第14話 従兄弟

 外から龍の鳴き声が聞こえて、少女はゆっくりと眼を覚ます。

 彼女からすれば別段龍が家の近くで鳴いて居る事など珍しくも無いが、ちょうど起きようと思っていた時間と被ったので目覚まし代わりにさせて貰ったのだ。


 軽く伸びをした少女は、寝巻きにしては少し厚着な服装を眺めながら小さく呟く。


「やっぱりまだちょっと寒いか」


 少女が生まれて経った年月はたったの一歳と数ヶ月。

 その短期間の間に言葉を覚えた少女は長く伸びたを纏めながら、白い息をゆっくりと試すようにして吐き出す。


 少女が住んでいるこの場所は、どういった事情からか天に浮かんでいる。

 どうしてこんな場所に家を建てているのか。

 分からないことはいくつかあるが、ただ一つ言えることはこの土地は高度の関係もあってただの一般人からしてみればかなり寒いと言うことだ。


 とは言えこれは少女の両親の様に寒さを感じない程に強くなるか、魔法で外気温を遮断すれば問題は無い。

 少女が生まれた時には両親が外気を遮断していたのだが、魔法の練習の為に少女がそれを解除してもらい今は自分で自分に魔法をかけていた。


「魔力自体はもう無くなることは無いと思うけど、問題は魔法の持続かなぁ。気を抜くと魔法が途切れるのはどうにかならないのかな」


 意外と融通の効かない魔法に悪態をつきながら、少女は自室を出て応接室に向かう。

 普段なら体温を上げる為に一度入浴するのだが、応接室から両親とは別の気配がした為だ。


 少女がこの世界に生まれてまだ少しではあるが、いまだに両親以外の人物とあったこともないので気になることもいくつかある。

 長い廊下を抜けて襖を開けると、寛ぐ父親を見つけ少女は言葉をかける。


「お父さん、そちらの方はお客様?」


「──ようやく起きたか! この人はイロアスさん、俺の兄貴だからヘレンからすれば伯父に当たる人だ。

 言う必要はないと思うけど礼儀正しくしろよ?」


「やぁ、こんにちわ。ヘレンちゃん」


「こんにちわ、イロアスさん。お父さんは後で相談したい事が有るから私の部屋に来てね」


 部屋に入ったヘレンを出迎えたのは、この世界で一般的に流通している武闘家の服を着たイロアスと言う名の男性だった。


 綺麗な黒色の髪は服にかなり似合っており、カッコいいと言うよりは美しいと言う表現が似合う美男子だ。

 その隣には金髪の女性が座っており、メイドと執事も一人ずつ側に控えていた。


 この世界の顔面偏差値が以上に高いのか、それとも今のところであっている人物がたまたま美男美女だけなのか。


 実力に関しても相当なもののようで、ヘレンが理想とする完璧な魔法操作技術を全員が有している。


「いやこの前のは悪かったって。それで隣の人がクリムさんだ、この人は強いぞ~? お父さんの五倍くらいは強い」


「ダレン、余計な事は言わないの怖がるでしょ。こんにちわヘレンちゃん、うちの子と仲良くしてあげてね」


「ほらエルピスお前も挨拶──エルピス? 恥ずかしいからって気配を消すな! 言うか今の俺でも見えなかったんだけど、いつの間にそんな技覚えたんだ?」


「前から覚えてたよ! と言うか折角隠れてたのに無効化しないで!」


 驚きの声とともにイロアスが何も無い空間に手を伸ばしたかと思うと、五歳くらいの少年がどこからか姿を現した。

 黒色の髪に少し色の混じった黒目、整った顔立ちに神業とも思える魔法操作技術を見せつけられ、なるほどこの両親からならこういう子が産まれるのかとなんとなくヘレンは思う。


