第八章 怪獣 対 怪獣

十和田湖畔の徳川天領陣屋。

昨夜から長引いた大トカゲ対策会議がようやく煮詰まり、徳川綱吉が最終決定を下す。

「・・・では最後に世が大トカゲを命名しよう。奴は、牙と羽鰭はねひれを持つ図体のでかい武神の蛇、よって名は、“牙羽図武蛇がうずぶだ”!」

(が・う・ず・ぶ・だ?)

一瞬、広間が(ええええ~カッコわるぅ~)という空気に包まれる。

だが二呼吸ほど置いて誰からともなく「よ、良き命名にございます」やら、「こ、こ、個性的でありまする」やら、家臣らが物凄ぉく気ぃを遣って誉め称える。

「うむ! そうであろう! 品田、早速、皆に伝えよ!」

「は! しかと“牙羽図武蛇がうずぶだ”、承りました!」

「よしよし! 我ながら良い名前じゃ! のう? ! ハッハッハッハッハッ!」

実に満足げな綱吉。


「・・・品田様」

「お。これは小夜丸さよまる殿、何か?」

綱吉御側世話役小姓の小夜丸が廊下を急ぐ品田嘉平治しなだ・かへいじを引き留め、小声で耳打ちする。

「品川様、綱吉様のお付けになったお名前ですが、“ガウズブダ”はどうにも格好が悪うございます」

「・・・ここだけの話、拙者もそう思います」

「でしょう? ですから皆には、牙生やしカラス濡れ羽色した耳持つヘビの阿修羅、“牙烏耳蛇羅がうじいら”とお伝えくださいませ」

品川が小夜丸の言葉に驚き、戸惑う。

「確かにその方がずっと格好が良いが、小夜丸殿、よろしいのですか?」

「はい。あとはわたしが何とか上手く誤魔化しますから・・・」

「では“牙烏耳蛇羅ガゥジーラ”、しかと承りました!」


瓦版屋が彫刻刀で瓦を彫る。

墨が塗られ紙を押さえる。

室内に乾かされる数百枚の版画紙。

瓦版が次から次へと刷られていく。

【大蜥蜴現る】

【徳川綱吉様、直々御命名】

【其の名は】

牙烏耳蛇羅ガゥジーラ


「どいた! どいた!」

荷車に積まれた大量の瓦版が東西南北津々浦々、地方にも送られる。

また同時に各版元により新たな瓦版が次々と刷られる。

この時代、民が情報を得るのは意外と早かったようである。

「あんた瓦版読みましたか?」

「おう! ガゥジーラの話じゃろ!」

「殿! 大トカゲが東北に!」

「ふん! 放っておけ! 徳川のお手並み拝見じゃ!」



まだ薄暗い、明け方前の奥山。

森を分けて歩くガゥジーラの眼前に猪怪獣イノゴンが現れた。

「ブヒーッ!」

「アンギャオッ!」

イノゴンはいきなり猪突猛進、ガゥジーラに体当たりを喰らわそうと牙を光らせ突進してきた!

ドドドドド!

大トカゲ怪獣は腰の高さほどのこれをヒラリとかわす。

イノゴンはガゥジーラに避けられ、だがそのまま振り返りもせずに樹々を倒しながら一直線に走り去る。

直後、三頭のイノゴンの子供・ウリボイノゴン(それでも体高はガゥジーラの膝まであろう)が親を追って走り去る。

デデデデデ!

ガゥジーラは森に消える巨大猪親子を見送ると「アギャ」と小さく鳴き、再び歩みを始めた。

このまま真っ直ぐ北西に進むと陸奥湾に出るはずである。



早朝。

一番鶏が「コケコッコ~」と鳴くと同時に、ギッギギッギギ~。

十和田陣屋の大手門が軋み左右に開く。

直後、犬公方が愛馬を駆り一路ガゥジーラの目撃地を目指す。

パカラン! パカラン! パカラン!

「急げ! 疾風ハヤテ号!」

「ヒッヒーンッ!」

「正義の牙・犬公方いぬくぼう、参上!」

あれは正体を隠した将軍・徳川綱吉、その人である!

パカラン! パカラン!

