天の頂きに至るまで終わらない一生の旅路

ALC

第1話はじまりの日

モラトリアムが終わらない…

いいや…きっと僕だけが未だにモラトリアムの最中なのだろう。


同年代の友人達が仕事に恋にと着実に自らで思い描いた人生設計通りに進んでいるはずだ。


そんな中で僕はと言えば…

平日の真昼間から遊技台の前に座りハンドルをひねり続けていた。

ただ無心でハンドルを握り銀の玉が弾き飛ばされ…

液晶の映像を眺めながら…

本日の幸運を消費し続けていた。


いいや…人生で必要な幸運を無為に使い果たしていたのかもしれない。


それを分かっていながらもハンドルを握るのをやめないのは…

別に中毒だってわけじゃない。


やめようと思えばやめられるだろう。

そんな事を他人に言えば…

そういうこと言っている時点でやめられないよ。

そう諭されるだろう。


それも分かってはいる。


いや…何の話?と脱線を疑うのも理解できる。

だけどもうしばらく聞いて欲しい。

僕が幸運を無為に消費している現時点の思考を…



銀の玉が消費されて財布の中身に目を落としていた。

数枚のお札が入っていたが本日はここで席を立つ。

空腹感を覚えてスマホで時間を確認した僕は頷き納得を覚えていた。

現在時刻は14時とお昼を過ぎていて。

お腹が空くのも当たり前と言ったところだった。


店を出て駐輪場に向かうと原付きにキーを差し込んだ。

セルでエンジンを掛けるとスロットルを捻って帰路に着く。


帰宅途中の田舎道で生ぬるい風が全身を覆っていた。

緩やかなカーブを曲がっている最中…

嫌な想像が脳裏にこびりついている感覚がした。


「このまま曲がりきれなかったとして…

ガードレールに突っ込んだとして…

対向車線のトラックに轢かれたとして…」


そんな◯への渇望のような思考が瞬時に湧いてきていた。


少しだけ話しを戻させてもらうが…

モラトリアム期間の人間が何の焦りも不安もなく過ごしているかと問われたら…

完全に否と答える。


社会の歯車の一員としての自覚もなく。

僕の眼の前には確かな道もレールもない。


それを羨ましく思う人間もいるかも知れない。


ただし…僕と同じ境遇になりたければ今すぐに仕事をやめればいい。

その後…働きもせずモラトリアムを謳歌すれば良いのだ。

大概の人間は焦りや不安を覚えて一ヶ月もすれば復職することだろう。


いいや…何をもっともらしい理由を無理やりくっつけて働かない理由を正当化しているだ。

そう叱責されても可笑しくない状況だろう。

分かっている。


僕が働かないのは僕に原因があるし僕が自分で決めて勝手にしていることだ。

現在陥っている状況も自らで招いた結果と言って差し支えないだろう。


だが…僕は…もう終わらせたいのかもしれない。

再起不可能に思える現在の状況を…

頑張らなければ一人前の人間になれない現代社会から強制的に離脱したいのかもしれない。

反則的な方法を用いてでも…


それでも既の所で…

99︰1の1の所を偶然にも引いて…

いいや…もしかしたら必然的に運命的に引いて…

僕はどうにか築35年の一人暮らしのアパートに帰宅したのであった。




二階建てのアパートは四室構成で出来ているが…

現在入居しているのはどういうわけか僕だけだった。


学生向けの安い家賃な為…

入学や卒業のタイミングでは人が入れ替わっていくのが毎年恒例のお決まりだったはずが…

卒業のタイミングで出ていった人の代わりが一向にこずに現在は七月を迎えていた。


近所に住む大家さんも少しばかり困っているようで…


「福田くんは出ていかないでね…」


長年住み続けているためか大家さんとはすれ違えば話をするような間柄だった。

特に深い付き合いというわけではないが…

それでも常識的に世間話をするぐらいの間柄ではあったのだ。


駐輪場に原付きを停めて…101号室の鍵を開けた。

中に入り手洗いうがいを終えた僕はベッドに倒れ込む。

天井を見上げてすぐに腹の虫が鳴り自らが空腹であることを思い出していた。

寝転んですぐに立ち上がりキッチンへと歩き出していた。


一人暮らし用の小さめの冷蔵庫を開けると昨日の夜に炊いたご飯をレンジへと入れて温めていた。

キッチンの引き出しを開けてふりかけを手に取った。

ふりかけご飯とは如何にも質素すぎる昼食を食べながら僕は過去を思い出して涙しそうになっていた。


母親が作ってくれる食事が恋しい…

大人になったと言うのに母親の手料理が恋しいとは…

情けなく思いかけて…

いいや…当然だな。

と自らの思考を真っ向から否定した。


あっという間に食事を終えた僕は食器を洗って再びベッドに寝転んだ。

