第29話

 集会の行われる聖堂が建築されたのは今よりずっと前。バルインとの取り引きが始まったくらいの事だった。

 

 方位磁針も、魔道具も発展していないこの時代、海路を正確に行くためには卓越した技術か、海に住む種族に助けてもらうくらいしかなかった。


 定期的に取り引きをしたいアクバィラウからすると、この問題は致命的であり、航海技術が乏しい以前に海へと理解が圧倒的に遅れていた。そのため、交易を行うとなった場合バルイン側がアクバィラウに訪れるしかなく、交易の決定権はバルインが持ち続けていた。

 

 とはいうものの、バルインはかなり友好的で公平な取り引きを行えていた。しかし、それによりバルインの数人が不満を募らせていた。


 バルイン側からすると、自分たちだけが航海へのコスト、危険、労力にさらされていて、アクバィラウはそれを加算した交易を行っていない。それではこちらがいいように使われているだけじゃないかと、船に乗ってきた数人の乗組員が声を荒げたのを聞いてしまった。

 

 この時、アクバィラウがバルインの乗組員ために作った宿舎には、反響石の原石があったようで当時、その事を一切知らない両者は、バルイン宿舎での出来事が外に筒抜けという事態も何が何だかわからずにいた。


 なんにせよ、アクバィラウ内では話し合いが行われ、バルインの乗組員の言うことは尤も話であり、自分たちが甘えた立場にあると言う結論に至った。

 

 一方的な享受ではなく、何か返せるものをと考え、バルインにも話を聞いて建てられたのがこの聖堂だった。

 

 当初は灯台という話だったが、アクバィラウの土着信仰心的に高い建物を建てる事がどうにも受け入れられず、信仰心を逆撫でせず、大規模な建物を建てるために聖堂という事になった。


 つまりこの聖堂はバルインとアクバィラウの友好の証といえ、この聖堂にバルインの使者を迎えるというのは言葉以上に大事な意味を含んでいた。


 ――――――――――――――――――――――――――――


 カバ・ラウはシゥ・ラウに命じられた通り、食料全体の半分。山羊の屠殺分はこれからだが、ひとまず言われた分の仕分けと梱包を済ませた。急な話だったので、贈答用な丁寧な包み方は出来ていないが十分だろう。

 

 持ち運びやすいように、カバ・ラウは波止場に近い自分の家に持って行く。現在立場の弱い海を管理するススの民であるカバ・ラウ。ススの民のまとめ役であるジ・ラウが副首長に選ばれた時はこの不遇の時代も終わるかと僅かに期待したが、実際はただのお飾りで、長年苦汁を嘗め続けた息抜きのために利用されたに過ぎない。


 カバ・ラウはそれからシゥ・ラウへの媚び売りをより顕著に行うようになり、ススの民のまとめ役か、ボハマエの民に推薦してもらう事だけを願い、日々こき使われている。

 

 今日もそうだ。島民のほとんどは聖堂の集会に出ている。シゥ・ラウの人気集めのために必要だと言われ参加せずに作業をする。文句一つくらい言いたいものだが、仕方ない。今は我慢だ。


 ひと通りの作業を終えて、聖堂ではまだ集会が行われていたようなので、参加する。まだ中に人がいるはずだが、思っているより静かだ。大扉ではなく横の通行口を使う。

 

 ギィィーと音を立てて扉が開く。こっそり入ろうとしたのにこれでは目立ってしまうかとしれないと、恐る恐る中を確認した。

 

「今入ってきた者、名前を名乗れ!」

 

 目立つなんてものじゃない。聖堂にいた全員の視線がカバ・ラウに注がれていたのだ。当然、シゥ・ラウやジ・ラウのものも。

 

 シゥ・ラウと目が合い、何か言いたげな目配せを送ってくる。おそらく、仕事はちゃんと終えたのかという確認だろう。大丈夫ですよと小さく頷き、再び聞こえてきた、名前を名乗れという要求に応える。


「私はススの民のカバ・ラウです。少し仕事があったため、席を外していました。集会中に邪魔をしてしまい申し訳ない。」

 急に大声を出したからところどころ声が裏返ってしまったが、聖堂内には十分響いて届いただろう。


 カバ・ラウが入って来た時に響いたあの声が再び聞こえる。

 

「カバ・ラウ、その仕事とはなんだ?この集会よりも大事な事だったというのだな。」

「いえ、そんなことはございません。積み荷の準備をしていました。」

「積み荷?」

 

 集会に集まった島民たちは二人の話を邪魔しないよう静かに聞いている。その違和感を感じながらもカバ・ラウは素直に答える。

 

「はい。シゥ様に、」

「でたらめじゃ!」

 静寂を破りシゥ・ラウが声をあげる。カバ・ラウを睨みつけるような目つきだ。

「シゥ殿、お静かにできないようでは退出をお願いする事になりますが、」

 シゥ・ラウは不本意な表情を見せたが渋々それに従う。


「カバ・ラウ、話を続けろ。荷の中身と誰に命じられたかを。」

 

「はい、荷の中身は食糧庫にあった凡そ半分。すぐに運び出せられるように梱包し、海に近い私の住居にて保管しています。先ほども言ったように、シゥ様の命にて行いました。」

