思い出のかたち
キムオタ
第一章 秋の陽はつるべ落とし
第1話 猫の杜
2009年晩秋、秋葉原
萬世署の鉄格子から薄暗い室内を照らしていた日差しはとっくに無くなっていた。
ホウクウドは食べ終えたカツ丼のどんぶりを床に置いた。
「カツ丼は好きだが、昨日の夜からこれだと流石に飽きるな」
すると突然、あたりに響く爆音と同時に厚いコンクリの壁が脆くも崩れ落ちた。
もうもうと立ち込める粉塵の中に見覚えのある顔が浮かんだ。
「あたしよ! アンシー。すぐ来て、ホウクウド」
アンシー冥土。その豊満な胸は厚いライダースーツの中には納まりきれず、
谷間を覗かせていた。胸元の汗がキラリ、目のやり場に困った。
「そうか、見つけたんだな。アンシー」
ホウクウドはどんぶりを蹴飛ばしながら立ち上がると、アンシーの後を追った。
しかし、いい尻をしている。
萬世署の警官たちは何が起きたのか全く判らないまま、やみくもに辺りを
サーチライトで照らしている。赤や黄色。後ろから見るアンシーのブロンズ色の
肌は、光を受けて官能的に瞬いている。しかし、今はそれどころではない。
萬世署を出て、通りを左に曲がると萬世橋のたもとに ”ボロ自転車” が用意されて
いた。怪訝な面持ちでアンシーが尋ねる。
「言われた通りに用意したんだけど…… これで大丈夫?」
「上出来だ、アンシー」
服を脱ぎ捨て全裸になってヒラリとそれに跨ると、こいつが俺の身体の一部である
ことを確信した。
「スピードMAX……」
低くそう呟くとホウクウドの身体が黒豹の幻影に包まれ、一瞬の後、漆黒のライダースーツを身に着けていた。と、同時に、ボロ自転車は ”モンスターバイク” に変わっていた。 ”モンスターバイク” ……こいつの潜在能力は計り知れない。
こいつに追われるものの気持ちを想像するといつもぞっとするものだ。
ホウクウドはセルモータを回した。
「らめぇーー!あたしを置いて逝かないでぇ」
シートに跨ったアンシーの巨乳が思いっきり背中に押し付けられる。
そして、その両手は後ろから微妙なところを抱きしめている。
「いくよ、アンシー。今夜中に謎のトラックに追いつくんだ」
ふたりを乗せたモンスターバイクは中央通りを走り抜ける。鋼鉄の街を影が貫いた。
アンシーはスマホのGPSを確認している。
どうやら謎のトラックに、この一連の流出事件を極秘調査していた谷間さんが潜入しているようだ。
「ホウクウド…… トラックはどんどん北上しているわ」
東京を離れて北へ。
ホウクウドとアンシーを乗せた モンスターバイク は、東京からかなり北の街に行き着いた。トラックは、とあるビルの駐車場に乗り捨ててあった。
「アンシー、気をつけろ。何な妙な雰囲気がする」
ホウクウドは、ともかく此処が何処なのかを調べることにした。
幸い天気は晴れて一面の星空が見えた。
「ええっとあれが北極星で、北斗七星があれだ…… 何!北斗七星が八つあるぞ?」
「きゃーーー!やめて、変なところを触らないで」
傍らで遊んでいたはずのアンシーが謎の黒服集団に連れさらわれようとしている。
「待て、アンシーを何処につれていくんだ!」
ホウクウドは潜在能力 ”すばやさMAX” を発動しようとしたが、背後から後頭部を強打された。薄れゆく意識の中で、凶器の一部を見たような気がした。
”猫の手……”
ホウクウドは、夢を見ていた。秋葉に集う冒険者達との取りとめの無い秋葉の夢。
「起きて 起きて」
