第四章 打ち上げ花火大作戦

熊野灘を地形に沿って北上するガゥジーラの左脚に突然激しい痛みが走る。

同時に海の奥底にズボズボ、ガボガボ引き摺り込まれる。

下半身に目をやると大きな何かが脚をガッチリ挟み掴んでいる。

海中の暗さに瞳孔を開きジッと目を凝らす。

深海に引っ張っているのは何物なのか全身を把握出来ないがハサミの形からするとどうやら巨大な海老エビのようだ。

そいつが自分を餌にしようとしている!

ガゥジーラは必死に全身をグルグル捻って抵抗するがハサミは全く手放す気配がない。

更に五回、六回ばかり回転して捻り、続いて尻尾を弱点であろう関節部分に勢いよく振り下ろす!

ゴボッボーッ!

尻尾が泡を産み鋭く水を斬る。

バシィッ!

打撃が関節に命中し、ハサミが衝撃に負けてバッと開く。

自由の身になったガゥジーラは重力に任せてそのまま深海に沈み、海底砂漠にズズンッ!と着地する。

「キシャシャーッ!」

ガゥジーラの目の前に大海老怪獣イセエビラが二つのハサミ脚を振りかざし立ち塞がる。

浮上すれば後ろから再びハサミ攻撃を喰らうと判断したのか、ガゥジーラは敵を倒すのを最優先に選び、戦闘態勢に入る。

イセエビラも久々の大物の食料に闘う気満々だ。

しかしガゥジーラは水圧と水の抵抗で思うように動けない。

捕まえて殴り倒そうとするが、数本の脚で素早く後ろ走りする大海老に大トカゲは手こずる。

イセエビラ側も逃げるばかりではない。

水中で動きの鈍いガゥジーラの背後に回り、左右のハサミでグワッ!と攻撃を仕掛ける。

一瞬ハサミ突きが決まったと見えたが大トカゲが紙一重でかわしクルリと一回転、逃さず左腕を取り抑える!

大トカゲが振り払い逃げようとする大海老の頭胸甲(背甲)を

ガツン! 一撃!

ゴツン! 二撃!

グワン! 三撃!

重たい鉄拳を次から次へと喰らわす!

意外と打たれ弱かったふらふらのイセエビラにガゥジーラは白色の火炎を吐き、止とどめを刺す!

海水で威力は下がっているが、それでも海老怪獣を倒すには充分であった。

イセエビラは「キシャッ・・・キシャッ・・・」と鳴き声を発しながら、シュポ~シュポ~っと水蒸気を噴き出し、砂埃を巻き上げ、腹を真上にして海底にズズズ~ンッと崩れる。

数秒後、ひっくり返ったイセエビラの身体がバラバラに崩れる。

だがよくよく観察すると、それは分離した三十ほどの小さなイセエビラ。

そう、イセエビラは小さなイセエビラ三十匹が合体して身体を大きく見せていた怪獣だったのだ。

小さなイセエビラどもはガゥジーラには勝てないと判断すると一目散に逃げ出し、各自の巣へと帰っていく。

シャカシャカシャカ・・・。

ガゥジーラはバタ足で浮上しながら勝利の雄叫びを上げる。

「アンギャボボボギャ~!」



尾鷲城。

城主・加藤重三郎が大トカゲ番役人の報告を聞く。

「姿を眩ませていた大トカゲですが、先刻、的矢湾に現れた時には巨大な海老の腕らしき物を口に咥えておりました。どうやら海中で大海老と闘い、食料にしたものと思われます」

