第壱幕 依頼人と退魔師
第3話
舞扇子を藤に見立て優雅に舞い踊る若い女性だが、その表情はどこか暗かった。指先まで気を配り着物の裾も乱さず舞うが、隠しているつもりでも心が飛んでいる。じっと彼女の舞を見ていた老女は苛立たしげに立ち上がると、長唄の音源を止めた。
「何ですか
「はい。申し訳ありません」
暗い表情で俯きながら、茉莉は小さな声で返事をする。例え血の繋がった祖母であろうと、稽古中は
「だいぶ堪えていますね、お母様」
宗家と共に稽古を見ていた家元であり、茉莉の母親である
池園流では、先代家元が家督を譲った後に宗家を名乗る。もっとも家元の地位も本来は世襲制ではないのだが、慣習的に親から子へその地位が引き継がれている。とはいえ実力が伴っていなければならないないのは、何処の芸事の流派でも同じであるが。
「綾乃、わたくし決めました」
「お母様?」
母であり、池園流の宗家である
「もうこれ以上、我慢できません。成果を挙げられない警察など当てにせず、
三月上旬に、福井県のとある
「
「貴女が家元を継いだときに、申し伝えたでしょう? 我が家には代々、久遠家という
そこまで言われてようやく思い出したが、あの家は話に聞いているだけでは随分と胡散臭いイメージしかない。何でも応仁の乱の時に戦火を逃れ、福井県南部の旧・
「信じていませんね、久遠家の実力を」
「当たり前でしょう? お母様、警察に任せておいた方が宜しいではありませんか」
「警察なぞ当てにならないから、お願いするのですよ」
憤りを隠さず佳乃は言い放つが、綾乃は得体の知れない人間を信じることが出来ない。しかし将来的に娘の茉莉が家元を継ぐとなると、その胡散臭い久遠家とやらの付き合いも継承せねばならない。全く面倒なことと思いつつ、母には逆らえない綾乃は仕方なく固定電話の子機を渡した。
「もしもし。久遠様のお宅でございますか? わたくし名古屋の池園と申します。ええそうです、お世話になっております」
先方は使用人が出たようだが、こちらの素性が明らかになるとすぐに久遠家の人間に代わった。
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