした得物のシャベルを振りかぶって、カキーン、と。教え子の窮地を助けに来てくれたのだろうが、もっと穏便な方法はなかったのか。
「ほら、おいで。今のうち」
「おう!」
アガーテが手招きして、テオドールは駆け出す。
倒れた木々と地面の隙間からは、下敷きになった星型の葉が少しずつ這い出てきている。だがその速さは、爆発の熱と倒木の衝撃でかなり鈍くなっていた。
次の更新予定
プラントパンクの庭師たち 二階堂友星 @niboshimoku
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