加藤は以前の訴えを思い出す。

「その大海老は地元で再三目撃があった大海老に相違ない。牛、馬を襲っておったと聞いていたが、大トカゲの奴めが退治したか・・・。ひょっとするとあの大トカゲ・・・」

考える殿様を大トカゲ番が心配する。

「・・・殿?」

加藤は手にした扇子を顎に当てながら首を小さく左右に振り、自らに疑問を投げ掛ける。

「大トカゲめ、まさか我々にとって救いの神になるやも知れん・・・。水神の使い・・・ 龍神・・・ いや・・・ まさか・・・」



志摩半島を行き過ぎるガゥジーラはまだ口をモグモグ、海老腕をバリバリ。

空腹を埋めているのか。

遠目に眺める民衆たちもトカゲと海老の大きさに驚く。

「それにしても大きな海老の手ぇだなや!」

「四尺はあったべ!」

「んだな!」

「ありゃおめぇ、ついこないだ吾作んとこのベコさ食いよった海老オバケの腕に違げぇねぇだ」

「隣村の馬さ、一度に五頭も食ったっちゅう化け海老け?」

「たぶん、そうなるだぁな」

「ならもう化け海老は出ねな」

「んだ。出ねな、きっとよ」



さて、この一連の大トカゲ事件。遠く離れた他の土地でも、殊に大勢の人々が行き交う江戸の地では尚更、行商人や瓦版を通じて噂が噂を呼び、瞬く間に広まっていくのであった。

「あんた聞きましたか? 鳴門海峡から化け物が現れよったんでっせ!」

「江戸にドデカイ生き物が向かって来ているらしい!」

瓦版屋が大衆を煽る。

「尾鷲で大トカゲと相撲の力士が戦ったという噂話は本当だった! 詳しい事はこの瓦版に載ってるよ! さぁ! 買った買った!」

「買う! 買う!」

「早く読ませろ!」

民衆は前代未聞の大トカゲ事件に大騒ぎである。


「爺、何やら民が騒いでおるようじゃ・・・」

天守閣。

徳川綱吉が遠眼鏡で瓦版屋に群がる庶民を眺める。

爺が遠眼鏡で別の長屋を見ている。

すると、荷物をまとめて慌てて逃げ出す一家の姿や、両手いっぱいに荷物を持ち出す女たちの姿が。

「・・・確かに、何やら様子がおかしゅうございますな」

爺も不思議に思っていたその時。

「失礼いたします」

家臣が少々急いだ様子で入室する。

綱吉と爺が振り返る。

「たった今、和歌山から奇妙な報せが入りました」

直後、また別の家臣がやって来る。

「たった今、尾鷲から奇妙な報せが入りました」

直後、またまた別の家臣がやって来る。

「たった今、鳥羽から奇妙な報せが入りました」

直後、またまたまた別の家臣がやって来る。

「たった今、伊勢志摩から奇妙な報せが入りました」

綱吉と爺がきょとん?として顔を見合わせる。



こちらは遅れて尾鷲に到着した汁之丞一行。

「・・・残念。巨大トカゲは去ってしまったあとか」

それなりにトワも気の毒そうに夫を見詰める。

そうこうしていると向こうから法螺狗斎が走ってくる。

「汁之丞殿! 分かりましたぞ! 分かりましたぞ! 巨大トカゲの行き先が! はぁはぁ・・・」

「法螺狗斎殿! ・・・して、その行き先とは?」

絵描きが東の海を指差す。

「漁師によりますとじゃな、鳥羽を過ぎて渥美半島に向かっておるそうじゃわい」

汁之丞が目を輝かす。

「では我々も船で渥美に渡りましょう!」



ザッバー!

ザッバー!

ガゥジーラが神島を横切り、次の海へと向かう。



昼日中にも関わらず暗い屋敷内の広間にいかにも怪しげな集団。

お頭かしらの前には鋭い眼光の忍者が七人、身動きひとつせず指令を待つ。

中央に膝間付く者が静かに口を開く。

幻獄げんごく様、上忍すべて集まりて御座います」

彼等の前に鎮座するのは忍びの頭領・幻獄。

刀の鍔で右眼を隠した幻獄が腕組みを解き配下の忍び衆に語り始める。

「・・・皆の者、大トカゲの話は聞いておろう。我等、伊賀でも甲賀でもない少数の忍びが再び天下人に仕える為には、あの大トカゲの力を利用する必要がある」

「幻獄様、我々が何としても大トカゲを手なづけてみせましょう」

頭領は深く頷く。

「行け!」

音も無く四方八方に散らばる忍者たち。



一方、ここは渥美半島の東に位置する浜松城。

城主・矢島甲秀やしま・こうしゅうは巨大生物の上陸を阻止するために一計を案じる。

「大トカゲがまもなく我等の領土に入って来る。日もまもなく傾く。そこで、だ。十尺じっしゃく呑十郎どんじゅうろう。そなた達、花火師の技を是非借りたい!」

呑十郎と彼を師匠とする花火師十一名が一斉に殿に頭を下げる。

「矢島様、わしらの技、存分に発揮させて頂きとう御座います」

「うむ! 頼んだぞ!」

「はい!」


その名も、『打ち上げ花火大作戦』!



