第6話 「二本牙」

 「全く、あいつはどこへ行きやがったんだ?」

 一方その頃、町から少し外れた森で、ウンケイが焚火に当っている。周囲は開けており、見上げれば沢山の星が輝く夜空が広がっている。

 「ここの夜空は綺麗だな」

 ウンケイが、空を見上げながら横になる。すると、ウンケイの後ろの茂みに二つの目が光る。

 「酒でも飲みてぇもんだな」

 ウンケイは、気づかずに夜空を見上げている。ガサガサ! すると茂みの中から、大きな刀を持った大男が突進して来る。しかし、ウンケイがそれを間一髪で避ける。

 「くそ! 何だ!?」

 ウンケイが振り返ると、男はそのまま大木にぶつかる。すると、その木が斧で切ったように倒れていく。

 「よく避けたなぁ」

 男が振り返る。男はウンケイにも勝るほどの巨体で、頭にはかぶとを被り、両手にはまるで象牙のように湾曲した大きな刀を二本持っている。ズシーン! 後ろで大木が倒れる。

 「何だてめぇは?」

 「ケケケ。おいらはビルサ様の“二本牙にほんきば”の一人、”鈍牙どんがのバンキ”様だ。ビルサ様に、極秘でお前の始末を任された」

 バンキと名乗る男が、両の刀をガシガシとぶつける。

 「極秘なのに、丁寧に自己紹介に、依頼主まで教えてくれんのか。さてはてめぇ馬鹿だろ」

 「げ! ・・・で、でも、お前はどうせ死ぬんだから関係ねぇ!」

 バンキが顔を真っ赤にして、火花が散るほど両の刀をぶつける。

 「俺はウンケイ。あの木を寝床にしていた動物もいただろうに」

 ウンケイも薙刀なぎなたを拾い上げる。

 「動物なんかの心配するなら、てめぇの心配しやがれぇ!」

 ビュッ! バンキが見た目に寄らぬ速さで突進してくる。ガン! それをウンケイが薙刀で受け止める。

 「俺の突進を止めるとは、やるなぁお前」

 ウンケイが薙刀を振り、バンキが後ろへ避ける。

 「ケケケ。久しぶりに骨のある奴だなぁ」

「ふん。悪いがこの骨、お前には断てねぇぞ」

 「お前生意気だなぁ!」

 ガンッ!! 再び両者がぶつかり合う。



 一方、城下の長屋前。しゃらくが男に飛びかかる。ガシャーン! 向かいの建物にぶつかる大きな音と共に、土煙が巻き上がる。

 「・・・」

 家の奥で少年が呆然としている。すると、しゃらくが少年の母親を抱いて、少年のそばに着地する。

 「おい! 大丈夫か!?」

 母親の意識はあるようで、瞑った目に力が入っている。すると、しゃらくが呆然とする少年の肩を叩く。

 「しっかりしろ! 傷は浅いから死にやしねェ!」

 しゃらくの声で少年が我に返り、母親に駆け寄る。しゃらくは、母親を少年に任せて立ち上がる。すると土煙の向こうでも影が動く。

 「ケケケ。痛ぇなぁ。いきなり蹴ることないだろう」

 「いきなり斬ることねェだろ。あの人に恨みでもあんのか」

 「恨みぃ~? ケケケ。あんな女知らねぇなぁ〜。俺はお前に用があるんだよ」

 男はニヤニヤと笑いながら、しゃらくを指差す。しゃらくの体に力が入る。

 「・・・おれに用なら、刀は俺に向けろ。ゲス野郎」

 しゃらくが拳を握る。男も二対の刀をしゃらくに向ける。シュッ! 男が消える。すると、しゃらくの肩から噴水のように出血する。見ると、刃物で斬られたような切り傷ができている。

