第24話

「おい、リオン。近くで戦闘してにゃいか?」

 白猫獣人のアプは、斥候を担当している。獣人特有の身体能力の高さと、猫獣人特有の感知能力の高さを利用し、周囲の警戒は彼女に任せている。

 

 そんな彼女からの報告。ダンジョン二十階層から帰還して来たリオン達は出来るだけ戦闘を避けたいし、人目につくことも控えたい。が、しかし。


「この音、おそらく一人だにゃ。一人が囲まれている。魔物の数はわからにゃいがそれなりの数がいるにゃ。一人の方は今にも倒れそうにゃ。」

 

 彼女は優しすぎる。ここがもし十階層よりしたなら、一人を見殺しにしたかもしれないが、ここは三回層。疲労困憊の自分達でも苦労しないはずだ。そう判断し、リオンは指示を出す。


「アプとセリケアは直ぐに応援に向かえ、私とタウラ、デルマテオは周囲を警戒しながらそちらに向かう。もし危険と判断したらアプは咆哮を使え。その時は、アプ。わかっているな。」

「うん。自分の命だけを優先して逃げる。」

「よし。それじゃあみんな頼む。」


 一同は何度も繰り返されたこの手順に従い、各々の行動に入った。


 ――――――――――――――――――――――――――――


 ブラールは目を覚ます。後を引く眠気と、まだ本調子ではない身体の痛みを抱えながら、意識ははっきりと映り始める。意識の目覚めと共に思い出す、これまでの記憶。それと同時に湧き起こる現状への理解。


 本能で動いていたあの間も朧だが記憶は残っている。意識を失って、何秒だ、このままでは死ぬ。直感がそう働くよりも早く体が動き出す。目の前にいるものの殲滅を。

 視界はまだぼやけているし、聴覚、嗅覚ともに覚めていない。その分触覚だけは鋭敏に覚醒する。

 

 横だ、気配のある方向へ全力の掌底打ち。しかし当たらない。ならばと、牙を使い噛みちぎろうと顎に力を込めたところで全身に強い圧がかかる。

 これは死んだ。見えなくてもわかる圧倒的な暴力の存在。勝つ事を放棄したブラールは瞬時に逃げへの思考に切り替わる。けれど道の方向は鋭く磨いた触覚では分かりっこない。せめて目が映れば、と思ったその時、


「おい、獣人。何をやっている。」

 

 冷たく鋭い声、本能で熱くなっているブラールは冷や水をかけられたみたいに、沸き立つ闘争本能が鎮まる。

 声の主は続けて、

「その身体で襲ってどうする、勝ち目のない戦いは今すべき事ではない。それより、意識が目覚めたのならもう一度ベッドに横になった姿勢に直して待っていろ。あいつら呼んでくる。」

 

 あいつらとは?そんな問いが浮かぶほどブラールは冷静さを取り戻していなかったが、ブラールの信じる本能が戦いは死を意味すると主張する。その主張を信じ、言う通り数秒前と同じ格好に直った。


「どんにゃ様子だった?」

 ブラールがデルマテオに諌められ、大人しく横になった後、拠点の居間では、アプとセリケアが自分たち以外の様子を窺っていた。

 

「タウラの処置が良かったようで、目が覚めるなりデルを噛み殺そうするほどピンピンしてたらしいぞ。」

「そりゃよかったにゃー、今リオンとデルが見てるのかにゃ。」

「デルはギルドに報告に行ったからタウラとリオンが灰色狼を見てるぞ。」

「その二人にゃら安心だにゃ。」

 

 アプは大きく欠伸をして自室に戻っていく。セリケアはわかっていた。灰色狼の獣人を助けようと言い出した責任感と、同族では何しても、獣人への心配。拠点に戻り、灰色狼の彼が目を覚ますまでの3回の鐘の間、ダンジョン攻略の疲れを仮眠をアプだけ取らなかった。

 

 誰かが襲ってくるはずもないのだが、アプにとっては関係なかった。目の下にできた隈と、吐息の漏れるすぐに息切れする疲労感、尻尾や耳の状態から見ても、休まず警戒していたことは明白だった。


 安心とわかったアプはこの後12回の鐘を眠るのだが、それはまた別の話。


 ブラールの部屋では、リオンとタウラが見下ろす形で会話が始まる。

 

