第20話 セオと初恋とシナリオ改変と
ローズが、ひとりでぼんやりと石窯の火を見つめていた。
なにを悩んでいるのか知らないが、あんまり眠れていないようだ。
「こう近づいてこられては、勘違いとかしてしまいそうで心配ですわ……」
「勘違い……どうしたんだい、ローズ?」
ボクが声をかけると、ローズは「うひゃああ」と悲鳴をあげた。
「ああえっと、別になんでもありませんわ!」
ローズが慌ててボクに向きなおる。
ボクはしばらく俯いて、ローズの独り言の意味を考えた。
十中八九、アンソニーやジャレッドのことだろう。
そして、ローズは彼らのアプローチを「勘違いしてしまいそう」と捉えている。
「なるほど――じゃあつまり、ボクにもチャンスはあるってことか」
「……? なんの話ですの?」
「いや、ローズはそのままでいいよ」
こういったことは気づかれないほうがいい。
ボクは本題に入ることにした。
「ボクの部屋の整理を手伝ってくれないかな、ローズ?」
「私でよければ。……あっ、でも芋が焼けてからにしてくださいまし」
「いいよ。ボクもローズの芋が食べたかったし」
ちゃっかりローズの手を取って、ボクは自室まで歩いた。
やってきたボクの私室に、ローズは驚いていた。
この前来たばかりだろうに、
ボクの私室は執務室の奥にあって、誰も通したことがないのだ。
「相変わらずすごいお部屋ですわね!?」
「ボクの魔法で空間を作ってるからね」
「ここ、私が入っていいんですの?」
「ボクが許可したからいいんだよ」
ローズの手を引いて、部屋の奥へ行く。
「ここ。ここを整理するのを手伝ってほしい」
広大な部屋の奥に、その小部屋はあった。
扉を開くと、本棚がいくつかとベッドがあった。
他の部屋より少し雑然としている。
「この部屋は……」
「誰にも見せたことはないんだけどね。いつもここで寝てる」
「……そうでしたの」
誰にも見せたことのない、ボクの宝物だけが詰まった部屋だ。
ボクは努めて明るく言った。
「さあ、片付けよう」
部屋はそんなに広くない。
ローズは、本を分類して本棚に入れていった。
ボクも雑貨やなんかを整頓する。
「ローズはさ、怖くないの?」
「なにがですの?」
「ボクがだよ。だいたいの人間はボクを最初に怖がるか警戒する。けれどキミはそうじゃなかったからね」
「怖くないものを怖がってどうしますの?」
「……そうだね」
どうってことない雑談をしながら、部屋の片付けをする。
本を分類しなおし、戸棚の上のほこりを払い、床を掃く。
「片付け、うまいね」
「母に整理整頓はしろと口を酸っぱくして教えられましたの」
「……優しいんだね」
「そうかしら」
「自分でできなくちゃいけないことを教えてくれるのは、優しいよ」
ボクは欠伸をした。
「ボクの母さんは、教えてくれる前にいなくなったからね」
ローズが黙ってしまったので、ボクは明るく言った。
「ありがとう。おかげですっきりしたよ」
「それなら、なによりでございますわ」
「ちょっと、ここに寝て」
「……? はい」
ボクがソファに寝そべり、隣を指す。
ローズは隣に寝転がった。
ぱちん、と指を鳴らす。
灯りがふっと消えて、真っ暗になる。
「学園長、これは……?」
「しっ」
天井に、満天の星空が映し出された。
「わぁ……!」
「魔法の応用だよ」
ぱあっと笑顔になったローズを見て、ボクも嬉しくなる。
「ローズと一緒に星空を見たいと思ったんだ」
「綺麗ですわね……!」
「あれがオリオン座。あれが、北極星。あれが……」
ボクは星空を指して、ひとつひとつ説明する。
室内だから、魔物や賊に襲われる危険もない。
そのまま寝ても大丈夫だ。
ローズは新鮮に喜んでくれていて、その横顔を見ているとボクまで嬉しくなった。
「凄い……綺麗ですわ。あ、流れ星!」
「ローズは、流れ星にどんなお願いをするの?」
「……願いごと、ですか」
ローズはきょとんとしてしまった。
「考えたことがありませんでしたわね」
満天の星空のしたで、ローズは呟いた。
今まで、できることはだいたい自力でなんとかしてきたということだろうか。
星に願うような暇がなかった、というほうが正しいのかもしれない。
入学前の経歴を調べたことがある。
十歳の頃からエルムに魔法を学び、自己研鑽を欠かさなかった努力の天才。
きっと、願う暇があるなら努力してきたのだろう。
「キミは本当に変だね」
ボクは頬杖をついて、ローズの顔を覗きこむ。
「……よく言われますけれど。私って、そんなに変でしょうか?」
「自覚がないあたりがねえ」
「できることとやりたいことをしているだけですが……?」
「まあいいや、一緒に星空を見よう。なにも考えないでさ」
「……それは、そうですわね」
「……姉が、いるんだ」
しばらく無言の時間が続いたあと、ボクはぽつりと切り出した。
「お姉さま、ですか」
ローズが目を見開く。
ボクは続けた。
「ボクは先代聖女である母と王族の間に生まれた。年の離れた姉には――魔力がなかった」
ローズが息を呑んだ気配がした。
基本的に、魔法は血統で受け継がれるものだ。
王族同士、貴族同士ならより強い固有魔法が発現する確率が高くなる。
ましてや、聖属性の固有魔法を持つ者――聖女と王族の婚姻ならなおさらだ。
「姉は期待されて生まれた。魔力がないと発覚しても、両親は姉に不当な扱いをしたりしなかったそうだ。けれど、それがかえって辛かったのかもしれない。それから、年の離れたボクが生まれた」
