3マス目:異世界転移したことを打ち明ける

 「え、ええええええええええええ!?」


「どうしましたか?」


エルムは首を傾げた。


「いや、ちょっと寝癖が……」


僕はごまかした。異世界に来たなんてとても言えない。


「寝癖が気になりますか?じゃあこれ使ってください」


ジャムのような瓶を手渡してきた。エルムが鈍くてよかった。


 「いただきますっ!」


「いただきます……」


子供の姿になっても、エルムの元気さには勝てないようだ。



 僕が小さい頃は教室の隅でぼーっとしているタイプだったので「元気だねー!」なんて言われたことがない。社会人になっても目立つことはせず、安定して職をこなしていた。


 だからか、元気な人に憧れた時期もあった。


だが、無理に元気な人になろうとしても、それは取り繕った七見航太だからしばらくするとしんどくなって、元の七見航太に戻ってしまうのが落ちだった。



 「何してるのコータ?早く食べなさい。美味しくないかしら?」


「いや、そんなことないです。美味しいですよ」

 

ネールの声で僕はスープを急いで飲む。考え事をしている間は、他の人にとったら何もしていない時間だから仕方がない。


「そんなに焦らなくてもいいわよ」


ネールとエルムは笑った。なんて優しい家族なんだろう。


僕の両親は本当に厳しかったので、ボーっとしたり焦ってかき込んだりするものなら僕を叱っていただろう。



 いつか、僕が転移したことをこの2人に打ち明けないといけないだろう。


でも、言って信じてもらえるだろうか。笑われたりしないだろうか。


そもそも転移なんてファンタジーの世界の話だもんな。この世界で通用するかも分からない。



 いや、この2人ならきっと分かってもらえる。そう思った僕は、打ち明けることにした。1人で抱え込んでも解決しないことだ。


 「あの〜、僕……その」


「どうしたの?やっぱり美味しくないかしら」


「いや、違います」


即座に否定した僕は考え込んだ。



 やっぱり転生したなんてとても言えない。いざ言おうとすると、言葉が詰まる。



 「なにか悩んでるんですかね?」


エルムが心配そうに言った。


「悩みがあるんだったらいつでも言うのよ。何でも聞くから」


やっぱり優しい家族だ。赤の他人に優しすぎるのかもしれない。僕の世界ならこの家族は人に騙されていたかもしれない。


 しかし、「何でも聞くから」という言葉で吹っ切れた僕は話を切り出した。



 「僕、異世界転移したんです」


「「異世界転移?」」


2人は口を揃えて言った。やっぱり知らなかったのか……そりゃ、そうだよな。僕の世界のファンタジーの中での呼び名だから。



 「異世界転移したんですか!?」

エルムは机に身を乗り出して聞いた。


 「本当?本当なら案内所にいるレオと同じ世界から来たのかしら。あの子はトウキョーという場所から転移したって言ってたわね」 


 「トウキョー……えっ、東京!?」

僕は驚いた。もし同士がいたら、その人に話を聞くと戻り方を教えてくれるかもしれない。知らなかったとしても一緒に探す仲間が出来るチャンスだ。



 「うん。そうだけど……もしかしてあなたもレオと同じ世界から?」


「はい。どちらも日本という国の都市です」


僕が言うと、エルムは答えた。

 

 「あの子も確かニホンって言ってましたね」


僕は確信した。その人こそが僕を元の世界に連れて行ってくれる恩人だと。


「その人はどこにいるんですか?話が聞きたいです」


「そうね、気も合うだろうし、ニホンに戻る方法を色々教えてくれそうね」


そう言うと、エルムは地図に丸を付けて僕に渡してくれた。


「レオさんは確か……マゼンタタウンの案内所でアルバイトをしていたと思います。そこに


セレンさんという優しい女性がいるから、その人に聞くと良いですね!」


「分かりました。明日の朝に向かいます」



 そして、朝になった。聞いたことのない鳥のさえずりが聞こえる。木々の揺れる音も心地良い。


外を歩くのが気持ち良いだろう。散歩の気分でマゼンタタウンに向かえそうだ。


昨日、エルムに丸を付けてもらった地図とネールに作ってもらった弁当が入ったカバンを持ってドアを開ける。


「気を付けて行くのよ」 


「またどこかで会いましょう」


「はい、またどこかで」


僕は別れを告げて、マゼンタタウンに向かった。レオさんに会ってすぐに元の世界に帰れるとしたら、もうあの2人には会えないだろうな……。



 一晩しか泊まっていないのに、すごく寂しかった。もっとあの場所にいたいと思った。


 

 だが、もう後戻りはできない。僕は「指山に会いたい」そんな強い思いを抱えながら気持ち良いほどの青空の下を歩く。ああ、風が心地良い。

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