第9話 激動の一日の終わり

「ぷっはぁぁぁ。食った食ったぁぁぁ」

「あ。そのまま寝たら虫歯になるよ。ちゃんと歯磨かないと」

「センリは私の親なの? そもそも歯ブラシなんか持ってませーん」


 食後。宿に戻ってきた僕とリリス。部屋に入るなりすぐさまベッドにダイブしたリリスは、そのまま眠りに就こうとしたところで僕が待ったを掛けた。


「センリだって歯ブラシ持ってないでしょ?」

「持ってるよ」

「なんで持ってるのよ⁉」


 |鞄《かばん】から携帯用の歯ブラシを取り出して見せれば、リリスは面食らった顔をした。


「男なのにマメね」

「マメというか、食事の後って無性に歯磨きしたくならない?」

「ならないわ」

「僕は口の中に食べ物の味が残ってるの苦手なんだよねぇ」


 というわけで僕はリリスを部屋に残して一階に降りて宿泊客共有の洗面所へ。


 シャカシャカと歯を磨いて口をゆすぎ、ブラシの水気をしっかりと取り払ってカバーに仕舞う。


 それから再び部屋に戻ると、


「――くぅ。くぅぅ。くぅぅぅ」

「あはは。もう寝ちゃってるし」


 静かな寝息の音がベッドから聞こえてひょこっと覗いてみれば、リリスがまるで死んだようにぐっすりと眠っている。どうやら、僕が歯磨きしてる間に力尽きてしまったらしい。


「無理もないか。……色々あったみたいだしね」


 僕も相当疲れが溜まっているけど、リリスは僕以上だろう。


 思い出すのは異世界に来る以前、つまりはリリスと初めてあった裏路地での出来事。


「リリス。勇者と戦ってたみたいなこと言ってたな」


 今でも鮮明に覚えている、傷だらけのリリスの姿。理由は分からず推測の域を出ないけど、リリスはクゥエスと呼ばれる所にいたんだと思う。そこでどうしてか勇者と戦って、そして負傷し、僕のいた地球に逃げてきた。


 何故、リリスが勇者と戦っていたのか。聞けば答えてくれる気もするけど、でも、それを知る勇気が出ない自分がいて。


「……少なくとも、僕にとってキミは〝特別〟だ」


 僕たちはまだ出会ったばかりで、こんな感情を抱くのは早計なのもしれない。けれど、この胸が高鳴り続けているのは、異世界に来たからじゃなくて……。


「おやすみ。リリス」


 健やかな寝息を立てる少女の安眠を妨げることはないように、静かな声音でそう告げる。


 それから入口に置いてある鞄を掴むと、それを枕代わりに、汚れた制服を毛布にして床に就いた。


「少し寒いけど……まぁ、今日はこれでいいや」


 枕にした鞄に頭を置いて、数度寝返りを打って居心地を確かめる。中に教科書が入ってるおかげか空の鞄よりかはマシだけど、やっぱり寝心地は良くない。


 それでも、疲労が限界まで蓄積された身体はすぐに微睡まどろみに誘われて。


 数分もしないうちに瞼が重くなっていき、やがて、


「すぅ、すぅ、すぅぅ」


 ――肌寒さに震えながら眠りに就いた少年を、窓辺から差し込む月は優しく見守っていた。



【あとがき】

今話にて1章1は終わりです。

次話から1章2【リリスの甘~い誘惑/吸血鬼と危険な香り】に入ります。

まだまだ序盤ですが、ここまで面白かったら☆レビューして頂けると更新の励みになります!


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