 目の前で煩わしそうにイロアスの手を振りほどこうとした少年は、だがその圧倒的な力量差の前に振り解けず不服そうな顔をしながら俯く。

 数秒ほどして意を決した様に頭を上げると、少年は少し恥ずかしそうにしながら言葉を口にする。


「僕の名前はエルピス、よろしくねヘレンちゃん」


「よろしくお願いします、エルピスさん」


 /


 場所は変わって広い草原。

 普段なら草食動物達の姿が確認できるこの草原は、だが今日に限り普段とは全く別の姿を見せていた。


 その原因は草原に立つ四人組だ。

 四人が発する魔力によって、怯えた草食動物達はその場から逃げ去り、何度か戦闘を行ったのか深く地面は抉られている。

 その中の一人であるヘレンが膝をつくと、一旦戦闘は打ち切られた。


「ふぅ、ちょっと疲れた。一旦休憩しませんか?」


「そうしようか、じゃあ一旦休憩!」


「あ~キッツ! 兄貴ィ、もうちょい加減してくれよ!」


「エルピスがいる手前無理だな。加減してたらどっちかに足をすくわれる」


「その割には俺に気を向けるどころか、見てすらいなかったけどね!」


 余裕そうな表情を浮かべて語るイロアスに対してそう言いながら、エルピスは倒れこむ様に草原に寝そべる。

 エルピス達が先程まで行っていたのは、魔法による戦闘だ。

 最初はイロアスとダレンだけで戦っていたのだが、それを見て参加させて欲しいとエルピスが参戦し、続いてヘレンも参加した事で体力的な面から公平を期す為に魔法で戦う事になった。


 だが魔法による戦闘は近接戦闘よりも実は疲れる。

 肉体的な疲労は近接戦闘と比べれば殆ど無いに等しいが、集中力や詠唱などの点を踏まえるとどうしても、魔法戦闘の方が疲労は積もるのだ。

 魔神の力を隠蔽している為に殆ど魔神の力を使えないエルピスは、数十分も戦っていたら精神に限界がくる。

 そんな中でエルピスとダレンを相手取りながら、息一つあげて居ないイロアスが可笑しいのだ。


「しんどい…。お父さんは何でそんなに疲れていないの? もう僕動けないんだけど」


「いくつか理由はあるけど一番は魔法の使い方だな。エルピスは高火力の魔法を何の制御もせずに使うから、そうやって直ぐに疲れるんだよ」


「高火力の魔法って言うと──こう言うやつ?」


 寝転んだままの状態でエルピスは空に手を伸ばすと、空中に超巨大な水の塊を形成させる。

 湖の水をそのまま引っ張り出して来たような水の量にヘレンが驚くのも束の間、イロアスが軽く腕を振るうと水が分裂されまるで滝のように地面に落ちていく。


 それが周囲に散らばらないように水を適当な所にイロアスとダレンが転移させると、イロアスは寝転ぶエルピスの側に立ち自慢げに言葉を口にする。


「ただでかいだけの水の塊なら、こうやって幾らでも無効化出来るんだよ。なんせでかいだけだからな。

 もっと工夫をして魔法を使わないと。魔法の強さは魔力と想像力で決まるって言っても過言じゃ無いからな」


「なるほど……確かにそう言われるとそれもそうか」


 イロアスは草原に寝そべるエルピスを起こして、優しく服に付いた土を払う。

 その間にもエルピスの頭上ではふわふわと浮かぶ水滴がいろいろな形に変化しながら徐々にその数を増やしていた。

 その光景を見ながら同じように土を払われているヘレンは、先ほどの魔法戦の影響か言葉通りの意味で少し目の色が変わっている父親に対して、疑問を口にする。


「お父さん、多分だけどエルピス君って全力で戦ってないよね?」


「そうみたいだな。最初は強さに驚いて気付かなかったけど、まず間違いなく実力を隠してるだろうな」


「ふーん、やっぱりそうなんだ。……私と同じ様な能力なのかな?」


「ん? 何か言ったか?」


「ううん。何も言ってないよ、それより魔法について詳しく教えてよ、お父さん」


 口から自然に出ていた呟きを親にバレていなかった事に安堵しながら、ヘレンは魔法についてダレンに教えを請う。

 先程までの戦闘を見る限り戦闘面ではダレンよりイロアスに軍配が上がるのだろうが、ヘレンの魔法の癖などをよく理解している父の方が教えてもらうには都合がいいだろうとの判断だ。


(まぁ一番の理由はあの人なんか感覚派っぽいから、私と合わなさそうなんだよね)