 

 はじめて聖堂内に喧騒が起こる。何が何だかわからないカバ・ラウはシゥ・ラウの功績に役立ったと勘違いし、忠犬が主人に向けるような眼差しでシゥ・ラウを見つめるが、当のシゥ・ラウは一瞥もくれない。それどころか、顔を青白くさせ何か考え込んでいる様子だった。


「シゥ様、ご説明よろしいでしょうか?」

 

 それまで黙っていたジ・ラウが喧騒を割くような声で、注目を自分とシゥ・ラウに集める。


 一瞬狼狽えたシゥ・ラウだったがすぐに表情を穏やかなものにし、まるでわかっていないと言わんばかりの表情を作る。

 

「説明も何も、そこのカバ・ラウの勘違いじゃろ。儂が頼んだのは食糧庫の仕分けで、この先寒くなってくるから配当量をわかりやすくするために、半分にしておいてくれと頼んだんじゃ。」

「では、積荷として用意したわけではないと。」

「そうじゃ。さっきから言っている。儂がアクバィラウと裏で繋がっていて、食糧を横流ししてるなんて根も葉もない嘘じゃ。」

「そこまで言うなら、そうなんでしょう。大変失礼いたしました。」

「のぉ、ジ・ラウよ。お主の客人は本当にバルインからの使者なのか?ありもしない疑いをかけて、首長の容態を回復させるなんて、儂はこいつらを信用できんぞ。なぁ、みんなどう思う?」

 

「シゥ様の言うとおりだ!」「お前ら使者である証拠を出せ!」「そうだ、そうだ!」

 

 流れが変わる。ここまで、攻勢一方だったリオン達が窮地に追い込まれ始めた。


 ジ・ラウはリオンの方をチラリと確認するが、リオンとパドンカは表情を変えずすまし顔だ。

 

 書状を見せろや、なぜドワーフがいないんだと島民達はリオンとパドンカ、そしてジ・ラウに向けて様々な言葉を投げかけ続ける。ジ・ラウはそれまでなんともないような表情を演じていたが、ここまで収集がつかなくなると次第に焦りだし、挙動不審になってくる。


「ジ・ラウよ、この茶番は一度終いにせんか?お主達がどんな企みをしてるのかは知らんが、こうなった以上集会は続けられん。リオンと言ったか、お前の不遜な態度は一度だけ許してやろう。さっさと終わりにしてバルインに帰るんじゃな。」

 

 数刻前の急顔は微塵も感じさせず、取り巻きとヘラヘラと談笑し始めた。


「リオン、無理だ。作戦通りいかない。また次の機会にするしか、」

「次の機会なんてあるわけない。今を逃せば好機は二度と訪れない。私たちバルイン主導の交易圏も、ジ・ラウさんがこの島の首長になる事も。」

 

 リオンの瞳には強い意志が篭っている。その熱にやられて馬鹿げた作戦に乗ってしまった。一度乗せられてしまったんだ。それなら二度目も変わらない。ジ・ラウは腹を括る。


「おい、もう帰っていいんだよな。」「忙しい時期なんだ。」

 聖堂の大扉を開けようと体格のいい何人かが手をかける。


「ダメだ!話はまだ終わってない。この島の行く末を決めると言うのに山羊の心配か?それだから私たちススの民は下に見られる。違うのか。」

「なんだと、」

 

 顔見知りなのだろう。帰りを急いでいた1人がジ・ラウの顔を睨みつける。

 

「出鱈目言って、この島の不幸の道に引き摺り込もうとしてるのはお主らじゃ!」


 ここでリオン達を完全に摘み取れると判断したのか、シゥ・ラウは一気呵成に責め立てる。その炎を大きくしようと取り巻きが続く。島民の敵意が全てリオン達に注いでいるような感覚に陥る。

 

 それほどまでに誹謗の大合唱。ジ・ラウは何度かリオンの様子を確認するが、一切表情を変える事なく佇む。パドンカは何も考えていないような様子で呆けている。

 

 リオンはさておき、パドンカの様子は本来頼りないはずなのに、こんな状況だと彼の無神経さがジ・ラウの背中を押してくれているような気持ちになる。


 時間にしてはそこまで長くないが、一生で受ける悪意や敵意の量は余りが過分に出来るくらい貰った。焦ったく思った何人かは聖堂から出ていき、苛立ちを隠せない者はリオン達に物を投げ込み始めた。

 

 これじゃ、好機も何も、とジ・ラウは次第に諦めが浮かび始める。

 突然ドタドタと聖堂から出て行った者達が帰ってくる。それも焦った様子で。

 

「「海賊が来たぞ!!」」


 報告を聞いて、聖堂内には緊張感が走る。皆一様にどうしたらいいのかわからない様子だ。


「儂が出よう。」

 

 シゥ・ラウが立ち上がる。島民達は自然に手を叩く。シゥ・ラウは内心ほくそ笑む。これは時期首長は儂じゃなと。

 そんなシゥ・ラウを見て、リオンは勝ちを確信した。アクバィラウにおけるリオン達の行く末を。

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