あらゆる面で鶏より早い男は今、アンシーの豊満な胸枕の中で目覚めた。
「う、うん、アンシー、無事だったんだね。良かった」
まだ、頭の中に鈍痛が残っていた。あたりを見渡すと、どうやら広いホールの真ん中にいるようだ。
すると突然、幾つかの天井ライトが同時に点灯すると、聞き覚えのある声が響いた。
「ようこそ、ホウクウド君。待ってたんだにゃー」
10m程先の一段高くなっている場所。声の主はそこにいた。
白いフカフカのガウンに身を包み、手には ”猫の手のおもちゃ” を持ち、どういう訳か顔にはモザイクが掛かっていた。
「何、あれ。気持ちが悪い」 アンシーは眉をひそめた。
「猫の杜へ、ようこそ。お仲間もそこにいるにゃー」
ゴロゴロと酒臭い塊が転がってきた。良く見ると谷間さんだった。
「えへへ、おいらも捕まっちゃった」
ホウクウドは、声の主に問いかけた。
「何が目的で俺たちをこんなところに呼び寄せたんだ」
「それは、胸に手を当てて考えてみるといいにゃー」
「どれどれ……」
「きゃ、……駄目よ。ホウクウド…… 駄…… 目」
傍らのアンシーの豊満な胸に手を当ててみた。
「羨ましいにゃー、じゃなくて」
声の主は、感、極まった様子で語った。
「キモオジ殿の様な参考になるリペア情報や他の方々の様な役に立つ秋葉お買い物情報で、格調高いブログにしたいのに…… ホウクウド、谷間さん。
お前ら二人は、人のブログで遊びすぎだにゃー!」
”確かに…… それを言われると、その通りだ。この所、ネタに走りすぎている。
それはともかく、そんな事を知っているこのモザイクさんはもしかしたら……”
モザイクさんは続けた。
「だから、二人には、お仕置きだにゃー! 猫の杜の皆さん、やっちゃってくださいにゃー」
そう言うと、モザイクさんは手を挙げた。
すると、何処に隠れていたのだろう、数十匹の多種溢れる猫たちがホウクウドたちを取り囲んだ。間髪を入れず猫たちが飛び掛ってきた。
「ふにゃー、ぶにゅあー、にゃーーーー!」
ホウクウドとアンシーは咄嗟に防御の体制を取ったが……
おかしい? 猫たちが来ない。見ると、猫たちは一斉に谷間さんに飛びかかっていた。猫の群れの中で翻弄されている谷間さん。
「な、何だぁ!なんで、おいらだけ」
おそらく、日頃から 清酒 ”茎水” を持ち歩いている谷間さんのポケットには
”小魚おつまみ” や ”カワハギロール” などの猫好きな匂いが染み付いているため、猫まっしぐらなのだろう。
「にゃーーーー、計画を誤ったにゃー。仕方が無い最終兵器を出すにゃー」
モザイクさんはそう言うと、大きく諸手を挙げ拍手を一回。
「チヤーナちゃーーーん!出番だにゃー」
「アーーーーーイィーー」
壇奥の暗闇から、機械合成された声がした。そしてゆっくりとそれが姿を現した。
銀色のチャイナドレスに身を包んだ……人、では無い。アンドロイド。
しかし、不自然な程の巨乳である。
アンシーは吐き捨てるように呟いた。 「悪趣味ね……」
その頃、谷間さんは夢を見ていた。取りとめの無い秋葉の夢を。
そう言えば黄色い公園で ”猫缶” を食べたな。それで、猫が寄ってくるのかなぁ。
あの日の ”猫缶” ディナーは自分へのご褒美。そうだ、頑張って完成させたんだ。
あの日、黄色い公園で……
「……変身」
突然、数十匹の猫の群れの中心が煌々と輝くと、次の瞬間、猫たちは四方八方に飛ばされた。
「にゃ、にゃ、にゃ、にゃーーーん!」
その中心には、金色に輝く人形の物体?
