第27話
アクバィラウには木造の建築が波止場のみで、ほとんどが岩を削りくり抜いた建物。リオンは迷宮都市の事を思い出す。地下に伸びるだけでなく、岩山も中をくり抜き、棲家としている。
ジ・ラウの話では、現在アクバィラウの首長が病床に伏しており、それが一番の悩みだという。心配された食料問題は、首長が万全な頃、豆の栽培と山羊の牧畜を積極的に行うように指示したため、その心配は杞憂に終わった。
「マデ・ラウの病はセケナスの呪いと呼ばれていて、首長や年寄りがよくかかるんだ。必ず死ぬ病では無いんだが、一度かかると何度も繰り返す。どんどん体力を奪われて、弱って死んでいく。だから呪いなんだ。」
ジ・ラウはアクバィラウをリオン達にひと通り案内し終えると、客間に迎えた。バルイン産の道具の取引をするためだった。
「マデ・ラウさんは、今どこに?」
「ラウの部屋に。そこで闘病を。」
「病態はどんな感じなのでしょうか。もし、」
「申し訳ないが、あまり詳しい話は。」
「失礼しました。」
それもそうだろう。バルインの使者として認められたがリオン達は余所者。また、仮に裏でクラウティスと手を組んでいて、アクバィラウを襲う機会を狙っているなんて事を考えれば、首長の容態を詳しく喋るなんてあり得ない事だ。
「それで、アクバィラウでは何が欲しいの?」
無礼を気にしてリオンが一歩引いたタイミングで、タマリが本題に入る。
「何が、と言われてもな。そりゃ全部欲しいさ。アクバィラウは鉱石を掘ってなんぼなんだ。ツルハシやハンマー、スコップは今あるやつをどうにか直しながら使っているし、山羊を育てて食うようになってから、必要な道具も増えた。ナイフとかも研ぎ石があっても上手に研ぐ技術がない。言い出したらきりがないぞ。」
「それでは聞き方を変えます。この島にある食料半分を代金にして、その分必要なものを提示してください。」
「半分って、」
「先ほど見た山羊の成長具合的に、もう直ぐで屠殺される個体が多いと見受けられましたわ。他にも、チャリ豆は成長が早く、大きな身をつけるのが特徴のいわゆる救荒作物の一種。他にも何種類か育てている事を考えると、相当な貯蔵が予想できますわ。つまり、半分を失ったとしてもアクバィラウは傾かないはずでは?」
「嬢ちゃん、それは厳しいよ。確かに、山羊はあと何晩かすれば、肉になる。今回は数も多い。豆だってうまく乾燥出来るようになったおかげで結構貯めてるのも当たってる。けどな、カムナバの日があったみたいに、いつ何が起こるかわからん。そんな大変な事が起きた時、金属は腹の足しにはなってくれねぇ。半分は、無理だぁ。そもそも一人じゃ決められるわけがね。」
交渉は平行線だった。タマリの考えからすると、食べ物に困っている島はこの先多く出会う可能性が高い。それならば、岩場という特殊な環境だからこそ、金属道具を重宝し、重要視するアクバィラウでまとまった約束を取り付けたいのだ。
その焦りが、結果として交渉の邪魔になっている事は確かだった。
「それでは、全体量の3割では、」
「なんべんも言うけども、食料と道具で取引するのは了解してる。けどな、バルイン側からの話なんだ。こっちが先に品物を提示してどうするんだよ。」
「それは、」
まるでうまくいかない。パドンカは交渉に不向きだと考え、アクバィラウ内を見て回ってもらっている。そのため、出鼻を挫かれたリオンと、焦って主導権を握れなかったタマリの2人が、挽回しようと頭を悩ませるしかなかった。
それゆえに生じる沈黙。本来、交渉の場で沈黙が起こっていい場面は自分達が主導権を握った時のみ。
最初の交渉としては最悪の結果になりかけていると言っていいだろう。
「みんなに聞いてみないとわからないからよ、今晩集会開いて、そこで必要な道具が何か聞いて回るから。話し合いはまた明日でええか?山羊の面倒見なきゃいけねんだ。」
これ以上引き留める理由はない。しかし、ここでジ・ラウを送り出した瞬間、今回の交渉は成功とは呼べなくなる。
アザリ交易圏を復活させるというのは、今まで通りアザリがいれば数年でできるだろう。しかし、代表であるアザリの欠員が起きている現在、それを意味するのは単なる代表者空席という事だけでなく、信頼の担保や、安全性の証明が行えないという事だ。
疑心暗鬼の中、公平な交渉など行えるはずもない。実際、アクバィラウの対応はリオン達を怪しんでいるからというもあるだろう。
仮に、食料を半分取られて道具も貰えませんでしたと、なればアクバィラウは窮地に落とされる。また、アクバィラウは食料に余裕があるから良いかもしれない。けれど、この先、余裕のない島と交渉する際に、リオン達をバルイン側に信用に足る何かがない限り、アザリ交易圏の復活は夢のまた夢だろう。
その信用に足る何かというのが、大量の食料であり、多くの島と公平に取引したという事実なのだ。この2つを持つ事で、主導権を持った状態で、円滑に交渉出来るようになる。
主導権を握り続けるというのは、重要な事で最初下手に出てしまえば、様々な予想ができる。例えばアクバィラウを中心とした取り引きが主軸となったり、貧しい島が搾取される事もあるだろう。
仮の代表として立て直すには一度たりとも主導権を渡してはいけないのだ。
この願いが初回から頓挫してしまうとは、思わずそれが理由でリオン達の動揺も大きくなってしまっている。
焦る内心を隠しながら、リオンは一度深く息を吸う。岩に覆われた天井を見て、再び迷宮都市ミレアを思い出す。深層に潜るか、地上に上がらなければ見られない空の青さと、陽の匂い。
そこでふと思い出す。マデ・ラウの罹るセケナスの呪いと、ミレアで聞いた炭病の症状の類似点。
「ジ・ラウさん、セケナスの呪いについて聞いても?」
「その話ですか、」
「いえ、答え方はあるかないかだけで大丈夫。」
「まぁ、それなら。」
「話では、アクバィラウは昔からそのセケナスの呪いがあるんですね。」
「はい、」
「再発の頻度が高く、弱って死んでいくから呪い。」
「そうです。」
「症状は、咳と呼吸が浅くなる。そして突発的な呼吸困難と、黒い唾液。動きが悪くなり、徐々に体力と筋力が落ちていって、ある日声も上げずに死ぬ。」
「なんでそれを、」
「セケナスの呪いの正体と、治し方を教えるって言えばどうしますか。」
「どうするって、」
「すいません、あるか、ないかで答えられる内容ではなかったですね。言い方を変えます。私の知るこの秘密を足したら半分の食料と交換していただける可能性は?」
ジ・ラウは少し黙って悩んだ後、
「ある。可能性はある。」
リオンはつい笑みが溢れる。タマリも二人のやりとりを聞いていて、立ちはだかる大きな壁に亀裂が入った事と確信する。
「だったとしても、集会を開く必要ある。首長が倒れている現在、何を決めるにも集会での採決は必須なんだ。」
「それなら、2つ、協力して欲しい事があるんです。」
リオンはそう言って不敵な笑みを浮かべた。
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