そうして犬公方が立ち上がる時、あちらこちらから正義の犬たちが集う。

大小十数頭の犬が疾風号の後ろに付き疾走する。


「♪おいでよ~ ざぶざぶ~ うみこえて~ きたきた~ ながい~ しっぽの~ おお~とかげ~」

何処からか大トカゲの童歌が聴こえてくる。


「あっ! 犬公方と犬剣ケンケン組だ!」

朝から十和田湖で貝を捕る童たちが手を振り見送る。

犬公方が手を上げ笑顔を返す。

ドドドドドド!

犬公方! 決戦の時、来たる!



ドバッシャーンッ!

大怪獣ガゥジーラが陸奥湾に飛び込む。

白鳥の群れが驚いて羽ばたき逃げ出す。

発生した大波が漁船を大きく揺らす。

「うわぁっ!」

漁師たちの悲鳴を他所に、ガゥジーラは海を縦断し北へと目指すようだ。


「あっ! 居りました! 居りましたぞ!」

法螺狗斎が八甲田山を遠くに臨む海岸線の丘から大トカゲを指差す。

三田井夫妻はやや遅れてやって来た。

「おお! トワ、見なさい! 大トカゲだ!」

「汁之丞様、やっと追い付きましたね! それにしても、なんて大きなトカゲなんでしょう!」

ここからのガゥジーラは三寸ばかりの大きさに見える。

腰から下は海面下で正確な大きさは測れないが、歩く度に沸き立つ波の感じから、とにかく巨大動物である事は間違いない。

法螺狗斎がこの一帯の土地に関する記憶を掘り起こす。

「・・・確かこの先には津軽海峡が、あ、いや、その前に恐山なる霊山がありまするな」

「恐山ですか?」

トワが尋ね、夫が答える。

「恐山には様々な霊魂が集うと聞くが・・・。もしそこが大トカゲの目的地ならば奴なりに何かしらの考えがあるのか・・・」

法螺狗斎が二人に数枚の大トカゲ素描を手渡す。

細い筆で描かれているのは極楽浄土に立つ大トカゲ。

「汁之丞殿、恐山は異世界への出入り口との説もありますぞ」

老絵描きが真剣な面持ちで語り、汁之丞が深く頷く。

「なるほど・・・。あの異形さからして、大トカゲの奴、ひょっとすると異世界からやって来たのかも知れませんね」

二人の会話を聞きながらじっくりと素描に見入っていたトワが、現実の大トカゲの方へ目を戻す。

「あっ! 結構早いですよ! 急ぎましょう!」

珍しくトワが二人を急かす。

大トカゲは海岸線の崖に隠れてしまい、三人は慌てて下の海沿い街道に降り始めた。



「どうにも気になって仕方がない!」

和歌山城の城主・石川原尊道、家老・坂上長右衛門、尾鷲城の城主・加藤重三郎、策士・榊一慶、浜松城の城主・矢島甲秀、下田城の城主・水越蒲生、水戸城の城主・五条庄左衛門、軍師・敷島行歩、八戸城の城主・下北三鷹、策士・蓑和又兵衛。

これまで大トカゲを退けた各地の城主たちが時を同じくして立ち上がる。

その感情・・・すなわち好奇心は・・・人として当然と言えよう。

またこの平穏な時代に於いて、全身全霊を懸けて知力と体力を駆使して戦い抜いた大トカゲに対し、好敵手という情感に目覚めたのかも知れない。



同じ時刻、三沢。

大トカゲの足跡そくせきを追う七人の虚無僧の姿が遠くにあった。

呼び止められた行商人が北を指差している。

おそらくは大トカゲの情報を得たのであろう。

虚無僧の一人が合掌して軽く頭を下げ、隊列に戻る。

そうしてまた七人の虚無僧は一斉に北を目指し歩き出す。

ザッザッザッザッ・・・。



「旦那様、お願いがあります」

「なんやいきなり藪から棒に」

「ぼく、ガゥジーラが見たいんです」

「がう・・・じいら・・・? なんやそれ?」

「今、世間を騒がしている大トカゲです」

「大トカゲやて?」

「この瓦版に載ってます」

「? ・・・どれ、見せてみ。・・・ふむふむ。こりゃ珍しいな。おい! おタネ! 今日は店休みや! これ、この大トカゲ見に行くで!」


「瓦版見たか?」

「ガゥジーラか?」

「そうそう。見てみたくないか?」

「そりゃ見てみたいけど、怖いな」

「怖いなんて言ってちゃ勿体無い。一生に一度どころか滅多に見れるものじゃないぜ?」

「むむう・・・じゃあ行ってみるか?」

「そう来なくちゃ!」



下北半島は大湊の海岸近く、巨大蛸怪獣スダコラーが海面すれすれにガゥジーラに睨みを利かせている。

スダコラーは度々、村に上陸しては家畜を狙っては襲い、場合によっては人間を喰らうという。


まもなく上陸というガゥジーラの前方、突如海面が不自然に波立つ。

波は次第に大きく荒れ始め、次の瞬間!

