第8話

NRPでの発表も終わり、グレゴニーの爆発により特殊な力『天からの恩恵エナジーギフト』の証明と、これまで不明とされていた臓器『エナジーコア』が認められ、僕は正式な学園の生徒になった……。


 ……はずなのだが、如何せんこの力を信じてくれる人はなかなか現れず、僕はどうにかこうにか広めようと学園の研究室に引きこもり、研究に明け暮れる日々を再び過ごしていた。


 ちなみにスターダスト学園には同じ教室が幾つもあって、僕は現在その一つを貸し切っている状態だ。

 例えば僕が今いる研究室、ここを研究室1とするなら、同じ研究室が後49部屋あるような感じ。

 貸し切り方も簡単で教授に生徒手帳を渡し、貸し切る教室の名前と期間を伝えるだけで、あとは勝手に登録してくれるという超お手軽仕様。


 さすがは大陸最高峰。

 裏口入学生から金を巻き上げてるだけあって、設備もそれなりに充実しているという訳だ。素晴らしい。パチパチ。


 それにしても――、


「孤独だぁ……」


 ふと無意識に溢れ出る。

 研究を始めてからというもの、ろくに人と会話をしていない。それどころか毎日うるさく鳴り止まない魔獣の鳴き声を聞かされるばかりでノイローゼになりそうだ。


 そして今日もまた「グァガアアァァ!!」とか「ギイィゴオオォォ!!」とか癪に障る耳障りな鳴き声が四方八方から聞こえてくるのだ。


 うぅ、これは幻聴、幻聴なんだ……。

 実際はこんな声は聞こえないんだぁ……。


 これが幻聴だったらどんなに嬉しい事か。


「だあぁッ!!うるせぇぇぇぇえええええッッ!!」


 右手でエナジーを放出し、檻に閉じ込めている魔獣達の体内に一斉に流し込む。

 エナジーの扱いも慣れたものだ。


「グァッッ!!」

「オゴオォッ!!」

「ハギバッッ!!」

「ドギャァァッ!!」


 断末魔の後、シーンという静寂が心地よく身体に染み渡る。

 染み渡ったのは静寂だけじゃなくて魔獣の血汐もだけどね。


「あぁやっと静かになった。なーんだ簡単な事じゃないか」


 以前は魔獣という言葉を聞くだけで心の底から奮い昂っていたのに、今となってはその声を聞くだけで鬱屈してしまう。

 これが慣れというものなのか。これまでのような感情がミリも湧かなくなっていた事に気付いたのはつい最近のことである。

 それどころか僕は今、完全なスランプに陥っていた。


 一時の快楽を全身で浴びた後、待っているのは辛い現実。

 まるで麻薬のようだ。


「殺っちまった……。

 僕のモルモットがぁぁぁぁ……」


 課題となっているエナジー及びオーラの視認と普及だが、僕は魔獣の網膜細胞を使い、コンタクトレンズの作成を試みた。


 結果は案の定と云うべきか、お察しの通りって感じで無理だった。

 ていうかコンタクトレンズとか今まで作った事もないのにできるかよって話だ。


 当時はオーラが見える魔獣の眼を利用すれば良いと思ってたんだけどね。

 いや、寧ろその考えは良かったんだ。ただ、その利用方法が難しいってだけで。


 うーん。魔獣の視覚と人間の視覚をリンクさせる術は他にないものか……。


 そんな感じで自暴自棄になっていた僕の元に、ある一人の男が来訪してきた。


 コンコンコンとノックを三回。


 誰だろう?


「どうぞ」


「失礼するよ」


 訪ねてきたのは初老の男性。

 スターダスト学園の学園長ロウランス・ランドだった。


 きっちりと着こなされたスーツに赤のネクタイを添え、中間色のロングコートを羽織っている。山のように纏めあげた白髪はポマードのような整髪料で固められた人工ではなく、紛れもない天然で成り上がっている。

 ジェントルマンを彷彿とさせるような白の巻き毛の口ひげに彼の学園長たる威厳を感じるが、それとは裏腹に喉仏を掠める程に長い無精に生やされた顎髭に、どこか掴みづらい印象を与えている。


 ロウランスは顎髭を絞るように手で摩り、モノクル越しで辺りを見渡すと一言。


「これはこれは、また派手にやっているね」


 歳よりも遥かに老いた嗄声させいには、これまでの経験がびっしりと詰め込まれていた。


 僕は思わず肩を跳ねさせる。

 彼の機嫌を損なわないように、と。


「す、すみません。

 直ぐに片付けますので、おかけになってお待ち下さい」


 研究室という事もあり、フリースペースは一畳程と狭いが、中央にある長方形のデスクを板挟みに、学園設備のアンティークなソファが二台。

 一台のソファには薄い毛布が拡がっているが、それは寒さ対策等では決してなく、泊まり込みで研究をしている僕の寝具である。


 毛布を畳みながら座らせる事を促し、ある方へと駆けていくが――、


「いや、掃除はよい。

 それより話を聞いてもらおうか」


 慌てて清掃用具を取りに行こうとした所で止められた。


「話とは?」


 向かい合うように僕も座る。


「まずはこれを読んでもらいたい」


 そう懐から取り出したのは一冊の書物だ。


「これは……?」


 本の表紙には世界の歴史と題され、その裏面には著者の名前と禁書庫という文字。

 一枚、また一枚とページをめくり、そして全てを読み終えた頃、僕はある一国の凄惨な末路と、その悲劇を巻き起こした一種の魔獣の存在を知った。




 ◆◆◆




 ――盗賊国家アリバ。


 大陸の西側に位置しており、世界で最も荒くれ者の出生が多いとされているこの国だが、元々はナハ・ムーク連邦国と云う、絶滅魔獣ラパンボーマが生息した観光都市として栄えていた国だった。


