第17話 神の力

 ーー季節は夏。

 とにかく蒸し暑いと言うよりは単純に熱い日差しを浴びながら、エルピスは森の中を一匹の龍と歩く。


『ーーここが龍の里と呼ばれる場所?』


『あぁ。本来ならば他種族は禁制の上に見つけられないはずなのだが、まぁ貴方龍神が相手では誰も文句は言わないだろう。入りたまえ』


 黒い鱗が特徴的なその龍は、もちろんのこと人間では無いため細かな感情の変化は分からないが、少し微笑んだような雰囲気でそう言った。

 ここはエルピスの住む龍の森と呼ばれる森を抜け、さらに進んだ峡谷の奥底。


 先程の龍の言葉通りこの場所は秘境も秘境、両親すら知らない、この世界で恐らくこの地に住まう龍しか知らない場所だ。

 そんな場所にわざわざエルピスが足を運んだ理由は、技能スキルや魔法の実験をする為。


 その為には誰にも気付かれない特訓場所が必要であり、丁度この場所が一番良かったのだ。

 最初はエルピス自身もその存在を知らなかったが、親にもある程度の間ならバレないエルピスの隠蔽技術を使えば、強者の驕りから警戒心の薄い龍の後を追う事など簡単だった。


『それにしても龍神ともあろうものが、鍛錬などするのだな。いままで神など一柱しか見たことはないが、その者は鍛錬など雑魚のすることだと笑っていた』


「僕は弱いからね。まだこの身体すら満足に使えていない未熟者だから、こうして鍛えないと守りたい物すら守れないんだよ…笑いたかったら笑えよ」


『ーーいや、気が変わった。誠実さを生業とする龍が、下賎な真似をしてすまなかったな。詫びとしてこれを受け取れ』


 バカにしたような目つきから急に真面目な表情に変わった龍は、自身の鱗を爪で剥ぐとエルピスに渡す。

 傷口からはかなりの量の血が垂れているが、本人が回復魔法をかけようとする意思がないし、この状況で相手を回復させるのは失礼になりそうなのでありがたく受け取っておく。


 龍の鱗はこの世界の中でも有数の素材になるので、エルピスとしてもかなり嬉しい。

 それから数分歩くと洞窟の入り口に案内された。


『ここは我々が昔から使っている鍛錬の間だ。一から十まである扉を進んでいけば、その奥地に開けた場所がある。そこで好きに戦闘練習をしろと族長からの話だ』


「了解。わざわざありがとね、それでだけどもしその洞窟が万が一崩れても、君達に被害は及ばないよね?」


『あぁ。かなり距離的に離れているからな、気にせずやれば良い。

 では私はこれで、ーーそういえば、すまないが我が部族の若い衆が戦いたいらしいので、もし良ければ門を開けたままにしておいてくれ』


『分かった、先にやってるから勝手に入ってきて良いように言っといて』


『もちろんだ、ではここまでだ』


 龍が翼を広げて飛んでいくのを眺めながら、エルピスは洞窟の中を少し進んでから現れた扉を押し上ける。

 龍の手によって造られた物なのか、果たして別の種族の物を勝手に使っているのかはさて置くとして、この扉はかなり大きい。


 龍種が普段鍛錬に使っていると言っていたので、冷静に考えれば大きいことは当たり前なのだが、それにしても扉は大きかった。

 まるで巨人やそれに類する種族が使ってでもいたように。

 なんとなく過去が気になるこの場所だが、気にしていても仕方がないので、扉を開けたまままっすぐ歩いていく。


 道中何とも遭遇する事はなく、十番目の扉も開ける。


「ここが修練場か」


 灯りを灯していた魔法を消しながら、エルピスは小さく呟く。

 修練場の中にはすでに光源が設置されており、魔法を使わずとも端から端まで見渡せるほど明るい。

 広さは大体野球場二個分くらいだろうか?


