第23話 お嬢様
気合いと根性と魔法を使い到底終わらせることもできないほどの量を1時間程度で終わらせたエルピスは、アルキゴスの後を追う様にして外見からは予想できない程に入り組んだ廊下を黙々と歩く。
(やっぱ慣れない事はするもんじゃ無いなぁ……書類作業が一番疲れる)
文書の添削なども魔法でできるようになればいいのだが、そこまでいってしまうと魔法というよりは魔道具だとかそういったものの範疇で有る。
力を封印しているとは言え魔神としてある程度魔法に関しては無理が効くが、発展系の魔道具などに関しては魔法以外の知識も必要になるのでいまやろうと思って即席でどうにかなるものでもない。
魔法ではなく工業的な手法であればなんとかなるかもしれない。
なんとかならないかと軽く考えてみるが、基礎的な知識がそもそも足りていない。
それにあったところで魔法があるこの世界では普及しなさそうなので、エルピスは考えを途中で放棄した。
「お嬢はこの扉の先だ、多分大丈夫だと思うけど気を引き締めろよ」
「街の貴族様ですか……緊張しますね。──良し。行きましょうか」
アルキゴスの声で無意味な思考の渦から復帰したエルピスは、気を引き締める為に深呼吸をしてから、エルピスとアルキゴスが並んで入っても余裕があるほど広い扉の奥へと進む。
扉を開けて直ぐにエルピスの鼻孔を擽ったのは、森でたまに嗅ぐ事のある花の匂いだ。
決してキツイ匂いでは無いが部屋中を満たす様に匂いが漂い、呼吸をする度に肺の中を花の匂いが満たしていく。
夕日が差し込む窓辺からは、その匂いと混ざり合う様にして新鮮な空気が常に入ってきている。
窓辺から目をそらし部屋の右側を見ると、キングサイズに近いベットが重厚感を漂わせながら存在を主張しており、ベットの上には女性の部屋らしい熊や兎のぬいぐるみがいくつも置いてあった。
ベットの側に置かれた鏡台にも同じ様なぬいぐるみ置いてある事から、この部屋の主人が如何にぬいぐるみが好きなのかが、見て取れる。
その主人はと言うと、大きな窓とは別に部屋に備えられた小さな小窓から身を乗り出す様にして、鼻歌を歌いながら外の景色を眺めていた。
「お嬢様、エルピス・アルヘオを連れて参りました」
「あら、もう少しかかるかと思っていたけれど、以外に早かったわね」
同じ歳にしか見えない顔付きながら何処か大人びた雰囲気を醸し出している彼女は、ゆっくりとこちらへ近寄ってくる。
闇夜の様に綺麗な黒色の髪を背中辺りまで伸ばし、髪と同じ綺麗な黒色の目でエルピスの事を見つめると、ゆっくりと口を開く。
「私はヴァンデルグ王国最大派閥の貴族の一人娘、アウローラ・ヴァスィリオよ。よろしくね? エルピス・アルヘオ君」
「え、ええ。よろしくお願いします」
耳元まで近寄り囁く様にそう言われたエルピスは、不意の事に身を固くさせながらも失礼の無いように答える。
そんなエルピスを見てにっこりと笑みを浮かべると、彼女は椅子に腰をかけて座るよう勧めてくるのだった。
♪
「まずは王国の貴族として今回の活躍に礼を」
椅子から立ち上がったアウローラは、貴族の娘として長い間生きていたことが一目見て分かる程の綺麗なお辞儀を見せる。
携える微笑みはもしエルピスが本当に彼女と同年代であれば簡単に恋に落ちていただろう。
「気にしないでください。当然の事をしたまでです」
「いえ、10歳になったばかりで王都に巣くっていた悪党たちを対峙するなんて、普通ならとてもではないですができませんわ。ねぇアル」
「そうだな。立派なもんだよ」
アルキゴスまで巻き込みながら褒めてくるアウローラ。
先程までと変わらない微笑みはなんの違和感もないが、人にあまり褒められ慣れていないエルピスにはなんだかその姿が怪しく見える。
一応念のために見ておく必要があるか。
そう考えたエルピスは相手に気が疲れないように細心の注意を払いながら鑑定技能を使用する。
名前:アウローラ・ヴァスィリオ
種族:人間
性別:女性
称号:貴族の娘・智略の女帝・異世界からの転生者
魔法:王国式軍事魔法 六
耐性:睡眠
体質:疲れ気味
加護:王の加護
「――!」
鑑定に映し出された結果にエルピスは驚かずにはいられない。
年齢の割に異常なほど多い技能と特殊技能、その理由を探すために目線を移したエルピスは称号の欄に異性界からの転生者が含まれているのを見つける。
