描く魔女の物語

電子サキュバスショコチャ

1780話:虚構の命、書き手と聞き手


 ある日ある日の出来事です!

 その日歩いた道行きで、出会った一時の物語。

 私はそれらをまとめて紡ぐ、夢見て起きて、また描く。

 

 今日は何があったかな?


 ――――――――――――――――――


 「初めましてこんにちは!私は物語を紡ぐ旅の魔女、ファブラ・フィクトゥス・ブバルディさ!」

 着いた街の中央に私の発した声が轟いた。きっと背後にある噴水にも負けていない。そのはずなのに、道行く人々は一瞥するものの、顔色悪く過ぎ去っていく。


 「おやおや?みんな元気が無いようだねぇ……どうしたことだろうか」

 顎に指を当て首を振り、とんがり帽子の先端を揺らしながら、悩んだ振り。そう、こうして訳知り顔の住民が声をかけてくれることを狙って、愛らしい魔女の私はこうしてチャーミングにチャームするのだ。もちろん魅了魔術なんか覚えていないので、旅行く中で見出した賢い魔女の知恵ってやつさ。そうしたらほうら、誰か近づいてくるぞ!


 「しねぇえ!」

 ゆっくり近づいて、目の前に着た瞬間その男は刃物の先をこちらへ向けて突撃をしてきた。


 「おっと?よしよしどうしたんだい、おねえさんの胸に飛び込みたい年頃だったのかい?それとも何かな、つらーい悩みでもあったのかい?なんでも言うといい……っ!吐露するんだっ!君の苦渋を奥底まで!私は全て物語の糧……。もとい、君の心が晴れるためにすべて受け入れるからっっ!!」


「え……?え??なん、え??」

 男は呆気にとられており、何が起こっているのかわからずにいた。それもそのはず、男が構え、突撃した先には、黒い衣服を身に纏う一見するとただの女。当然、虚を突いた男の攻撃は避けられることなく、閃刃が腹部を裂き貫いたはずなのだ。刺した感触も、確かにあった。それなのに期待した反応は返ってこない。


「どうしたんだい?ん?おねえさんにいってごらん?」

 何事もないかのように振舞う女。それは魔女で、男の攻撃を無力化している。そんなことは一般人の男には知る由もない。だってついさっきこの街に来た、何の事情も知らないただの女なんだから。その微笑みが、男は理解できない。間違いなく腹部は貫いている、痛みがあるはず。なのになぜ平気そうなのか。困惑だけが心に広がる。


「そっかそっか、そんなにおねえさんの抱き心地がいいんだね。いいよいいとも、好きなだけそうしたまえよ」

 おねえさん役に酔い、あるいは先生のような相談役に入りきったファブラには、なんの攻撃も効きはしない。それは彼女が物語の魔女であるからこそで、そしてその性質は彼女が制御できるものでもない。だがファブラは制御できずとも己の事は知っている。だから自信たっぷりに「どうせ自分は死ぬことはない」と思える。それが不死性を与え、そのせいで自分が主人公では居られない。物語の魔女なのに、物語の主人公になれない。そう思っている。

 彼女は書き手が主人公になる物語を知らない。だから、自分が主人公になりえない物語の中で、自分が登場人物に殺害されることも考えていない。飽くまで聞き手で、登場人物に助言をして、どう転ぶかを見るだけだ。


 「相談役ってさ、妖精や精霊みたいだよね。手の触れられない神秘が助けてくれたりさ、直接は関われないけど、間接的に助けてくれる。そういうところが今の私そっくりじゃないか」

 やるせないといった表情をして、抜けなくなった刃物の柄を未だ掴んだままの男を抱擁する。そして男はずっと疑問符を浮かべたまま放心しつづけていた。


 道行く人が、抱擁される男を一瞥し通り過ぎる。人々からは刃物は見えず、ただ熱い抱擁をする想い人の一幕に映り、微笑みをこぼして去っていく。


 だがその目は、どことなく作り物に見えた。


「おねえさんはいつまでだってこうしていてもいいんだけどね?君はこのままこうしてていいのかな?」

 男はハッとして、すかさず離れる。抱擁はわずかなれど、その間は長く感じた。


「かぶりを振りましょう私は! あぁ少年!それとも君は青年かな?人の成熟は私にはわからないが、年齢など関係なく私は君の心根を信じ気の済むまで、気の落ち着くまで寄り添おうさ」

 誰が見てもその瞳からは"面白そうだから"という心の内が聞こえてくるようだ。

 瞳をみて男は思ってしまった、”元凶ではないのではないか”と。その”面白そう”には思惑が感じられず、そこにはただ純粋に”知りたい”という好奇心のみがあるように感じたからだ。

 魔女はその機微を見逃さなかった。

「物語を人から抽出するには、洞察力も大事だからね」

 心を見透かす魔の動作。自身のアテンションがどういうものかを識り、対峙する者が何を思うか最初から予測しているから、そこから動作や行為を見ればその思考の導線は手に取れる。

「魔導とは悪用できる異端のわざさ、怪しいお姉さんには注意しなくちゃね」

 魔女は怪しい笑みを見せる。それは無邪気にも、あるいは悪戯を考えているようにも取れた。

「っ……!」

 そして男も悟ってしまった。隠し事も、嘘も、意味がない事を。


 それから――。


 元凶ではないと思った自身の考えは間違いではなかったことも。

 

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