巨大な触手、触腕、タコ脚が三、四本出現した。

人食い怪獣スダコラーだ!

「パスーッ!」

「アンギャオーッ!」

二大怪獣が海上で激突する!

触腕がシュルシュルと伸び大トカゲを縛り上げる!

暫くはもがき苦しんだガゥジーラだったが怪力で振りほどく。

「パスーラーッ!」

次の瞬間スダコラーが真っ黒な墨を吐き、ガゥジーラに目潰しを仕掛ける。

「アンギャッ!」

頭から墨を被った大トカゲは機転を利かせ、バシャバシャと海水で顔を洗い鮹墨を落とす。

暴れたせいで起きた大波が岩壁にぶち当たり岩肌を砕く。

対峙する二大怪獣。

再び大トカゲと大蛸は絡み合い激しい取っ組み合いを繰り広げる。


「あれを見ろ!」

「ガゥジーラだっ!」

大トカゲ怪獣と大蛸怪獣の対決騒ぎを聞き付けた近隣の村民や旅人、奉行所の役人、農民ら見学人が見る見る数百名に膨れ上がる。

その中には三田井汁之丞一行はもちろん、離れた平原の木陰には犬公方もいた。

「あれが噂の大トカゲか!」

「あっちには大ダコだべ!」

「こりゃいい土産話が出来たってもんだ」

「なんだおめ、旅の商人は呑気なもんだべ」

「んだ。おらたちゃおちおち眠れやしねぇだ」

「お! 見ろ! ガゥジーラが有利みてぇだ!」


ボカボカと拳を奮う。

まさにタコ殴り。

ガゥジーラは猛るスダコラーを押さえ込むとひたすら殴り、持ち上げると海面に叩き付ける!

「あの大ダコ、この前オラん村のベコさ食い荒らした悪ダコだ」

「隣ん村じゃ子供が三人食われたっちゅうとったべな」

「ガゥジーラ! そこだ!」

「やっつけろ!」


スタコラサッサ~と逃げ出そうとするスダコラーをガゥジーラは掴んで離さない。

海底に逃げる隙も与えず即座に白色火炎で攻撃する!

ゴッブァアァアァーッ!

ドッガーン!

流石の大蛸もこりゃたまらん。

タコ大爆発。

スダコラーの最期だ。

「やったべ!」

「ガゥジーラ様様だぁ!」


こうしてスダコラーはガゥジーラによって倒された。

波に揺られ、浜辺に流れ着く巨大蛸怪獣。

グッタリと横たわるスダコラー。

「それにしてもでっけぇタコだなや」

「んだな」

その時。

茫然と距離を取り見詰める幾重もの人垣を掻き分け、何者かがひとり巨大蛸怪獣の遺骸へと走り向かう。

「通してけろ!」

はだける着物を気にも留めず。

民衆を押し分けて。

「通してけろ!」

密集した人々の隙間から顔を出したのは・・・。

それは見世物小屋のタコ女・おハチであった。

おハチは涙を流しながらスダコラーに駆け寄り、抱き付き、泣きじゃくる。

「おっとう!」

「ええええええ?!」

その場にいた誰もが驚愕の声を上げてしまう。


さて、このおハチの一件、当時の陸奥藩北町奉行所の記録に残されている。

〈貞享五年八月八日。陸奥湾の奧戸浜おくとばまに於いて目撃者多数あり。(中略) 蛸女おハチなる見世物女の発言には奉行所でも意見が真っ二つに分かれしもの也。ひとつはおハチが見世物の宣伝の為に大ダコを利用したという意見。ひとつは実際に大ダコがおハチの父親てておやであったという意見。真偽はついぞ分からず終い也。(中略) 翌朝には大ダコとおハチの姿が消え失せていた為、これ以上の捜索ままならず。なお播磨国は明石藩の調書に、遡ること十八年前、網元の一人娘おもんが八尺真蛸に拐かされた届け出あるもその行方知れず、未解決との記載。両案件、今もって謎多き不可解この上なき事件也。〉

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