砂浜から臨むと、遠くの海から接近するガゥジーラが小さく見える。

「急げ! 大トカゲが見えたぞ!」

奉行所の見張り役人が叫ぶ。

海岸線には花火筒が三間ほどの距離を置いて五つ並び、側には大小幾つかの打ち上げ花火の玉が置かれている。

「いつでも打ち上げ出来ますぜ旦那!」

呑十郎が役人に告げる。

「よし! 御苦労!」


ガゥジーラが海面に波飛沫を立てて、崖の途切れたこの砂浜に近付いてくる。

待機しているうちに夕陽は沈み、薄明の青と赤の空を背景に大トカゲの黒い影が鮮やかにそそり立つ。

大トカゲが咆哮を放つ。

「アンギャアー!」

人間がガゥジーラの威嚇に恐怖する。

「ひぇっ!」

ひるむなッ!」

呑十郎の叱咤激励する怒鳴り声が弟子たちに勇気を振り絞り出させる。

大トカゲが砂浜に近付く。

上陸寸前だ。

「な、何て大きな奴なんだ・・・」

「義助、私語は慎め」

弟弟子を諭す兄弟子。

「今だ!」

役人が口火を切り合図を出す!

「点火!」

呑十郎の一声に弟子たちが筒に種火を入れる。


ヒュルルルル~・・・

ドーン!


師匠の一発目に続き、弟子も次々と連続して大小の花火玉を打ち上げる。


ヒュルルルル~

ドーン!

バリバリバリ・・・

ヒュルルルル~

ドドーン!

パラパラパラ・・・


突然の炎の壁に驚いたガゥジーラの足が止まる。

進む隙を与えず花火師は打ち上げ花火を連発する!


ヒュルルルル~

ドーン!

バリバリバリ・・・

ヒュルルルル~

ドドーン!

パラパラパラ・・・


ガゥジーラにとって「ドーン!」と鳴る音は痛みを伴う不愉快な音でしかなかった。

しかし眼前に広がる炎の粒子は違う。

何かが違う。

それは・・・。


矢島甲秀らが離れた崖の上から作戦を見届けている。

「野生の動物は火を恐れる。それは動物の本能である。抗えようもない」


ヒュルルルル~

ドーン!

バリバリバリ・・・

ヒュルルルル~

ドドーン!

パラパラパラ・・・


ガゥジーラの瞳に打ち上げ花火が映る。

まばたきを惜しんでいるのかジッと、昇っては爆発四散する火の花を見上げ眺めている。

怪獣に花火を綺麗だ、美しいと感じる心があるのだろうか。

「アギャ・・・」

大トカゲが短く鳴く。

作戦を見守る村人衆や役人、花火師が気付いたか気付かないのか。

ガゥジーラの瞳は澄んで、そして潤んでいる。


ヒュルルルル~

ドーン!

バリバリバリ・・・

ヒュルルルル~

ドドーン!

パラパラパラ・・・


丘の上に避難した女子供たちが、遥か彼方に大トカゲとさざ波と花火の灯りを見る。

一寸余りに映る小さな大トカゲの影姿が打ち上げ花火に浮かんでは消え、また浮かんでは消える。

打ち上げ花火の音が風に乗って静かに聴こえてくる。

ヒュル~

ドーン

パラパラパラ・・・

村娘のひとりがぽつりとつぶやく。

「あの大トカゲ・・・。花火を懐かしんでいるみたいだわ・・・」


『大蜥蜴奮闘記』にこの夜景を詠んだ、詠み人知らずの句が残されている。


   宵の夢

    水面に花火や

        大蜥蜴



ヒュルルルル~

ドーン!

バリバリバリ・・・


ヒュルルルル~

ドドーン!

パラパラパラ・・・

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