 ヘレンの目から見たらどう控えめに見ても、あの親子は天才と呼ばれる部類の人間だ。

 別に父親が凡人と言うわけではないが、あの人達には父と違い超えられそうにもない壁を感じる。


 それなら壁一枚向こうの人間に教えて貰うより、ヘレンは父に教えてもらおうと考えた。

 だが父から帰ってきた言葉は、以外にもイロアスと同じものだった。


「詳しく教えてと言われてもな。兄貴が言ったので全部さ、それより兄貴とエルピスが本気で戦闘するみたいだぞ」


「ふーん、そうなんだ」


「いや本当にそれだけしかないから」


 意外と頼りにならない父親に溜息をつきながら、ヘレンは再びその場に座り込む。


「扱いがひどい気がするよほんと」


 溜息を吐かれた事にショックを受けつつも、ダレンはヘレンを守る術式をその場に展開してヘレンの隣にどさりと音を立てながら腰を下ろした。

 その最中にもエルピスとイロアスの魔力は高まっていき、ダレンが手を下ろすと同時に、爆発する様に膨らんだ魔力が辺りを包み込む。

 それはお互いの領域。

 魔法使いは自身の魔力を周囲に巻く事によって戦士職よりもはるかに多い恩恵を受けられるのだが、反応速度を上昇させる効果がその最たるものだろう。


「行くぞエルピス」


「えぇ。いつでも」


 空気が破裂する音と共に戦闘が開始された。


 繰り出されるのは八属性の魔法。

 鋭利な氷は地面を抉り、燃え盛る炎は草原を焼き去り、雷は天を覆い時空は切り裂かれ時は進む方法を忘れてしまう。

 最初は詠唱しながら戦っていた両者は、だがいつの間にか詠唱を無くして連続で魔法を使用していた。


 二人が使用しているのは無詠唱と呼ばれる魔法の極致の一つであり、この特殊技能ユニークスキル一つでその魔法使いの戦力は大きく変わる。

 戦士に対して魔法使いが唯一近接戦闘で勝てる方法であり、そして魔力量に差がある自身より強い魔法使いに勝てる可能性を見出してくれるものでもあった。


「──ッ! 無詠唱か!? いつの間にそんなの覚えたんだよ!」


「強いて言うなら産まれた時からだよ! ほら戦闘だ、加勢しろっ!」


『親子喧嘩に巻き込むでない──だが面白そうだな、加勢させてもらうぞ』


 確かにヘレンの目の前でエルピスはイロアスから魔法を変形させればいいとは言われていたが、それにしても呑み込みが早すぎるだろう。

 先程までとは全く違う、槍や剣、弾丸のようなものから矢のようなものまで、エルピスが使用している魔法の形状は多種多様だ。

 その最中にエルピスが龍を呼ぶと影から龍が飛び出し、イロアスに対して攻撃を仕掛け出す。


 一対一で戦闘が始まったとは言え、エルピスの口からは一度も一対一に付いて触れられていないので、イロアスも文句が飛ぶことはない。

 むしろ英雄はその困難を笑ってすらいた、絶望的な状況を前にして笑みを浮かべる余裕があるイロアスがヘレンにとっては最も怖い。


 ーーそれから数十分後。

 もう体力的に限界を迎え始めたエルピスは、最後の攻撃を仕掛けにいく。


「悪いけどお父さんの気を引いてて! 〈濁流!〉〈炎禍!〉」


『こやつの魔法は痛いから嫌なんだが! まぁ良い少しの間だけだからな!!』


 辺りに足首まで浸かるような量の水溜りを生成したエルピスは、そのまま空中に巨大な炎を生成する。

 炎の熱によって蒸発した水は辺りを覆い、自らの手元すら確認できない程に視認性を阻害していく。

 超高温によって水蒸気となった水の温度は火に耐性をもつ龍ですら耐えられないほどで、イロアスもたまらずその場から逃げ出した、


「────前が見えねぇ!!」


『なんだこ──ギャァァ!熱い痛い!』


「喰らえ! 国家級魔法!」


 誰からもいまだに教えられていない国家級魔法、それをエルピスは今日それを始めて使用しようとしていた。

 こめられる魔力量は戦術級の比ではなく、この島ごと存在を完全に消滅させるには十分すぎるほどの魔力の濁流にダレンも最大限の警戒心を見せる。

 イロアスが使用できる中でも最高位の、まさに人類の到達点ともいえるその魔法が今ここで──


『熱い熱い! っていうか魔力が足りていないぞエルピス!』


 しかし魔法は術者の魔力が足りなかったことで不発に終わってしまう。

 倒すための足がかりには成らなくとも、超高温の蒸気は確かにイロアスの気を引くには十分な行動だった。

 しかし発動できなかったものは仕方ないと諦め、結局全ての攻撃を防がれたエルピスはここで素直に諦め負けを認めた。


「勝負ありだな。エルピス、人間相手に国家級を使うのは俺くらいの敵相手だけにしておけよ? 過剰だから」


「うん分かった……また今度勝負しよう、お父さん」


「あぁ、また今度な」


 戦闘を終えたエルピスは、イロアスと再戦を約束してから再び倒れこむ。

 この数十分間の間に見た魔法の数々は、かなりヘレンからすれば気になるものであったが、最後の水を蒸発させ視界を妨げるのは魔法文明が関係ない、理科に関する知識が無ければ子供には到底出来ない芸当だ。


