雨愁軒経カクヨムコン10ティザー集
雨愁軒経
【ライト文芸部門】遺顔絵師-Reminiscence-
木蔦右近の姿が見えなくなってからも、姫彼岸合歓はしばらくの間、ケーキを見つめてその場を動かずにいた。
「これでやっと、彼は天に昇れましたのね」
「ああ。きっとね」
「けれどよろしかったんですの? あの秘密は、ついに打ち明けなかったのでしょう」
「……うん。下手に影響してもいけなかったからね」
「(すまないね右近くん。君の死はこれが二度目じゃないんだ――)」
これは、合歓と右近の再会と――
「(一度は私が殺した)」
――遺顔絵師誕生の物語。
初雪の訪れたある日、画家『姫彼岸合歓』のアトリエの前で倒れていた青年。
「君はまさか……右近くんなのかい?」
「ごめんなさい。何も憶えていなくて……あなたは僕とお知り合いなんですか?」
「これまで様々な画家とエージェントのトラブルは見聞きしてきましたけれど、『死んだ彼氏の幽霊がいる』なんて理由は初めてですわよ」
「なんだい、存外画家もたいしたことがないね」
「……はぁ。上手くやっていける自信がありませんわ」
右近らしき彼は、生前の記憶を失っていた。
「どうやら右近くんには頭が視えているらしい。自分が死んだとさえ思っていないようだ」
「お祓いも効果なし。困りましたわね」
「ま、じっくり行こうか。ちょうどアシスタントが欲しかったんだ」
夢にまで見た、二人でのアトリエ運営。
その形が歪であることからは目を逸らしながら、仮初の平穏を謳歌していた。
そんな折、合歓の母校からの依頼がもちかけられる。
「恋ぃ? 卒業から一年越しに呼ばれてみれば……何の冗談ですか」
「姫彼岸さんの事情を鑑みれば、失礼なことを言っているのは重々承知です。ですがどうか!」
生徒たちが恋愛にうつつを抜かし、勉強に身が入っていないという事態。
問題は、若きカップルたちのほとんどが望まない組み合わせを強いられていることと――
ツムギさんツムギさん、お願いします。あたしの糸を結んでください
――異常事態とほぼ同時期に流れ始めた、ある七不思議の噂だった。
「指先の血を赤い糸に見立てて、ツムギさんに結んでもらう、ねえ……」
「危険ですわよ。一介の画家の手に負えるものではありません」
「腐っても縁結びの七不思議なんだろう? こっくりさんじゃあるまいし」
かくして冬の怪談調査へ赴いた合歓たちは、一人の少女の霊と邂逅する。
『ずっと一人で寂しかった……ねえ、あたしに恋を教えて?』
「ううん困ったな。その未練は叶えられそうにないぞ」
『くす、できるじゃない――そこにいるでしょう!?』
「なっ……右近くん!?」
「ね……む……さ…………っ!」
恋に恋する少女の魂に赤い糸が結わえられた時、切なる願いは呪いへと堕ちる。
「へえ、記憶をなくしてしまっているのね。ねえお姉さん。それは"彼"と呼んでいいの? ねえお兄さん、あなたはそれでいいの? ――それで、本当に愛しているっていえるの!? ねえ、ねえ!!」
「……チッ、耳が痛いね」
「あたしならシてあげられるよ。この学校に残るよすがを、お兄さんに流し込んであげられる。あたしだけがお兄さんを愛してあげられる!」
「ったく、ウチらが東京出張中で良かったですねえ。ハナ、注意事項は?」
「器物損壊くらいかしら。備品ってけっこうなお値段がするのよ」
「ちょっとちょっとちょっと、花子さんって一人じゃないんですの!?」
『メリー、今あなたの後ろにいるの』
「ジャァァァァァァァスティス!!」
「ワタシ……綺麗?」
「殺す……殺してやる……合歓ゥゥゥ!!」
「記憶が混濁してる。もう、無理矢理にでも祓うしかないのか?」
「けれど、それでは右近くんが……!」
「じゃあどうする! 遺影もダメ祓うのもダメじゃ埒明かねえですよ!!」
「私が刺し違えてでも止めるさ。いつだって、キスってのは目覚めの呪いだからね」
「右近くんは返してもらうぞ、ツムギさん!」
『いいよぉ? でも、あたしは救えなかったねえ!! アッハハハハハハ!!!』
かつて遺顔絵師・姫彼岸合歓の初仕事にして、唯一完遂できなかった弔い。
「――さあ、あの日の決着を付けようか」
凍てつく夜に封印された七不思議が、時を経て今、雪解けを迎える――
遺顔絵師-Reminiscence- 11月29日より公開予定
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