この鑑定に映し出されている称号というのは2パターンあり、周囲から認知されているその人の人物像と世界に認められたことよって与えられた称号だ。
アウローラが所持しているこの称号は明らかに後者の物で、彼女が異世界人であることの証明でもあった。
転移の際に神が口にしていた言葉をそのまま信じるのであれば、この世界はもとの世界としかリンクしていないとのことなので彼女も地球から来たと考えて殆ど間違いはないだろう。
「エルピス君はさ、お父様とお母様の事好き?」
「……ええ。好きですよ、二人とも自慢の親です」
「良い事ね。私も両親が好きよ、それにこの国の人達もね。私達って気が合うのね」
机の上に出していたエルピスの手に自分の手を添えて、先ほどまでの堅苦しい口調をなくしたアウローラはエルピスが更に警戒心を強めていることに気が付かないままに話をどんどんと先に進める。
「そうですかね? 僕あんまり同年代と話したことがないので……」
「ならなおさら仲良くしましょう? お菓子とかは好き? 王都にはいろんな美味しいお店があるのよ」
「それはいいですね。王都のお菓子はちょっと気になります」
微笑みを持って言葉を返したエルピスだったが、そんな彼を見てアウローラは頭を抱える。
そうして会話が途切れ、少しの時が流れた。
警戒している相手との交渉とはいえ、それでも無言の時間が流れてしまえば気まずくもなるというもの。
なんとかしてくれという意思を込めてエルピスがアルキゴスに対して視線を送ってみれば、当の本人は苦笑いを浮かべながら俺にはどうにもできんとばかりのジェスチャーをしている。
「――エルピス君さ、なんでそんなに警戒してるワケ?」
「アウローラさん? 様子が少し変わりましたか……?」
「そんな事はいいのよ。さっきからこっちが歩み寄ってるのに、どうしてそんなに警戒するの?」
話し方といい雰囲気といい、これが彼女の素なのだろう。
先程までの張り付けたような笑顔もどこかに消えて、少し適当そうな性格が透けて見えるような彼女は先ほどまでに比べればよほど親しみやすくなったように思える。
なんの意図を持って先程まであんな芝居をしていたのか、それさえわかれば少しくらいは歩み寄ることもできるかもしれない。
この世界に来てから人を信頼することの大切さを思い知ったエルピスは、自分の方から一歩踏み込んでみることにする。
「アウローラさんが擦り寄ってくるからですよ。その態度で話しかけてくれるなら僕も警戒しないで済みます」
「……貴族の子供同士、堅苦しい会話の方がいいかと思って居たのだけれどアルへオ家は他の家と交流していない物ね。ごめんなさい、気が利かなかったわね」
「いえ、気にしないでください。気にしていませんから」
「そう。それなら良かったわ。それにしてもその強さ、さすがに英雄の子供ってところなのかしら」
言いながらアウローラの目が一瞬怪しく光る。
#特殊技能__ユニークスキル__#の能力透過を使用したのだろう、エルピスの肌に注意していなければ分からない程度ではあるが突き刺すような感覚があった。
他人の能力を見ることはあっても自分の能力が見られるような経験はいままでなかったので、何とも不思議な感覚を味わうエルピス。
そんなエルピスの目の前でアウローラは露骨に怪訝そうな顔をする。
「私がいままで会ってきた中で二人目ね。何も見えなかったのは」
「覗き見されないように対策しているので」
鑑定技能を使用したにもかかわらず、エルピスからはなんの情報も得られなかったらしい。
彼女の能力は#特殊技能__ユニークスキル__#、まずもってほとんど妨害されたりすることはなかっただろう。
よほど高性能の魔道具をもっているか、なんらかの#特殊技能__ユニークスキル__#で無理矢理に防ぐか、どちらにせよ簡単に隠せるものではない。
先程まで緩まっていた彼女の警戒心が更に強まるのを感じながら、エルピスはとある提案をする。
「アルキゴスさん、申し訳ないんですけど外してくれないですか?」
「俺か? 俺は別にいいが……」
言いながらアルキゴスが目線を送るのはアウローラ。
エルピスは別に身元の判別していない怪しい人間というわけでもないので、アウローラと二人きりになったところで別に問題は何もないはずだ。