 人間の手でこれ程までの広さを掘ろうと思えば時間がかなりかかるのだろうが、そう言った風には見えないのでおそらく別の種族が関わっているのだろう。

 天然の鉱物で囲まれているこの場所は魔法の伝達率が非常に悪く、どんな魔法でも壁に当たると打ち消すと先程の道中教えてもらうことが出来た。


 その為どんな魔法を使おうと崩れる心配は無いらしい。

 物理に関してはそこまで強くないらしいが。


「とは言えーーーっ結構硬いな」


 ここに来るまでの道中で作っていた鉄の剣を全力で振るうと、キィィンという甲高い音と共に剣が弾かれる。

 全力で殴れば穴くらいは開けられそうだが、今日はそこまでするつもりは無いので充分な強度と言えるだろう。


「#技能__スキル__#の確認はしたいけど、まずは部族の若い龍とやらが来るまでに練習相手が居るよな……龍、出て来てくれないか?」


『……こんどは何様だ、龍をこき使いおって。暇では無いのだぞ』


技能スキルの練習相手にーー」


『ーー必要性を感じないので断る、ではな』


 エルピスの影から頭だけを出しながら話だけを聞くと、龍は即座に断りすぐに影の中へと消えた。

 どういう原理で龍が影の中に入っているから分からないため無理やり引きずり出せないので、エルピスは必死になって説得を続ける。


「そうは言わずにさ、少しだけだから」


『何を積まれても、どんな物を渡されても嫌なものは嫌だ。我の命と等価で交換できるものなど、この世に存在せん』


「そんなに嫌?」


『あぁ嫌だ』


「……なら練習相手が居なくても出来る奴から始めるか」


『それが良いだろう。我も助言するくらいなら、する事もやぶさかでは無い』


 不貞腐れ気味にエルピスが龍に対してそう伝えると、龍は満足げに返事しながら歩いて部屋の隅に移動する。

 言葉通りエルピスの技能スキルについて知識を喋るだけというのが目に見えて分かり、よほど技能スキルの実験台にされたくないのが見て取れた。


 とは言え正直な所魔法より技能スキルについて聞きたいことがいくつか会ったので、都合がいいと言えば良いのだが。

 そんな事を考えながらステータス画面を出し、どれから見ていこうかと考えているとふといつぞやの機械音声が耳に聞こえてくる。


【スキルと称号の数が一定数を超えたので、特殊技能ユニークスキル〈整理整頓〉を使用して整理します】


「いままで放置してた特殊技能ユニークスキルがなんでーーいやそんな事より技能スキル消されるのは困るんだけど!?」


【整理を開始しています】


「くそっ!? なんで急に……」


『どうしたんだ? もしかして技能スキルが暴走をしているのか?』


 文字通り整理整頓されていく自身のスキルや能力を見ながら、エルピスはどこからか聞こえる言葉に対して声を荒げる。

 視界の端で自分の能力と口論しているエルピスを見て笑い転げている龍に対して一撃を入れつつ、エルピスが整理されていっているらしい技能スキルをなんとか確認する。


 整理整頓されてスキルを無くされたと有っては、いくら自分の能力とは言え冗談にもならない。

 抗議でもしてやろうとエルピスが声を出そうとすると、先に#技能__スキル__#の方から声をかけられる。


「わ! ちょ、何これ!?」


【ここに記載されていない技能スキルは私が不要、若しくは戦闘に使用しないため見なくても良いと判断したものです】


 身体が勝手に操られ、エルピスの指が地面に魔法を用いた文字を描いていく。

 そこに書かれた#技能__スキル__#はたまにエルピスが確認しているそれと同じで、嘘をついていると考えたいが本当である可能性の方が高い。


 言いたかったことを完全に潰されてしまったエルピスは、意気消沈しながら変わっていく技能スキル達を何もできずただ黙って待つ。

 それから数分後。


 ようやく終わった整理は、やはりというかなんというかエルピスのステータス欄を大幅に変更していた。

 能力を勝手に弄れる特殊技能ユニークスキルなど、もはや技能スキルと呼んでもいいのだろうか?

 おそらくはこの世界の誰も持っていないであろうこの力の存在は少々気になるところである。


【龍神、精霊神、鍛治神、盗神、邪神、魔神、全能の神を合わせて七神しちしんとしました。

 魔法系統は全てを混合させ特殊技能ユニークスキル魔導とし、これによって魔法の技能スキルは消されます。

 完全鑑定と完全隠蔽は盗神の権能と複合させた事によって消失、それによって更なる能力の向上を確認。

 毒・麻痺・眠りなどの身体に作用する毒物などが原因の症状に、完全耐性を付与。

 更に両目の効果を権能と織り交ぜることで強化を図ります、これらの影響でかなりの痛みが予測されるので、気をつけてください】


「ーーい、痛み? あと全能の神についての説明ーーッッグ!?」


 完全鑑定が言うが早いが激痛がエルピスを襲う。

 身体が焼けたように、切られたように、潰れたように、溶けたように、すり潰されたような痛みだけが、混濁する思考と反比例して鮮明になっていく。

 ーー痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!