 絶滅魔獣とは、その名の通り絶滅してしまった魔獣の総称だ。


 ラパンボーマは、国の研究の一環として産まれた突然変異体だった。

 兎のような外見をしつつも、性質は亀のようにノロくマイペースなこの魔獣は、愛玩魔獣として一世を風靡していた。


 魔獣に対する危機意識が今よりもずっと低かった時代、誰でも飼育が可能とされていたこのラパンボーマは一家に一匹は欠かせない存在になっていた。


 だが忘れてはいけないのは、どんなに可愛いとされていてもそれが魔獣であるということ。

 大小の差はあれど、魔獣は等しく危険なのだ。


 勿論、ラパンボーマも例外では無い。

 その愛くるしい外見と人懐っこい性格とは裏腹に繁殖期に入ると体は熱を帯び、爆炎を纏うように周囲を爆発させ焼き尽くすのだ。


 それは新しい命を産み出すと同時に、ラパンボーマ自身の首を絞めるような行為でもあり、親は子を産んで直ぐに死を迎える。


 その為、ラパンボーマの総数は年々減少傾向にあり、魔獣の中でも希少種に当たる部類とされていた。


 そんなわけだから、繁殖期を迎える際には国の兵士達が保護をすると云う法の下、保護されたラパンボーマは繁殖期を終えるまでナハ・ムーク連邦国が所有する氷でできた極寒の無人島アイスクラムに隔離される手筈だったのだが……。


  それは繁殖期の真っ只中。

 本来は隔離されていたはずのラパンボーマが、何故か街中に出没したのだ。


 それも一匹では無く、全匹。

 元々希少種であるラパンボーマだが、それでも繁殖期を迎えれば、ナハ・ムーク連邦国を滅亡させられるほどの力を持っていた。


 軈て数分もしない内にラパンボーマは繁殖を始めた。

 一匹、また一匹と新たな命が芽吹いていき、爆炎による爆風で建物は倒壊し、草木は焼失。

 そしてそこには、繁殖を終えたラパンボーマの亡骸と新たに産まれたラパンボーマの幼獣。


 街中の人々はたちまち大慌てのパニック状態となる。

 その惨劇を聞きつけたナハ・ムーク連邦国の国王であるコート・マモン王は直ぐ様ラパンボーマ抹殺の命令を下したのだが。

 その頃にはもう遅く、ラパンボーマは一夜にして国を滅亡させたのであった。


 幸いラパンボーマの駆除は達成できたものの、国民は焼殺され、罪の重さに耐え切れなくなった国王は自害。

 残された兵士達は他国に移住する事となり、その後ナハ・ムーク連邦国は世界から消え、ラパンボーマは別名破滅を呼ぶ魔獣として世界でも数える程しか存在しない凶悪魔獣に認定され、後世に語り継がれる事となった。


 そして同年その悲劇は世界中に知れ渡り、新たな法律――魔獣飼育禁止法が制定される事となった。

 魔獣飼育禁止法とは簡単に、どれだけ無害な魔獣であっても、国の許可無しに飼育する事を固く禁じる法律である。


 ――本来、隔離されていたはずのラパンボーマが何故街中に現れたのか――それが何者かの手によるものなのか、それともラパンボーマ自身がそうしたのか、真相は闇の中だ。

 だが分かっている事から考えれば、ラパンボーマは高い耐寒性と耐熱性を持ち、海を渡る事ができた。


 それだけを聞くと今回のこの一件は、全てラパンボーマによるものだと断定できるが謎も幾つか浮かび上がる。


 だが、これらの出来事はもう全て終わってしまった事であり、その実態を直に見た者もいない。

 最終的に学者達はこの一件をラパンボーマ自身の行いとして、その凄惨な歴史に終止符を打ったのだった。


 これが、今からおよそ三千年も前の話。


 ――それから三年後の世界までは、無くなったナハ・ムーク連邦国は呪われた国として語り継がれ、その間の所有者は誰も存在しない無主地だった。

 このままナハ・ムーク連邦国は誰の手にも渡らず、姿を消すかと思われたがそこに一人。


 当時、その話を耳にしていた世界的に有名だった大盗賊ローダン・キリングとその一派が、ナハ・ムーク連邦国の新たな所有者となり、現在のアリバとして再建を果たしたのだった。


 盗賊国家アリバ初代国王。

 ローダン・キリング王の誕生である。


 スターダスト学園――禁書庫から、

 世界の歴史(明かされぬ真実)より一部抜粋。

 

 著者――スターダスト学園47期生。

 歴史学者ナウロイド・シカー。

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