 確かに小学生で習うような内容ではあるがこの世界の本は基本的に帝王学や武術の指南書、計算問題に建国の歴史などの本以外は専門の学術機関にでも行かなければ情報も得られなかったはずだ。

 それに何度か見た時間差攻撃の中に含まれていた武器は日本にも見られた武器、確実にエルピスも異世界人だと言うことを確信したヘレンは、凄い戦闘だったなぁと笑う父親を置き去りにしてエルピスの元に近寄る。


「お疲れ様。凄い戦闘だったね。……だけど異世界人しか知らないような攻撃方法はずるいと思うな」


「まぁあれくらいしないと父さんには勝てないから。君は向こうではなんて名前だったの?」


 顔は居たって冷静で声音にも変化はないが、一瞬の返答までのタイムラグがヘレンにエルピスの動揺を分かりやすく教えてくれる。

 エルピスの問いかけに対してヘレンも一瞬口にするか迷うが、もはや存在しない人物の名前を出し惜しむ必要もないだろうと判断を下す。


「私の名前は佐藤天さとうそら。貴方の名前は?」


「俺の名前は山下晴人、それにしても偶然って凄いね。君の名前僕の妹と同じ名前だ。あ、そうそう、秘密ね俺が異世界人なの。まだ言ってないからさ」


「──そ、そう。妹さんと同じ名前なんだ、これも何かの縁かも知らないわね。分かった、秘密にしておく」


「もしかしてと思ってたけど合っててよかったよ。見た目もそうだけど一歳には見えなかったからさ」


 上半身だけを起こして笑うエルピスに、ヘレンは隠蔽を使って表情を隠しながら相槌を打つ。

 その理由は単純で、まさか自分の兄がこの世界に居るとは思っていなかったからだ。

 父の話ぶりからしてこの世界に来ることすら稀なのに、更に数少ない転生をして産まれた先では従兄になる。


 まるで呪いとも言えるそんな偶然に、ヘレンは表情が硬くなっていく。

 後悔と疑問の感情が渦巻く心の中で真っ先に思い出したのは、死体となって横たわる兄の姿だった。


 冷たい兄の手の感覚が思い起こされる中でヘレンはエルピスに対して、ただ静かにその場から走り去るのだった。


「えっ……」


 去り際に聞こえた兄の声は生前のそれと何ら変わることはなく、改めて兄の前から逃げる自分に呆れながらもヘレンはがむしゃらになって走り続ける。

 そうしてからどれほどの時間が経過しただろうか。


 空中に浮いているとはいえ島は相当な広さがある、魔力によって身体能力を強化しているとはいえ所詮は少女の足である。

 足の痛みに耐えきれなくなりその場にへたり込んだヘレンは、近くにあった木に背中を預けて呼吸を整えるために大きく息を吸い込んだ。


 冷たい空気が肺の中を蹂躙していき、そうして何度かの呼吸を終えると少しばかり心も安定してくる。

 ヘレンが兄から逃げ出したのは兄に対しての恐怖心と死体になった兄の冷たさを思い出したからである。

 ヘレンは兄が死んでからもそれなりの月日を過ごしていた、平和な家の中で過ごし、そうして些細な行き違いから問題はどんどんと大きくなっていき、最後にはヘレンは不慮の事故で死んでしまうことになった。


 そうして自分も死んでしまったからこそ兄の死について思うところがないわけではない。

 兄は授業が始まる前に原因不明の突然死で死んでしまった、両親からはそうとしか聞いていないがもし病名がわかったところで死んでしまった兄がどうにかなるわけではない。


 だが死んで分かったのは兄は孤独だったのだろうという事だ、死んだあと少しの間だけ漂っていた場所にはヘレンの知っていたいろいろなものがあった。

 知識によって知っている者がそこにはあって、友人がそこにはいて、そうして家族は父しかいなかった。


 ヘレンはそうしていた時に気が付いた、きっと自分は兄も母も家族として見ていなかったのだろうと。

 兄の学校生活について聞いていることは少ないが、葬儀に来てくれていた数を考える限りそれほど友達は多くなかったのだろう。

 数人ほど、雲の上のような人物もいたがそれは兄の功績というよりは単純にタイミングの問題だったのだろうとそう思って居た。


 ヘレンからしてみれば兄はいつも誰かから嫌われることを恐れている臆病者だった、何故か他者は兄に当たりが強く、それに対して兄は最初こそ仲良くしようと努力していたが中学の頃にヘレンがいじめられてからは他者を拒絶し始めた兄。