 まるで脳みそに箸でも突き立てられグチャグチャに描き混ぜられているような痛みに、声にすらならない激痛が喉から漏れ出る。

 予期せぬ痛み、覚悟すらして居なかったそれは精神を蝕み削っていく。


 この世界に生まれて久々に痛みを味わったエルピスは、再発しないかと痛みに怯えながらゆっくりと目を開ける。


【対象の生物的進化を確認。仮種族であっただ半人半龍ドラゴニュートから神人にまで進化したのを確認しました。両目の能力は称号の解放に紐付けています】


「……っ! 神人? そんなことは良いから…全能の神についての説明をくれ」


【それは不可能です。今はその時ではございません】


 進化というものが一概にこういう方法なのかは分からないが、こんな激痛の中でエルピスの手を優しく握るだけに抑えて居たフィトゥスには、驚嘆の声しか上がらない。

 まるでこの先を知っているかの様なその声に問いかけたい事は多々あるが、激痛で摩耗した精神は未だに完全回復とはいかない。


『辛いならば一度帰るか? 気配も少し変わったが……』


「大丈夫、やらないといけないことがあるから。取り敢えずは邪神の障壁を魔神の権能を使って強化したら、どれくらいの強度になるか確認しないと」


【現在権能の使用はお勧めできません。ただし使用すると言うのであれば使える権能は二つ、無限の魔力と魔道の完全操作です】


「魔法の完全操作?」


【文字通りの完全操作です】


 完全操作について疑問を浮かべたエルピスに対して雑な説明だけを終えると、声は役目を終えたとばかりに口を閉じた。

 魔道の完全操作、これが文字通りといえば全ての魔法を完全に操作できるという事だが、神の権能にしては少し弱々しく感じてしまう。


 無限の魔力に関して言えば確かに魔神らしいと言えばらしいが、魔法の完全操作と言われてもこの世界で未だに魔法戦闘を父としかしていないのでその圧倒的な強さにエルピスは気がつくことができない。


『龍神だけでなく魔神でも有ったのか。魔法の完全操作と言えば魔神の専売特許じゃないか、何を気に病む必要がある?』


「魔法の完全操作と言われても具体的な事が分からないから、なんとも言えないんだよ。どういう力でどう言った物かまだ理解できてないんだ」


『魔神の力は言葉通り魔法の神の力だろう? ならばこの世界において最強の神にもなり得る一柱の内の一つではないか。

試さなければ分からないというのもまぁ分からなくはないが』


 龍と会話をしながらも、エルピスは初めて意識的に魔神の権能の力をほんの少しではあるが解放する。

 新たなる一柱の発生とまでは行かずとも、力を失っていた神が力をまた取り戻すのは世界にとって大きな出来事である。


 ーー解放したその瞬間、様々な知識が頭の中を駆けていった。

 魔法の詠唱方法、効率的な操作の仕方、おおよそ魔法における全てを網羅した情報が脳に焼き付けられる。

 そしてエルピスは魔法の完全操作の意味をようやく理解した。


 これほどの力が許されて良いのか。

 どれほど規格外なのか理解してテンションが上がってくるのは男の性か、いつの間にか近くまで寄ってきて居た龍に対して、エルピスは一つのお願いをする。


「龍、すまないけと俺に魔法を一発撃ってもらって良い?」


『構わんぞ。〈#炎の息吹__ファイヤーブレス__#〉」


「ーーやっぱり予測通り、効かないか」


【酷使はあまりオススメしませんけれどね】


 エルピスに対して吹かれた龍の息吹はエルピスの手前で止まると、エルピスの頭の上でくるくると回り出す。

(出来るかな程度だったけどやっぱり出来たか。他人の魔法の操作、こうなると問題はその範囲がどこまでかだけどーーッ! 頭痛いなこれ、まだ身体がちゃんと出来てないからか? 風邪をひいた日見たいに頭が回らなくなってーー)


『ーーあらら、以外と限界が早かったですね。まぁ誤差ですね誤差。龍さん、代わりにこの人運んで頂けませんか? 見ての通り手も足も動かないので、ふふ』


『……別に我は構わんが、こやつがしたがっていた実験は良いのか? 主人の言う通りに動かないとまずいだろうに』


『まぁ他の特殊技能ユニークスキルはそうですが、こうして喋っている時点で、本人に意識はありませんし。実験結果に関しては後々貴方の今いる影の世界で、勝手に実験させてもらえば問題はないでしょう?』


『そうか……そう言えば一つ疑問なのだが?」


『ん? なんでしょうか?」


『貴様は一体何者だ? この感覚……天使か?』


『ーーーー細かい事を気にしていたら早死にしますよ? そろそろ意識も完全に切れそうですし、あとは頼みますよ』


『どの神も面倒ごとには巻き込まれるのだな。まぁ我に関係ないし別に良いか』


 エルピスの体を借りている何かは、龍に対してそれだけ告げると意識を手放す。


『門を開けたままだから龍達が入ってくると思うのだが……頑張って我が相手をするか。仕事が多いのは好ましく無いのだが』


 後に残された龍は面倒ごとを押し付けられたせいで痛む頭を抑えながら、エルピスの服を器用に口で噛んで持ち上げるとそのまま家まで飛び立つ。

 その後エルピスに危害を加えたと思われ、龍が激怒したクリムに襲われたのはまた別のお話。

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