食事をしたことにより血糖値が上昇したのか瞼が重くなるのを感じていた。

ウトウトと睡魔が巻き起こした眠気に全身を委ねると…

そのまま深い眠りの世界へと誘われていくのであった。





産声を上げた瞬間の事を夢で追体験しているようだった。

完全に夢である認識はあるが少し不思議な気分ではあったのだ。


僕はきっと世界から祝福を受けてこの世に生を授かったはずだ。

家族や親戚等など…

僕と関わるはずの大人や大げさではなく世界に受け入れられて祝福を受けて生まれてきたはずなのだ。


それなのに…

僕の現在の状況は何だというのだろうか…。


まるで世界から拒否されているようで…

排除されかけており生きることすらも拒絶されているようだと思った。


これでは話が違うではないか。

なんとも言えない理不尽を覚えながら…

僕は夢の続きを追いかけていた。



両親曰く赤子のころから僕は運動神経が良かったらしい。

歩くようになるのも早かった。

言葉を喋るようになったのも早く成長はかなり早かったらしい。

周りから神童と持て囃される自慢の息子だったと過去に耳にした記憶がある。


小学生から高校生まで当然のように一番運動神経が良かったし勉強が出来なかった記憶もない。

芸術方面の成績もよく友達も多かった。

何一つ悩みが無い学生生活を送り大事な恋人の存在もあった。


しかしながら僕は…

順風満帆な日々を自ら放りだして…

モラトリアムに身を投じている。


いいや…きっと僕は…全てに満足してしまったのだろう。


学生生活しか送っていない僕が人生の何に満足をしたというのか…

まだきっと何も始まっていない様な人生で…

僕は知った風な気持ちになって満足したなどと勘違いしているのかもしれない。


しかしながらしっかりとはっきりと思い返せる…

僕はこの後に続く人生で酷く辛く苦しい経験をしたくなかったのだ。


僕は…僕は…僕は…

単純に恐怖して逃げる選択を選んだ臆病者なのだろう。


自らが傷つき苦悩しそれでも試行錯誤の連続で前に進み続ける人生を先んじて想像して臆していたのだろう。


生まれた瞬間に世界に祝福され愛されることを約束されて生を受け…

まもなくして神童と呼ばれ…

友人からは天才と言われるようになり…

成人を迎える頃には神などと過大評価をされるようになった僕は…


今現在…人生リタイアを望んでいる。

ウルトラCを用いてのドロップアウト…

強制的にこの世界から脱出することを考えていた。


そんな自分を戒めてくるような厳しい家族の声が夢を通して僕の脳内に鳴り響いているようだった。


もしくは夢と言うものを用いて僕を説得しているようだった。


それが家族だったのか…もしくは99︰1の1の部分の僕の自制心が…

自らの心のブレーキが僕を既の所で思い返すように諭しているようだった。


今までの自分の人生を振り返るような夢を高速で見ていた。

目覚めた瞬間に僕が何を思ったのか…


「走馬灯みたいだったな…」


変な感想が口から漏れて思わず笑みが溢れていた。


普通、走馬灯は◯の直前に見るとされているもので…

だが僕は今ただ眠っていただけだった。

もしかしたら走馬灯を見せることによって僕の脳が僕自身をこの世に無理矢理にでも繋ぎ止めようとしていたのかもしれない。


そう思うと…

何だか健気で僕は僕自身を深く愛していることを再確認していた。


深く愛しているのであれば…

僕も僕自身を大事にしてあげなければ…

そう結論に至った時…


窓の外に一台のトラックが…

引越し業者と思しきトラックが停まったのであった。





どうやら新規の入居者が隣の102号室に引っ越してきたようで…

久しぶりにお隣さんが出来た。


どんな人間が入居してくるのかとカーテンを少しだけ開けて覗くと…


その人物を目にした僕の心には大きな衝撃が走っていた。


別に知り合いってわけではない。

元同級生でも昔の友人でも元恋人でもない。


だがしかし…何か…本当に直感的な本能の部分で…

僕は雷に打たれたような感覚を覚えてしまい…

これがきっと運命的な出会いと言うものなのかもしれないと…

浮かれるような気分で自らの心が告げていた。


しかしながら頭を振って冷静になる。


「まさかまさか…何を淡い期待をしているのか…」


自らの楽観的思考に強制的に終止符を打つとパソコンの前の椅子に腰掛けた。

起動して昨日の続きに取り掛かることを決める。


先ほど仕事はしていないと言ったが…

本当に自信を持って仕事…と言えない自分を軽く呪いながら…

仕事…の様な活動を僕は一応していて…


