第13話 決闘
「それじゃあ、始めようぜ。偽物さんよぉ?」
男は刀を抜き放ち、正眼の構えで黒崎さんに刃を向ける。それに対し、黒崎さんは不思議と何もしない。立っているだけだ。
どうして……?
「まさか、居合か?」
「そうだ」
首を傾げる男に整然と言い切る黒崎さん。すると、それを見て男は肩を震わせ大声で笑いだした。
「ククク……アッハッハ!これはお笑いだぜ!」
「何がおかしい?」
「居合は不意打ちを迎撃する不意打ち!要するに居合するって分かったら意味ないんだよ!」
昔ネットで見た事がある。居合、もしくは抜刀術……それは素早く鞘から刀を抜き放ち、敵を斬り付ける剣技だって。けどそれはあくまでこれみよがしに襲ってくる相手や、勝てると思い込んでいる相手の不意を着く剣。
「まさか居合だと鞘の中で刀が加速するとか思ってるタイプ?漫画の見すぎだ馬鹿が!よーいドンなら普通に刀抜いてる方が速いに決まってるだろ!」
男は精一杯口を抑えて黒崎さんを嘲笑する。しかし……。
「仮にそうだとしても、お前にはそれで十分だ」
「……なんだと?」
黒崎は意気消沈する所か煽るように述べる。男は眉をひそませ、目に怒りを灯す。
「何時でも来い。合わせてやる」
「っ!いい気になるなよ偽物!」
そして男は刀を振り上げ襲いかかった。しかも速度増強のスキルを使い、間合いが一気に詰めてくる。瞬きしようものなら直ぐに刃が届く距離になる。でも黒崎さんはまだ刀を抜かない。ただ腰を落とし、柄に指かけ足を1歩開いた。
「天刃流居合」
そして男の刃が振り下ろされた。
「『
だが、男の刃が振り下ろされる前に両手を切り飛ばし、刃はそのまま正中線に振り下ろされた。
〈え?〉
〈はやっ!〉
〈何が起きた!?〉
みんなは見えなかったようだ。でも私は魔力体だし、傍で黒崎さんの剣を見てきた。そして今も黒崎さんを注視してたから辛うじて分かる。
それは刹那の二連撃。
一太刀目の左下からの右上への斬撃で腕を切り飛ばし、トドメの二の太刀を両手で振り下ろした。
ネットで見たようなお手本のような居合。だがその速度は正に神速。相手にスキルによる速度のブーストがあろうともその上を行く閃光のような剣。
男の魔力体が破壊され、青い粒子が爆発のように舞う。そして男はギルドへの門の前に飛ばされ、生身で尻餅を着いていた。
現れたその姿は、黒崎さんとはとても似ても似つかない大柄な男だった。大柄と言っても筋肉はそれ程無さげ。この前偶然黒崎さんがまくった腕を見たけど、その筋肉との違いが一目で分かる。
黒崎さんはゆっくりと歩き出し、それを避けるように人混みが作った道を進む。その先にはもちろん、腰を抜かした生身の男だ。
まさか……!
「黒崎さん!」
最悪の予感が頭をよぎり、そこに駆け寄った。だがそうはならなかった。黒崎さんは男の前でゆっくりと刀を収めた。
「な、なんだよ……!俺は剣道の師範代だった事もあるんだぞ!?……そうだ!インチキだ!スキルで何かしたんだ!」
男は醜くごね出す。だがそんなもの使って居ないのはスキルエフェクト……魔力の青い光を黒崎さんが出さなかった事から明白だ。
「生憎俺は今日もスキルをセットしてなくてな。なにより、天刃流の剣をバカにされたなら天刃流で返すのが道理だ」
「は、はあ!?俺が何時バカにしたよ!」
「天刃流で切ってやる、そう言っただろ」
「それがなんだよ!たかが冗談……ヒッ!」
男の顔が引き攣る。背中越しでもどんな顔をしてるのかは想像できた。
「剣はどこまでいっても凶器……そして、剣術もまたどこまでいっても殺人術。剣を扱う者の端くれなら、それを使って人を切るなんて軽々しく口にできる訳がねぇ」
天刃流がどういうものかまだ詳しく知らない。けど、黒崎さんがそれに真剣に、誠実に向き合ってるのは私でも分かる。
だからきっと……黒崎さんは己を騙られるよりも剣を愚弄される事の方が許せなかったんだ。
「振るう力の本質を知らず、それを扱う心も持たないなら……お前如きが天刃流を、剣術を語るな」
黒崎さんはそう言ってただ男を見下ろすのだった。
「あ、あ……す、すみませんでした……!二度とこんな事しません!だからどうか命だけは……!」
男は姿勢を正し、土下座をして許しを乞う。
「俺はただ、剣の在り方を示しただけだ。結果的にどっちが本物かハッキリしたけどな。あとは勝手にやっててくれ」
そう言って黒崎さんはこちらに歩いてくる。それと入れ替わるように観客は男を取り囲む。
「騙しやがって!」
「スキル使って負ける程弱いし、元の顔も全然違うじゃねぇかよ!」
「こんなサインいらない!アイテム返してよ!」
「わ、分かった!返す!返します!そして二度と現れませんから!許してください……!」
男は人々に口々に罵られ、サインした色紙を投げ返されている。あの様子では騙し取ったものを返すまで詰め寄られるだろう。
なんにせよ……これでもう黒崎さんの偽物が現れる事は無いだろう。
私の所に戻って来た黒崎さん。その表情はいつも通りの穏やかな顔をしていた。それにホッと胸を撫で下ろす。
あんな風に怒るんだ……でも、怒った顔もすっごくカッコよかったな……。
そんな事を想い、心臓を高鳴らせていた。
「終わったよ。すまんなダンジョン行く前にドタバタして」
「い、いえ!元はと言えば私が決闘なんて言ったから……」
「いやいや。剣のことあったし、ちょうど灸を据えてやろうと思ったからナイスアイデアだったぜ。そうだろみんな?」
そう言ってコメントを眺める黒崎さん。それに肩を並べて一緒に覗く。
〈もちろん!〉
〈¥10000 ゆいちゃんナイス提案だった!〉
〈¥50000 やっぱ本物の黒崎さんは違うね!〉
〈¥20000 猛烈に感動……致しました……!〉
ダンジョン行く前に色々あったが、10万人を超える視聴者は概ね満足のようだ。
てかまたストチャすごいんだが!?コメ欄ほぼ虹じゃん!目がチカチカする!
「みんな、まだ今月半分も終わってないよ?お金は大事にしよ?ね?」
〈¥10000 給料日近いんで大丈夫です!〉
〈¥10000 はーい!〉
〈¥5000 これで最後だから!〉
〈¥30000 分かった!こうだね!〉
寧ろもっと加速してる!なんで!?
「みんな全然分かってなーい!」
「あっはっは!いつも通りで良かった良かった!」
「笑い事じゃないですよぉ〜!」
こうして黒崎さんの偽物騒動は無事に解決するのであった。
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