退魔師・久遠馨の心霊事件簿
三田村優希
第壱帖:白藤の情念
序幕 失踪
第1話
国産SUV車のトランクにチェーンを入れると、
亘が住んでいる所は、名古屋市の
「昼が混むと面倒だから、もう行くか」
亘はエンジンをかけると静かに出発する。車内にはお気に入りの洋楽をかける。眠気が来ないように、今回はハードロックやヘヴィメタを選択してある。ベースやドラムのリズムが車内に心地よい刺激を与え、ヴォーカルの耳をつんざくシャウトが気分を高揚させた。
名二環、清洲ジャンクション、名古屋高速16号、名神高速、一宮ジャンクション、東海北陸自動車道を順調に進み幾度か休憩を挟みつつ岐阜県の
岐阜県の街中の光景から徐々に山中へと風景は変わっていき、トンネルも多くて亘は更に運転に集中する。音楽のボリュームを下げて、窓を少し開けた。冷たい空気が流れ込んで、暖房でぼんやりとしていた頭への刺激になる。
「この辺で休憩するかな。たしか近くにパーキングエリアがあったはず」
昨夜ロードマップで下見をしていたときに、昼食は岐阜県内で摂ろうと決めていた。
「お、あったあった」
金沢・高山方面への下り線にしか存在しない、
フードコートへ行き、メニューに目を通すと急に空腹感を覚えた。運転の緊張感から解放されたからだろう。名古屋に帰ったらまた稽古が待っているので、少しボリュームのあるメニューを選択する。豚バラ角煮丼セット(ハーフ塩ラーメン付き)が特に美味そうに見えたので、それにした。注文の品に舌鼓を打ちながら、ぼんやりと行く先のことに思いを馳せた。
三月に入ったばかりの日本海側。しかも豪雪地域と聞いているので、雪道の運転に少し不安を覚える。
「チェーンの出番がないことを祈るとするか」
小さくひとりごちると、亘はハーフ塩ラーメンのスープを一気に飲み干した。熱いスープが胃の中に満たされていき、少し汗を滲ませた。腹ごなしに少し散策してから、再び車に乗り込んだ。
(さて、行くとするか)
目的地は岐阜県と隣接するので、あと一時間もすれば到着するだろう。再び車内にヘヴィメタのサウンドが流れ始めた。
ナビが目的地の駐車場の位置を示した。
やれやれやっと着いたと亘は安堵の息を洩らす。駐車場は綺麗に除雪されており、観光シーズンから外れているせいか他に一台も見当たらない。雪道でも市街地でも問題ないように、彼はコンバットブーツを履いている。足を滑らせる危険はない。これまた防寒と撥水性に優れたミリタリージャケットを着込んでいるため、さほど寒さを感じていない。雪を踏みしめ、眼前に広がるダムと人造湖を感慨深げに眺めた。
「このダムの底に、ばあちゃんの家があったのか」
一緒に持って降りた一眼レフのカメラで、侘びしげな風景を何点か収める。湖面はあくまでも穏やかで、人造のダム湖とは思えないほど風情のある光景だ。紅葉の季節が格別なのだと、まだ認知症が進む前の祖母は目を細め懐かしそうに語っていた。その表情は少女のように楽しげで、祖母にとってかけがえのない思い出なのだろう。もう二度と手に入れることの出来ない、ダムと共に沈んでしまった青春時代。重ねていく年齢と共に記憶はやがて薄れていくが、これだけは忘れたくないと必死でしがみつく思い出。
哀れとは思わなかった。寂しげな祖母の顔を見ると、そんなことを思うことすら罪のような気がして。亘にとって祖母は大切な家族だ。ただでさえ祖母の悲しげな顔をこれ以上曇らせたくない――だから、余計なことは言わなかった。
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