「天が呼ぶ、地が呼ぶ、人が呼ぶ…… 谷間を目指せと俺を呼ぶ。
”谷間まっしぐら” 見参!」
「誰? いや、谷間さん?」
説明するよ
”谷間さん” とは仮の姿。実体はコードネーム ”谷間まっしぐら” 。硬度10に圧縮されたダンボール装甲で全身を包み、両腕に装填された ”茎水” の一升瓶、名づけて ”茎水 トンファー” は厚さ10センチの鋼板をも打ち抜く。また、背中のリュックサックには2門の ”茎水” ロケットを搭載し短時間飛行さえも可能にする。もうこれで冬の公園の寒さも苦にならない。
「谷間さん、す、凄ーーーい(ハァト)」
「アンシー、おいらに惚れたらいけないぜ。もう一安心。泥舟に乗った気分でいなさい」
すっかりお株を奪われたモザイクさんは、言った。
「ずるいにゃー、こっちの見せ場だったにゃー。
でも折角だから ”チャーナちゃん” を紹介するにゃー」
説明にゃー
コードネームは ”Little Snow"。B96W58H83の眉目秀麗なアンドロイドにゃー。苦節1年。猫の杜のPC網に流出されるジャンクパーツを集めて完成させたんだにゃー。でもチャイナドレスは本物だにゃー。そこが一番苦労したにゃー。見目麗しい容姿とは裏腹に恐ろしい機能があるんだにゃー。
「そんなもんだから、チャーナちゃん。やっちゃってくださいにゃー」
今まで微動だにしなかったチャーナロボが、華麗な動作でゆっくりと谷間さんを見つめた。
「イラッシャイマセ、ゴシュジンサマ」
チャーナロボの両目から二筋の細い光軸が走ると谷間さんの胸元で交差した。
「オイシクナーレ。モエモエ、ドギューーーーーーーン!」
胸元に細い指で小さなハートを造ると、その中心から ”ピンクのハートの輪” が
次々と発射された。その ”ハートの輪” は、谷間さんを目掛けて進むうちにドンドンと大きくなっていった。ホウクウドはそれが何かを知っていた。
「あれは、 ”ハートアタック” …… こんな物まで流出していたのか」
アンシーは目を覆った。
「直撃よ…… 萌え、いえ、燃えているわ。ダンボールが」
「ダンボールじゃ無理もないよ」
爆風と硝煙。谷間さんの安否は?
谷間さんは夢を見ていた。
人間、死の直前に走馬灯の様な過去の記憶を見るらしい。
そうか、御徒町の記憶、リアカーの記憶。そんな楽しかった思い出に包まれておいらは逝くのか。しかし、爆風と硝煙が消えた場所に黄金の戦士は立っていた。
「お、おいらは…… 生きているの?」
直撃の瞬間、目の前に本能的に突き出した ”茎水の一升瓶” が偶然プリズムの機能を発揮してハートアタックを拡散させたのである。正に、九死に一升を得たとはこの事。しかし、それでも両肩の装甲を焼失させるには十分な威力だった。
「谷間さん、無事だったか。良かった」
壇上のモザイクさんは、湯気ポッポ。
「チャーナちゃん、どんどんやってくださいにゃー」
チャーナロボは今度はこっちを向いた。
「オカエリナサイマセ、オジョウサマ」
「まずい! アンシーを狙っている! 逃げるんだ、アンシー」
「いやぁーーん」
アンシーは、谷間さんの後ろに逃げ込んだ。
しかし、チャーナロボの照準は正確にアンシーを狙った。
「オイシクナーレ、モエモエ、ドギューーーン」
ハートアタックは再度谷間さんとアンシーに向かったが、
要領を得た谷間さんは ”茎水トンファー” で拡散させた。
しかし、そう何度もうまくいくとも限らない。
一瞬でもタイミングをはずせば黒こげになってしまう。
「ホウクウドさん、もう限界だよ」
ホウクウドは焦った。あの、ハートアタックを避けてモザイクさんに接近するには?
その時、モザイクさんが、
「チャーナちゃん、きょにぅちゃんは狙っちゃ駄目だにゃ。後で仲良しになるんだにゃー。にゃ、にゃ、にゃにゃにゃ」
そう言うと、猫の手の先端がピコピコ光って、ネコマネキをした。
すると、チャーナロボは、
「カシコマリマシタ テンチョウ」
ホウクウドは閃いた。
”あれか…… あれでチャーナロボを制御しているのか”
今しか無い! ホウクウドは立ち上がった。
「すばやさMAX!」
ホウクウドの背中から大きな双翼が開くと音も無く飛び立った。10mの跳躍は訳は無い。着地の瞬間!モザイクさんから ”猫の手” をもぎ取った。
「ふにゃーーー!」
「お宝!GET完了」
良く見ると、 ”猫の手” はコードで繋がっていて、ホウクウドがそのコードを手繰ると先端に付いている黒い小さな箱がゴロゴロ転がって来た……
それは、何と ”大人の翼 TinkoPAT 535X"
「ふにゃーーーーーーーーーっ! それに触っちゃ駄目にゃーーーーーーっ!」
ホウクウドは気づいた。
”そうか、これを…… こうすると”
535Xからコードを引き抜いた!
次の瞬間、モザイクさんの顔のモザイクが消えた!
「システムダウンにゃーーーーーっ!