今から僕が行っている活動を行う事を決めて…

また今日という一日が本格的に始まった。



モラトリアム期間に身を投じているとは言ったが…

仕事…と言って良いのかわからないが…

そういう活動をしていて…。


しっかりとしたお金を頂いているわけだから仕事…なのかもしれない。

しかしながらはっきりと断言するには…

僕にはその自信が無かったと言えば良いのか…

いいや…この部分は自分でも酷く難しい所なので今のところは割愛するとして…



昨日の続きに手を付けながら時間だけが着実に過ぎ去っていく。


いつの間にか引越し業者のお兄さんたちがトラックに乗り込んで次の仕事場に向かうところだった。


一度休憩がてらに換気扇の下へと向かった。

冷蔵庫からアイスコーヒーを取り出すとコップに注いでいた。

冷蔵庫の上に置いてあるタバコを手にするとライターで火を着けていた。


青白い煙を肺に入れては換気扇へと向けて吐き出していく。

脳内が無になるような感覚が訪れて確実にリラックスしている気分だった。


アイスコーヒーを嗜みながら休憩時間が少しずつ過ぎていた。

ただただ過ぎていく今を肌で感じながら…

灰皿でタバコの火を消して…

アイスコーヒーを喉の奥に流し込んだ所でインターホンが鳴り響いた。


「お隣さんの挨拶か?今どき珍しいな…」


その思考に瞬時に至った僕はすぐにうがいをして玄関のドアを開いて応答した。


「隣に越してきた櫻井と申します。

生活力が皆無で…何か御座いましたら頼らせてもらうかもしれませんが…

その時はどうかご助力頂けると幸いです…」


遠慮がちに…しかしながら図々しいお願いをしてくる彼女に苦笑のような表情を浮かべながら…


「福田です。そうですね。お隣の好ということで…

お互いに何か困ったことがありましたら遠慮なく声を掛けてください。


しかしながら…その…生活力が皆無の中で…何故一人暮らしを決断されたのでしょうか?


差し支えないのであれば…お教え頂けますか…?

ただの世間話の延長ですので…」


何の言い訳なのかわからないが…

僕は最後の言葉を付け加えてしまっていた。


「そうですね…実家ぐらしで甘えていたところ…両親に一人暮らしをするようにと…

半ば強制的に家を追い出された次第です。


仕事…をしてはいるんですが…

そう胸を張って言うのであれば…そろそろ一人暮らしをしなさいと…

いい大人なのだから自らの事を自らで出来るようになりなさいと言われたのです…」


「なるほどですね。家庭の事情を詮索するような真似をして申し訳ありません。

もう一つ聞かせてほしいのですが…」


「どうぞ。答えられることであるならば…答えますよ」


「あの…されているお仕事とは…?」


「はい。絵を描いております」


「絵ですか…絵画でしょうか?」


「いいえ…イラストや漫画です…」


その答えを耳にして…

僕はやはり彼女に運命的な何かを感じてしまったのだろう。


僕の直感はきっと間違っておらず…

99︰1の1を引くという本日の豪運にも意味や理由があったことを遅ればせながらに悟っていた。


きっと今日が僕の人生の転換期。

いいや…再生の一日。

僕が僕になる…僕が僕を取り戻す…そういう運命の日。

きっと何かが少しずつ変わり動き始める運命の初日。

起承転結の起と転が繰り返し行われ始める。

そんな大きな歯車が二つガッチリと何の因果か運命の悪戯で噛み合ってしまった日。


「あの…失礼でなければ…福田さんのご職業は…?」


櫻井と言う見目麗しく高貴な存在感を放っているお嬢様の様な彼女の質問に…

僕は少しだけ遠慮がちに口を開くのであった。


「仕事と言えるかわからないのですが…物書きです…」


僕の答えに彼女は初めて…

少しだけ気だるげだった目を大きく開いて…

猫が動向をかっと開くが如く…

真ん丸な黒目を大きく見開いたのであった。


それは彼女も何かしらの運命の出会いを悟った瞬間だったのかもしれない。




今日僕の人生が動き出す。

予感や直感などの不確かなものではなく…

確実性のある未来がやってくる足音が聞こえていた。


二人の大きな歯車は見えない所で決して外れることのない程の確かな結束力で噛み合っていて…

小気味よい音を奏で続ける。



これは僕が…

いいや…僕らが…

天の頂きへと至るまでの旅路。



未だその面影を見ることも触ることも出来ない。


その天頂の景色を目指して…

僕は…僕らは…本日出会い…運命すらも凌駕する果てしない旅路に出るのであった。

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