ボクは魔力量も、固有魔法の強さも生まれた時から桁外れだった。
さらに、ボクはどういうわけかすごく頭がよかった。
気づいたら家にある本を全部読んでいた。
飛び級でこの学園に入った。
授業で書いた論文を読んで、「教えることがないから学園長を任せる」と言って先代校長が引退した。
「途方に暮れたよ。学園長なんてやったことがなかったからね。やってみたらできたけど」
「できたんですか」
「ボクにできないことはないよ。ユージンも支えてくれたしね」
「……ああ、あのおひげの先生ですの?」
「自分のほうが校長っぽいって言われるとぼやいてた」
くすくすと笑う声が聞こえる。
天井を見ながら、ボクはぽつりぽつりと話した。
「――母は、ボクが小さい頃に亡くなった。母親代わりをしてくれていた姉は、ボクが学園長になると同時に家を出た」
「家を……?」
「書き置き一つ残して、いなくなってた。『旅に出ます』って」
「……お姉さまとは、それきりなんんですの?」
「いや、姉は軍にいる」
「軍」
「フロリアン王国軍で将校をしてる――武者修行で魔物狩りをしていたときに、スカウトされたらしい。魔法なしでも身体能力がすごく高い人だったから。あれよあれよと出世して、鬼のように恐れられているらしい」
「思ってたのとだいぶ違いますわね……」
ローズが眉間に皺を寄せる。
「ただ……ボクは、姉とどう話せばいいかわからなくて。ボクが嫌で旅に出たんじゃないかと思うと――怖くて。だから、会えてない」
――いままで、誰にも言えなかったこと。
それを話しているのは、熱で気弱になったせいかもしれない。
けれど、ボクはローズに慰めてほしかった。
「そんなことはありませんわ」と、言ってほしかった。
「学園長――」
ローズが口を開いた。
「それは、当人に聞いてみないことには誰にもわかりませんわ」
「――え」
「だってそうでしょう? 今の私の気持ちが、学園長にわかりますか?」
「それは……」
ローズが言っているのは紛れもない正論だった。
ボクは口をつぐむ。
ローズはさらに続けた。
「相手がどう思っているかなんて、自分が決めつけるものではありませんわ。それでお姉さまとぎくしゃくしてしまっては、本末転倒でございましょう」
「……」
ぐうの音も出ない。
ローズは、こちらを見てにっこりと笑う。
「だから、話してみたらいいと思いますわ。それでどんな結果になったとしても、今悩んでいることよりはきっとマシです――そんなに、怖がることもないと思うのですわ」
「……そうだね……」
なんだか力が抜けてしまって、ボクはうとうととし始めた。
「ローズ。ねえ、そばに……いてくれる?」
口の中で呟いた言葉に返事はない。
ボクたちは星を見ながら、いつの間にか眠っていた、
★
夜中にふと、目を覚ました。
目の前で、ローズが無防備に寝ている。
本当に、この令嬢は無防備すぎる。
十歳の少年とはいえ、自分は男だ。
ローズは、十五歳。
たった五年の差。
「……ボクは、これから背が伸びるよ。魔力だって誰より強い」
ローズは答えない。
すやすやと寝息を立てている。
「本当に……ボクだって、男なんだよ」
さらり、とローズの髪の毛に触れる。
金色の絹糸みたいな、綺麗な髪だ。
人形みたいな整った顔立ち。
寝息を立てていなければ死んでいるかと錯覚するほどだ。
「――今はおやすみ、ローズ」
ローズの身体に毛布をかける。
ボクは、ローズの手を握る。
誰に触られるのも好きじゃないけれど。ローズだけは別だった。
僕とローズは、静かに眠りに落ちていった。
★
「……ん、ふぁ」
「起きた?」
ボクは寝ぼけ眼のローズに優しく声をかける。
「朝ッ! 授業!」
「今日は公休日だよ」
「……そっかぁ……」
ローズが、ぱたんと再び横になる。
「……ねえ、ローズ。ボクとずっとここで暮らそうって言ったら。どうする?」
「ここで、ですの?」
「そう。毎日本を読んで、、毎日星空を見て。ボクと二人っきりでずっと――」
「それは困りますわ」
ローズは、予想通りきっぱりと断った。
ここで絆されるようなら、それはローズではない。
「芋畑の世話もあります。毎日、芋を焼きたいです。大陸じゅうのいろんなものを見たいですし、魔物も倒せる実力だってつけたいですわ」
そうだね、とボクは笑う。
ボクの好きになったローズ・シルヴェスターは、誰より自由な令嬢だ。
誰にも、閉じ込めることなんてできない。
だから、ボクは――キミが、どうしようもなく愛おしい。
知っているかい? ボクは毎日牛乳を三本飲んでいる。
魔力だって、キミが入学してから今までよりずっと厳しく鍛えている。
万が一にもキミに危険が及ばないように、学園内の結界だって強化した。
それでも。
これら全部が、ボクが勝手にやったことだ。
見返りを求めることなんかじゃない。
――だけど。
「ね。耳貸して」
ボクが内緒話をするように耳元に口を寄せると、素直にローズはかがんでくれる。
「――もう、寂しくないよ。キミがいるからね」
そう言って、彼女の頬にキスをする。
「なっ……!!」
「無防備すぎるんだよ、ローズは」
ボクはローズの耳まで真っ赤になった顔を見て、にっこりと笑った。
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