第20話 予定変更

 焚き火を眺めながら溜息を吐くのはこの世界において羨望と希望の対象で有り人類の勇気の体現者とすら言われた人物、イロアス・アルヘオだ。

 平原のど真ん中なので人は通らないがもしその横を通れば思わず見惚れてしまう様なその美貌を歪ませて、イロアスはだらっと地面に倒れ込む。

 視界一杯に広がるのはまばゆい程の星空、だが光り輝く星一つ一つがいまのイロアスにとってはうっとうしい。


「エラ。後は任せた」


「ちょっと待ってくださいイロアス様! 私すごく困ります!」


 エルピスが幼い頃から計画されていた今回の初めてのお使い、その目的はエルピスの他者に対する線引きを見極めるためのものである。

 力を持って生まれるものはその力に溺れることが多く、それは英雄の子であろうと決して例外とは言えない。

 だから既にある程度足取りが捕まえられていた奴隷商を当てウマにして倫理観と価値観のテストをする予定だったのだ。

 ここでエルピスはその結果のいかんにしろ一度家に帰りそして王国へと向かう手筈だった。

 だが結果はこうして気が付けば上手く奴隷商達を丸め込み、自然な流れで王都まで向かおうとしている。

 無理やり連れ帰っても良かったのだが、興味を持ったらとことん追求したがる息子が気になったことをイロアスも父として遊ばせてやりたい。

 一瞬考え、事情を説明すればクリムが許してくれるか思案してイロアスは腹の底から声を出す。


「フィトゥス!」


 名前を呼べばその悪魔はまるで先程までそこに居たようにして影からぬるりと現れる。


「はいここに。如何なさいましょうか」


「ちょっとクリムに報告に行ってきてくんない?」


「なんの報告か分からないですが、ろくな事じゃない気がするので嫌です」


 イロアスは基本的に放任主義で有り、エルピスが倫理観に反した行為をしない限りはその行動を制御する事は悪であるとすら考えている。

 だが龍の姫とも呼ばれ、こう言ってしまえば語弊が生じてしまうかもしれないが緩い環境で生きてきたクリムは、エルピスの事を束縛とも呼べるほどに自分の手の中に置きたがっていた。

 それに対してイロアスから何か言うことはないが、この結果を報告すれば機嫌が悪くなるのが目に見えているので行きたくはない。

 情けない父だとそう思われる相手もいないのだ、積極的に他人を頼ることをイロアスは恥だとは思わない。

 だが同時にそれが無理な願いであることも理解していた。


「だよなぁ……はぁ。ムスクロルにとりあえず連絡を誰かしといてくれないか?」


「では私めがその役目を。内容はどういたしますか?」


「今回の変更でエルピスがそっちに行くことだけ伝えてくれればいい。ついでにそうだなーーヴァスィリオのとこにも行ってきてくれ」


「了解いたしました」


 ムスクロルとはヴァルデング王国の現国王で有り、ヴァスィリオとはこのヴァンデルグ王国において軍事を一手に担う最有力貴族である。

 イロアスの旧友で有り、彼がこの王国に居を構える理由の一つともなっている二人に任せれば責任も三人で分割することができると考えての行動だ。


 任せられたペディは目にもとまらぬ速さで飛び出していき、あれなら今日中に情報共有はできそうだなとイロアスは安堵する。


「それでイロアス様、本来の目的の方は達成したと言うことでよろしいのでしょうか?」


「それはそうだな。エルピスが無闇に力をかざす子じゃ無いことは分かった、分かったが……あの好奇心は誰譲りなのか全く」


「フィトゥスさん、どう考えてもイロアス様からの遺伝なのですがこれは私言っても良いのでしょうか」


「主人の失敗は気づかないふりをするのが優秀な従者だよエラ、無視してあげよう」


 冒険者として一代でこの世界でも有数の成功を収めたイロアスの抑えきれない探求心、知識欲ともいえるそれはしっかりと子供であるエルピスにも引き継がれているのだが、フィトゥス達はそれを言及することなく苦笑いで終える。


 一人で睡眠場所の確保を始めたイロアスを置いてフィトゥス達は少し速足で森の中を移動すると、ポケットの中に入った地図と現在位置を見比べ所定の位置につき少しの間待機していると人影が完全に気配を消してフィトゥス達の近くに降り立つ。


「--ペディからある程度話は聞いたわ。あの子もやっぱりイロアスと同じね、そういうところも可愛いんだけれど」


「お疲れ様ですクリム様。イロアス様にこちらに来ていることを秘密にしてよかったのですか?」


 既に状況を把握したのか少し不機嫌そうな顔をしたクリムに対して、フィトゥスは疑問を口にする。

 いま予定通りならばクリムは王城で待機しているはずであり、イロアスもそう思っているはずだ。


「大丈夫よ別に、あの人だってそんな事気にしないだろうし。何なら私がこっちにいることも分かっているんじゃないかしら?」


「それだったらいいんですが……それで御用とは何でしょうか?」


「この後の立ち回りについてよ。ムスクロルとヴァスィリオのところにはもう話をつけてきてあるから、あなた達二人には先に内容を話しておくわねーー」



 /


 場所は変わってヴァルデング王国王都、蜂蜜の箱庭と呼ばれる王国有数の高級店で二人の男が椅子に腰をかけていた。

 片方は鎧の様に筋肉を着込みおそらくは食べ終えたであろう皿を大量に摘む大柄の男、もう片方は身体こそ一般的だが鋭い目付きと纏っている気配が常人のそれとは少し違う。


 二人ともがこの世界で確かな実力を持つ人物で有ることは、そんな風貌から見ただけでもわかる。


「イロアスのところの子供がこっちにくるらしいが……どう思う?」


「名前は確かエルピス君だったか。#半人半龍__ドラゴニュート__#の身体にイロアスの魔力、確かに脅威だがそこまで気を使う必要があるものなのだろうか?」


「まぁ普通の子供ならな。どうやらあいつの話によると、お前の娘と同じらしい」


「うちの娘と!? それなら確かにまずいか」


 運ばれてくる料理を口に運びながらも、二人は気にすることなく会話を進める。

 この店は会話の内容に対して守秘義務がある店だし、加えてこの会話内容は聞かれたところで意味がわからないだろう話なので特に問題はない。


「競売もこの間あったばかりだというのにまったく……度し難いな」


「仕方がないんじゃ無いかな。彼等はいつも唐突にやってくるし、とはいえ時期が被りすぎているのは怖いけれど」


「変革期はいつも突然だな。イロアスからの報告書もそれを如実に表してくれている」


「……はぁっ。だるいなぁ」


「そうだな、まぁ精一杯やるしか無いだろ」


「頑張れよムスクロル。俺は先帰るわ、おつかれ」


 男の言葉に対して王は苦々しい顔で頭を縦に振ると、再び食事を始める。

 これから先に一体どうなるのか、それを考えるとムスクロルの食事の手も少しだけ遅くなってしまうのだった。

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