 当時のリオンは80年ほど生きていたが、灰色狼の獣人を見るのは初めてだった。そもそもそも狼の獣人自体珍しい。先祖返りで犬歯がとても鋭く、嗅覚、柔軟性、が周りより優れている犬獣人とは一緒に戦った事があるが、彼とは雰囲気からして全く違う。

 

 警戒とは別物だが、目の前の少年への視線は緩めずにいる。対照的に、タウラはいつもと同じようなふわふわした様子のまま、自分の処置した怪我の箇所とブラールの表情を交互に見ている。ファイリス信徒のさがともいえる慈愛の意識がそうさせているのだろう。


 二人を前にしたブラールは冷や汗をかく。おそらくどっちにも敵わない。さっき来た長身と男にも勝てるイメージが一切湧かなかったが、この二人は違った恐ろしさ。エルフの男は攻撃できる隙がない。どんな手段を取っても、自分が地に伏している結末しかイメージ出来ない。

 

 目元を隠したおそらくひと族の女は、いくらでも攻撃できるがそのどれもが致命傷になることは無く、心と体力が疲れ果てるだろう。

 

 これらの予想はブラールの直感的な想像だが、もし本気で戦うなら、どちらもその直感通りの結末に帰着していた。ブラールの本能の精密さ、性格さは、優秀の域を超えている。


「灰色の、君の名前は何という?」

「リオン、そんな言い方ダメでしょ。それに灰色の、って呼び方も。」

「いえ、大丈夫です。全然慣れっこですから。僕はブラールといいます。名前もない田舎の村から、ここまで来ました。」

「ブラールか、聞かない響きだな。」

「そうね。ファイリス様とは違う信仰が根付いているのかも。」

「神や天使の名前を、皆がつけるわけじゃないんだぞタウラ。」

「リオンだって世界樹信仰の影響受けてる名前のくせに、」

「それは、親がなぁ、」

「ブラール君は、最近来たばっかりって事?」

 

 話が長くなりそうだったのでリオンの答えを無視してブラールに声をかける。

 

「いつかはわからないんですけど、時計塔が青色の時に来て、赤紫に多分意識が、」

「え、じゃあ青から意識が途切れるまでずっと起きてたの?」

「はい。」

「この子、良い意味でも悪い意味でも大変だ。二日半、もしかすると三日半、意識なくなるまで動き回ってたなんて。」

「何も良くないだろ。休んだり、効率よくするのも才能の一つだ。無理したらどうにかなると思っているようではいつか死ぬぞ。」

「それはそうだけど、」 

「すいません。ほんと、その通りです、あ、えっと」

 

 リオンとタウラは自己紹介していなかった事を思い出した。

 

「私タウラで、彼がリオン。表情暗そうだけど、根は明るいよ。パーティー組んでて、リオンがリーダーで、私はタンク兼ヒーラー。あとで他の3人も紹介するね。」

「ありがとうございます、タウラさん、リオンさん。リオンさんの言う通り、皆さんがいなけば僕は、、」

「辛気臭い面をするな。助かったのだから、ブラールの今しなきゃいけない事。それを考えるんだ。私と違って君たちは時間を気にして生きなければならないのだから。」

 

「リオン、またそういう言い方する。この前デルと喧嘩したのもリオンがそういう事言ったからでしょ。反省してない。」

「すまない。悪気はないんだ。」

「それを決めるのはこっちですよー!」


 リオンは申し訳なさそうにタウラに頭を下げる。リオンに悪気がない事をタウラ達はよく理解しているが、リオンの持つエルフ特有の死生観か、時間との向き合い方は昨日言って今日治るような話ではないという事実が少しモヤッと胸の中に残るのだ。


 リオンとタウラはその後ブラールの容態を確認し、念のため栄養をとって今日は眠る事を勧めた。ブラールもそれに応じて、明日の朝今後への詳しい話し合いを設ける事になった。


 ブラールと出会ったリオン達は、その後紆余曲折ありながらもブラールを仲間に加え、ダンジョン探索に精を出した。

 

 30階層のボスモンスター撃破の記録を塗り替え、最速での撃破をしたり、隠し階層を発見しミレア全体から称賛を浴びたり、コロシアムでの激闘、貴族殺しの濡れ衣、国宝級のアイテムの獲得など、様々な体験と、冒険を重ねていった。


 リオンがドワーフ達に語る出会いの話はとりあえずここまで。リオンが求めるのは、この先紡ぐ新たな冒険の物語だから。

 

 

 

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