だというのに先程からずっと退出する様子もなくこの部屋に居続けている理由は、アウローラにエルピスの監視でもたのまれていたのだろう。
「良いわよ。アル、悪いけど外して」
「本当にいいのか?」
「いいのよ」
「いやお前じゃなくてお前と二人っきりにされるエルピスがどうなのかって――」
「――いいから行って!」
背中を押されながら部屋から退出させられるアルキゴスを見送り、エルピスは改めてアウローラを正面に見据える。
椅子に座りなおした彼女の姿は#特殊技能__ユニークスキル__#に皇帝と合った通り、いままで出会ってきた人物の中で一番油断ならない気配を漂わせていた。
この世界で初めて会った異世界人の彼女、最初は妖艶で次は驚くほどにフランクで、最後は神であるエルピスを威圧するほどの上に立つ者特有の気配を見せる。
彼女が何をしたいのか、自分に何をさせたいのか。
そしてなぜ彼女はおよそエルピスが転生者ないしは転移者であると、そう考えているのか。
持っている能力や気配から考えても万が一にも敗北はありえない。
武力という最終手段がエルピス側に存在する以上この交渉は常にエルピス有利に動くといってもいい。
「それで? 私に何を求めているのかしら」
「何も求めてませんよ。どちらかと言えば俺が興味あるのは貴方の方です」
異世界人というたったそれだけの称号が、エルピスを熱烈に引き付ける。
だがそんなエルピスの言葉に対してアウローラは己の体を守るように抱きながら体を引くような体制を取った。
「ちょっとそういう事じゃないですよ!!」
「……じゃあなによ、立場こそあるけど正直私まだ何も権限ないわよ」
もし自分に権限があったなら、もっと早くこの国から奴隷達を開放できただろう。
それだけでなく様々な問題も自分に力さえあれば簡単に解決できたとアウローラは思って居る。
だからこそエルピスが求めるものが分からない。
そんなアウローラに対してエルピスは一枚の紙を提示した。
そこに記載された内容はアウローラの持つ能力の全て、そのうちの一つを彼は大きく丸で囲う。
「何を持ってそう判断したのか知りませんが、貴方も俺の事を異世界人だと思って居るのでしょう? どうやってこの世界に来たのかは知りませんが貴方はこの国で何をするつもりなんですか?」
「貴方も、ってことは君も異世界人だって認めるのね?」
「ええ。というより入ってきたときから怪しんでいたでしょう?」
「そうね。そのずっと前から私は貴方が異世界人だと思って居たわよ。もしかして日本人だったりする?」
久々に聞いた日本語に一瞬だけ脳が混乱しそうになりながら、エルピスはアウローラの言葉に対して首を縦に振る。
「向こうでは高校生でした。それで貴方は? 結局この国で何をしているんですか?」
「貴族の一人娘として、平和に暮らしているわよ。王国を守るのがいまの私のお役目ってところね。貴方が警戒しているのは私があなたの家族に手を出さないかどうかでしょう?」
「……そうですね」
「分かりやすくていいわね。心配しなくても手出ししない……っていうかできないわよ。アルへオ家がこの世界でどれだけの影響力があると思ってるの」
両親の力は理解しているつもりだが、実際外の世界に出てみなければどれほどアルへオ家という家が重宝されているのか理解しがたいものだ。
アウローラに言われた今でも本当にアルへオ家に手出しできないのかどうか疑問が残る。
とはいえ嘘を言っているようには見えないし、実際に手出しは無理なのだろう。
「というかエルピス君さ、君ばっかり私の個人情報みてるけど君の能力だって教えてくれてもいいんじゃない? 同郷のよしみってことでさ」
「能力っていうとやっぱり魔法かな。結構得意って言っていいと思う」
「本当に!? ちょっと悪いんだけど国王に会うまでに時間あるんだし、私にも魔法教えてよ。私魔法使うの苦手だからさ」
「良いですよ。仲良くしておきたいですしね」
ひとまず敵対を避ける事はできた。
これから先どうなるのかは分からないが、少なくとも即何か問題が起きるとは思えない。
楽しそうに魔法の講義を聴くアウローラと話しながら、国王もなんとか上手くいけばいいのになと思うエルピスだった。
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