正体がばれてしまうにゃーーーーっ(もう既にバレバレなんですけド)」
慌てふためく、 ”伝説のジャンカー、ナー君”
解説しよう
TinkoPAT 535X。535シリーズで唯一、USB端子を持っているが本体のOSはたぶんWindows9x。この頃のWindowsはUSBのホットスワップに完全対応していないので不用意にUSBを抜くとシステムが不安定になるのだ。良い子のみんな、知っていたかなぁ。しかし、今時メインコンピュータに535Xを使っていたとは。ケチらないでX60を使っていればこんな事には。
一難去ってまた一難。制御を失ったチャーナロボは、無差別攻撃モードに突入した!
「オカ オカ オカマジャネェヨ コノヤロー モエツキロ ドギューーーーーン」
逃げ惑う猫さん達。飛び交うハートビーム。
チャーナロボは呪いの赤い靴に魅入られたプリマドンナの様に踊り狂っていた。
「キュン、キュン、キュン、キューーン、キャッハハハ、キャハハハ」
そんな狂騒のまっただ中、為すすべもなく立ち尽くすホウクウドであった。
ナー君も、ただオロオロと様子を見ていた。
しかしそんな中、谷間さんの胸中にはある秘策が芽生えていた。
”もはや、あれを使うしか無い…… あの、最終奥義を”
意を決した谷間さんは背後で脅えるアンシーに言った。
「アンシー、もう、逢えないかもしれないけれど。墓前には ”茎水” をお願いするよ。あ、 ”ふなくち” の方ね」
アンシーは不安な面持ちで谷間さんの傍を離れた。
十分な距離を置いたことを確認すると、谷間さんはリュックサックの紐を引いた。
「イグニッションON! 茎水ロケット、パワー上昇! ターゲット、チャーナロボ確認!」
ホウクウドは、気が付いた。 ”あれは、あの体制は”
茎水ロケットの出力がレッドゾーンに達した瞬間、谷間さんは叫んだ。
「最終奥義! 伏龍天昇!!!!」
説明するよ
”伏龍天昇” それは秋葉系ローアングラーにのみ伝えられる究極奥義。おいらとtrainさんは師匠Kさんから伝授されたんだ。激写する対象の女の子に対して、地を這う様に接近し対象の目前で天に昇るような勢いで立ち上がる。この時、驚いて警戒を解く女の子の隙をついて足首、絶対領域、三角地帯、谷間、鼻の穴という具合に下から上に余すこと無くファインダーに収めるんだ。秋葉でもこの奥義を使える人は十人を満たない。この技に ”茎水ロケット” の加速力を加えれば、あるいは……
思った通り、谷間さんは床すれすれの高度を飛行してチャーナロボに接近した。
「うまいぞ。ハートアタックを避けて飛んでいる。谷間さん、頼む」
その光景に気づいたナー君は、
「ふにゃーー させるかぁ! チャーナちゃんを守るにゃーーーーーー」
谷間さんとナー君は、ほとんど同時にチャーナロボに激突した。
「チャーナさんの谷間、GETだぜぇ!」
「ふにゃーーー」
「キャハハハ キャハハハ」
一人と一匹と一体は塊と成って床と垂直に上昇し、天井に衝突。
が、天井を突き破っても勢いは止まらなかった。
「谷間さん、ナー君!」
ホウクウドとアンシーは、天井に開いた大穴の真下から夜空を見上げた。
チュドーーン、チュドーーン、チュドーーーン
満天を彩る星空の下、大きなピンクのハートの輪が…… 三つ、花開いた。
「綺麗ね……」
「素晴らしい眺めだね。アンシー」 思わずじっと寄り添う二人であった。
「どうだい、アンシー。今夜は、これで」 猫の手をピコピコ動かすホウクウド。
「馬鹿…… 牛タン定食、食べに行くのが先よ」
ふたりの夜は更けていく。
一時間後、某所では。
「ナー君さん。これ、うまいっすね」
「ふにゃ。松島の牡蠣は最高だにゃ」
「チャーナちゃん、壊れちゃったけど。どうします?」
「また、ジャンク集めて直すんだにゃーー」
「おいらも手伝いますよ。もっと、爆乳にしましょう」
「にゃ。 谷間ちゃんとは気が合うにゃーー。 今日は朝まで飲み明かすにゃーー」
一人と一匹の夜も更けていく。
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