 きっと自分の事を守るために矢面に立とうとしてたのだろう。

 さすがにヘレンも馬鹿ではない、それくらいのことなど考えるまでもなく当然の事実として受け入れることもできる。

 そうして死んでからいなくなった兄の事をふっと思い返していると、体が引っ張られる感覚と共にこの世界に転生した。


 もしかしたらこの世界に居るのかもしれない、もしいたのならばこの世界ではせめて前よりも仲良くなりたいとそう願っていた。

 一目見た時にもしかしたら……という気持ちもないわけではなかった、妹だからこそわかる特有の立ち回りというものは体ではなく魂に沁みついているらしい。

 そして名前を聞いて、妹の名前と同じと口にされてしまい予想は確実なものとなってしまった。


 出来れば自分の正体を兄に伝えてしまいたかった、そうしてしまえばどれほど楽なものだったろうか。

 だが兄には家族ができていた、本物の家族だ。

 血のつながりはもちろんあるのだろう、だが問題はそこではない。


 血のつながりなど下手をすれば呪縛にしかなりえないものである、だがあの家族はおそらく兄の秘密を#知っていながら__・__#それでもまだ兄の事を子供として愛し続けているのだ。

 父に捨てられ、母に捨てられ、そうして妹にまで捨てられてしまった哀れな兄はこの世界に来てようやく本物の家族を手に入れることができたのである。


 そんな兄に対して自分がかつて兄を捨てた人物であるとどうして口にできるだろうか、才能に溢れ家族に愛されている兄が自分を恨んでいて殺しに来るのでは、そんな事しか考える事のできない愚かな自分に嫌気がさす。

 膝を抱え涙を流し、そうして少しすると草木をかき分ける音が聞こえてきた。


「ヘレン、近寄ってもいいか?」


 声の主は父ダレンその人であった。

 ダレンはヘレンが異世界人である事を知っている、ヘレンの口からダレンに対してそれを伝えたのだ。

 だがダレンはその事について特に何も言うことなく、『そうなんだ』とそれだけ口にするとその時からいままで何も変わらない態度で接してくれていた。


 そんな父に感謝しているし、だからこそ軽く頭を下げて場所を開けるとダレンは隣に座り込む。

 そうして少しの時間が経過した、風が徐々に気持ちの良いものに変わり、身体はぽかぽかとした暖かさに包まれる。

 父が魔法によって周囲の環境を変化させたのだろう、この世界の規格外はそういったことを平然と行う。


「エルピス君と何かあったのか?」


 答えを無理に要求するような声音ではない。

 ただそれとなく、明日の朝食のメニューを聞く程度の気軽さの中には、いざという時にはヘレンの方に立ってくれるという感覚も与えてくれた。


 だがいまは一人にして欲しかった、父以外の人間がもしここにきていたのなら魔法を使ってでも追い返しただろう。


「まぁ言いたくないなら言わなくても良い。ヘレンは賢い子だ、何か理由があったんだろう?」


 父の言葉にこくりとヘレンは頭を縦に振る。


「なら大丈夫」


 問題が解決する事はない、それがあるとすればもっと後のことだろう。

 いまはおそらく兄に会わないほうがいい。


 /


 エルピス達が島にやってきてから五日後。

 アルヘオ家の最初は天に住む土精霊と、地の底に眠る龍であったと言う話を聞いたりして、優雅にこの四日間を過ごしたエルピス達は、今日の早朝に自分達の家に帰って行った。


 だがヘレンの心は晴れず、体調が優れないと親に告げて部屋で一人ベットにうずくまる。


「兄さん、次会った時はしっかりと話そうね」


 頬を伝う涙を拭いながら、ヘレンは言葉を口にする。

 その言葉は虚空に消えて誰の耳にも入らない。


 だがこの想いは絶対にエルピスに届くと信じながら。

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