第四話 学校でチアキに声を掛ける

 一晩寝ても良いアイデアは出なかった。

 八方塞がりで、僕にはどうする事も出来ない。


 暗い気持ちで、学校へ向かった。

 はあ……。


 学校校門の近くで、真っ白のベンツからチアキが下りてくるのが見えた。

 車で登校してるのか。

 と、思ったけど、ベンツの中には、みのりんさんと鏡子さんが居たから違うのかも。

 みのりんさんは良い所のお嬢さんだから便乗して乗って来たかな。

 クラスの三人組の女子と朝の挨拶をして、下駄箱で上履きに履き替えていた。


 チアキを見ていたら、三人組の一人のもちゃ子がやってきた。


「そんなに見つめても、チアキちゃんは、あだっちの物にはならないんだからねっ」

「そんなんじゃ、ないんだよ」

「なによう」


 違うんだよ、もちゃ子。

 僕はチアキを僕の物にしようと思って見ているんじゃないんだ、逆なんだ、下らない馬鹿の琴平に捧げるために観察して見ているんだよ。


 僕は暗い気持ちで教室に入り、授業を受けた。

 何一つ頭に入らない。


 給食を食べ、昼休みは図書室でぼんやりと過ごした。

 友だちが「元気ねえなあ」と聞いてきたが、本当の事を言う事は出来ない。


 五時限目、六時限目が過ぎて、放課後になってしまった。

 スミレ先生のホームルームがあって、放課後となった。


 どうしよう。

 どうしよう。

 やりたくはないけど、やらないと兄ちゃんが……。

 大丈夫だ、あいつらも鬼じゃないから、大事な人質に怪我はさせないよ。

 ……、本当にそうだろうか、馬鹿だからうっかりチアキを殺してしまうかもしれない。

 どうしよう。


「あ、あの峰屋さん……」

「ん? なに安達くん」


 気楽な感じにチアキが寄ってきた。

 こ、ここからどうやって廃工場へ行くように持って行ける? くつしたの珠を渡すように交渉出来る?


 がしっと、肩を掴まれた。


「とりあえず、二人きりで話せる場所に行こう、ここだとさ」


 チアキは視線で女子三人組を指した。


「良い子たちだけど、お節介な所があるよね」

「あ、うん、良い奴らだから……」


 もちゃ子を筆頭に三人とも図々しいけど善良だ。

 きっと将来は良い川崎のおばちゃんになれるだろう。


 チアキと一緒に階段を上がった。

 屋上の扉には鍵が掛かっているんだけど、その前の踊り場でチアキと話をすることにした。


「それで、何の用、安達君」

「ええと、それはその、えーと」


 廃工場に一緒に行って欲しい。

 その時、くつしたの珠を僕に預けて欲しい。

 簡単に言うと、そういう事なんだけど、こんな怪しい話をチアキにするのが厭だ。

 誘拐の片棒を担ぐのが厭だ。


 ああ、僕はチアキに嫌われたく無いんだ。

 琴平の命令なんか聞くのが厭なんだ。

 でも、聞かないと兄ちゃんが酷い目にあって。

 それで、それで……。


「安達くん、昔の私みたいな顔してる。大人の言う無茶苦茶な命令をきかなきゃならない時の顔だ」

「ぼ、僕はっ、僕は、僕はっ!」


 チアキの言葉を聞いて涙がどどっとあふれ出してきた。

 チアキもそうだったのか。

 ああ、もう、馬鹿な大人は厭だよなあ。

 無茶苦茶を言うよなあ。


 いつの間にか、僕は声を上げて泣いていた。

 チアキが黙って僕の頭を抱きしめてくれた。


「教えて、何を言われたの」

「み、峰屋を廃工場に誘い出せって、掠って、タカシさんの持つ「暁」を盗るつもりなんだ」

「なんでまた?」

「あ、僕の兄ちゃんは『グランドオーダー』の戦士なんだ。迷宮のトラブルで眠らされて、その回のフロアボス戦で『魔長銃』が出たから怒ってるんだ」

「あーあー。どうしてお巡りさんに駆け込まなかったの」

「兄ちゃんも捕まっちゃうから、兄ちゃんはあまり頭が良くないけど、すごく優しくて、大好きな兄ちゃんなんだ」

「そうかー、話してくれてありがとうね、安達くん」

「良いんだ、悪いのは琴平さんだから」

「さーてどうするかなあ。鏡子に知らせたら一発だけど、うーん」


 チアキは考え込んだ。


「よし、安達くん、私を廃工場まで連行して、『グラオ』の馬鹿共に引き渡される瞬間に逃げて助けを呼ぶよ。そうすれば誘拐の現行犯だから、結構くらいこむはず。安達の兄ちゃんもくらいこむけど……」

「ど、どうして、どうしてそんな事をしてくれるの、峰屋さんとはまだ友だちでも何でもないよ」


 チアキはにっこり笑った。


「『Dリンクス』の連中ってさ、タカシ兄ちゃんも、鏡子姉ちゃんも、みのり姉ちゃんも、泥舟にいちゃんも、朱雀姉ちゃんも、みんな本当にお人好しでさあ。それで私はずいぶん楽に息が出来るようになったのよ。で、私も『Dリンクス』だから、その流儀に乗っていくのだぜ」

「峰屋さん……」


 また涙が出て来た。


「チアキで良いよ、安達くんの名前は」

「リュウジ……」

「格好いいじゃん、リュウジ、これで私とリュウジは友だちだからさ、水くさい事は言いっこ無しだよ」

「わ、わかった、チ、チアキ」

「えへへへ」


 チアキはポケットからくつしたの珠を出して僕に渡した。


「じゃ、廃工場へ『グラオ』を懲らしめにいきましょうか」

「う、うんっ」


 僕たちは階段を下りて廃工場へと向かった。

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