モキュメンタリー・フレンド

@ninomaehajime

記録:禁域

 モキュメンタリー:ドキュメンタリー映像を模したフィクションのジャンルの一つ。『モック』は疑似を意味する。



 ビデオカメラの液晶モニターを開くと、起動音とともにレンズを通した映像が映し出される。『REC』という表示とともに録画が開始され、現在時刻も上部に現われる。現在時刻は午前二時を回ろうとしていた。

 四角い枠が出現し、眼前の人物に自動でピントが合う。パステルカラーの内装が照明を照り返す店内で、彼女は仏頂面でメロンソーダをストローですすっていた。

「この店の接客態度は駄目ね。コップ一杯の水を二人で分け合えっていうのかしら」

 大学生にはそぐわない童顔で小柄な同期は、若い女性の店員がコップを一つしか持ってこなかったことにまだ腹を立てていた。焦げ茶色のケープコートにダブルボタンで前を留めている。木目調のテーブルの下で、ロングスカートの裾から伸びた黒い編み上げブーツの底が床を叩いていた。

 少し液晶画面が白く飛んでいた。手動で露出補正を行ない、撮影者はテーブルの向こうに話しかける。

「ほら、映美えいみ。カメラ回ってるよ」

「わかってるわよ。後、あたしのことはエイミーって呼ぶなさい」

「前々から思ってたけど、それ何か意味があるの」

「形から入るのは大事なのよ。あたしたちはこの世の秘密を解き明かすオカルト研究会、言わば探偵なんだから」

 メロンソーダのストローから口を離し、彼女は片手を当てて胸を張る。ビデオカメラの画角が怪訝けげんそうに小首を傾げる。どうもこの幼馴染には英国に対する憧れが見え隠れした。オカルト研究会の部長でありながら探偵という呼称にこだわるのも、愛読している有名な探偵小説の影響だろう。

「はいはい、エイミー」

「よろしい」

 映美はご満悦だった。襟元を整え、姿勢を正す。神妙な面持ちの前で両手を組み、雰囲気を出そうとしている。傍らで泡を立てるメロンソーダがその努力を台なしにしていた。

「今、我々は地元でも有名な心霊スポットへと向かう高速道路のサービスエリアへと来ています。我がオカルト研究会のメンバーとともに、現地へと赴く決意を新たにしているところです」

「私は提出しないといけない課題があるんだけど」

「キョーコ?」

「何でもないよ、続けて」

 途端に情けない表情になる映美を映すカメラの前で、軽く片手が振られる。画面の彼女は咳払いをした。

「この山では自殺者が後を絶たず、自殺の名所と呼ばれています。暗い山中の木の枝には首吊りの縄が垂れ下がり、死に切れない死者の怨念が今も彷徨さまよっているのだと……」

 声を低くして雰囲気作りに努めるも、注文していたパフェがやってきて「お待たせしました」という音声とともに女性の腕が映りこんだ。クリームの上にチョコレートソースがかかり、バナナやチョコレート菓子がトッピングされている。撮影者は添えられていた銀のスプーンを手に取る。その向こうで、憮然ぶぜんとした映美の顔があった。

「あの店員ったら空気も読めないし、最低だわ」

 行儀悪くテーブルに頬杖をついて、残りのメロンソーダをストローで啜る。クリームをすくったスプーンがカメラの下に消えた。

「まあ、良いじゃない。私たちじゃ出来の悪いモキュメンタリーにしかならないよ」

 モキュメンタリーとはドキュメンタリー映像を模した作品である。混成語の一部であるモックは疑似ぎじを意味し、あくまでドキュメンタリーをよそおったフィクションだ。

「言ったわね。今度こそ本物の心霊現象を撮影して、目に物言わせてやるんだから」

 力強くストローを吸い上げ、緑色の液体が減っていく。コップの中に残った氷が音を立て、手にしたスプーンが何度もパフェと画面外を往復していた。

「よし、行くわよ」

 彼女はそう言って、黒いリボンがあしらわれた愛用の鹿撃ち帽を被った。

 映像が切り替わる。運転席でハンドルを握る映美の横顔が映し出された。助手席に座った撮影者はビデオカメラを構えたまま言った。

「大丈夫、眠くない? 運転代わろうか」

「子供じゃないのよ、こんなの平気だわ……少し、眠いけど」

 前を向いたまま、映美は欠伸あくびを噛み殺す。緩やかな曲線を描く道路に沿ってガードレールが流れていく。カメラの下から腕が現われ、包装を剥がしたミントのガムが差し出された。ハンドルから片手を離して受け取った際、一瞬だけ運転手の気が逸れた。

 運転席側の窓の向こうに、華奢な人影が映った。死に装束にも似た純白のワンピースを着た少女だ。長い黒髪で顔が隠れており、アスファルトの上を裸足のまま佇んで、体はカメラの方向を向いていた。

 その白い片腕が持ち上がり、車の進行方向とは逆の方を指差していた。

「ありがと」

「どういたしまして」

 車内で他愛もないやり取りがされる。ガムを口に放りこみながら運転に集中する映美の顔を映し、次いでバックミラーにビデオカメラの瞳が向けられる。

 遠ざかっていく後方の夜道にはもう誰もいなかった。

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