 「ケケケ。俺の刃は鋭い切れ味。痛いかぁ?」

 後ろを振り返ると、屋根の上に男が立っており,刀に付いた血を舐めている。

 「今までの侍とは動きが違ェな」

 しゃらくが、斬られた肩を押さえる。

 「そりゃそうだ。俺はビルサ様の二本牙にほんきばの一人、”鋭牙えいがのキンバ”。ビルサ様から、お前らを殺せとの命が出てな。お前如きに、わざわざ出向いてやったのさ」

 「そうか。おれはしゃらく。強ェから気ィつけな」

 「ケケケ。生意気なガキめ」

 シュッ! 再び、キンバと名乗る男が姿を消す。しゃらくが構える。すると、キンバが目にも止まらぬ速さで突っ込んでくる。しかし、しゃらくがそれを躱す。

 「何っ!?」

 キンバが驚きしゃらくの方を振り返ると、しゃらくが拳を振りかぶっている。バキィッ!! キンバが吹っ飛んでいく。

 「これであいこだ」

 しゃらくがニッと笑う。すると、向こうに倒れたキンバがむくりと起き上がる。

 「痛ぇなぁ。殴られたのは久しぶりだぜ」

 キンバの口元から血が垂れる。すると、キンバはそれを手で拭い、舐める。

 「苦いな。自分の血はよぉ」

 「敗北ってのは苦いんだぜ」

 しゃらくが再び構える。

 「ケケケ。まぐれで一発入っただけだ。図に乗るなよ」

 シュッ! キンバがしゃらくに刀を振る。しゃらくはそれをかわし、蹴りを入れるが、キンバもそれを躱す。目にも止まらぬ速さで互いに攻撃し合う。しかし、キンバは刀を持っている分リーチが長く、しゃらくの腕や脚に切り傷が増えていく。

 「ケケケ。どうした? 痛そうだなぁ」

 しゃらくが拳を振る。キンバがそれを後ろへ避ける。

 「もっと遊んでいたいが、もう終わりにするぜ」

 すると、キンバが二対の刀を交差させ、しゃらくに向ける。

 「一撃必殺 “鎌鼬牙かまいたち”」

 キンバがふっと消え、一瞬の内にしゃらくの体中が斬られる。

 「ぐふッ!!」

 しゃらくが後ろへ吹っ飛ぶ。全身が斬られ、血まみれになっている。

 「この技を受けて、立ち上がった者はいない」

 キンバが、刀にびっしりと付いた血を舐める。

 「ケッケッケ! 美味いねぇ! 勝利の味はよぉ!」

 キンバが大笑いする。そして家の中の少年を見る。少年は母親を抱え怯えている。

 「まぐれとはいえ、殴られたところを見られたのは心外だ。ケケケ。殺しておくかぁ」

 キンバが歩いて近づいていく。そして少年達の前で立ち止まる。少年は怯えて顔を上げることも出来ず、ただ母親を強く抱き締めている。

 「ケケケ。可哀想に。今楽にしてやるからなぁ。あぁ、安心しろ。俺は優しいんだ。母親も一緒に逝かせてやるからなぁ」

 そう言うとキンバが刀を振り上げる。少年がギュッと目を瞑る。刹那、ドォーン!! 大きな衝撃音がする。少年が思わず顔を上げると、目の前にいるのは親の仇ではなく、しゃらくの姿。しかしその姿あまりに異様で、目元は赤く染まり、爪や牙がまるで獣のように伸びている。

 「ガルルル・・・」

 異様な姿になったしゃらくの視線の先を見ると、キンバが家の壁を突き抜け、外で倒れている。するとしゃらくが振り返り、ニコリと笑う。

 「あァ悪ィ。あとで壁直すよ」

 異様な姿ではあるが、先程までと変わらぬ笑顔に安心したのか少年が気を失い、バタリと倒れる。

 「な、何故だ!? 俺の一撃をくらって、何故立てるんだ!?」

 キンバが殴られた頬を抑え、体を起こす。そして、しゃらくの異様な姿を見る。

 「・・・お前、もしや神通力じんつうりきの使い手か!?」

 「あァ。もうねェぞ、お前如きがおれを倒す好機は」

 しゃらくがニッと笑う。するとキンバも立ち上がり、刀を構える。

 「・・・ケケケ。神通力なんて、ビルサ様のもん以外初めて見たぜ」

 「へェ。おれ以外にもいんのか。そいつは楽しみだぜ」

 すると、再びキンバが二対の刀を交差させ、しゃらくに向ける。

 「だがもう終わりだ! 二度くらえば死ぬぜ! 一撃必殺 鎌鼬牙かまいたちぃ!!」

 キンバの姿が消える。すると、しゃらくが徐に手の平を外に向けて腕を交差させる。キンバが目にも止まらぬ速さで向かって来る。

 「“獣爪十文字じゅうもんじ”!!」

 しゃらくがバッと腕を広げる。ガキンッ!! しゃらくの後ろでキンバが倒れる。キンバの体には十字の傷ができている。

 「母ちゃんの仇は取ったぜ」

 しゃらくの顔の模様が消え、牙や爪が無くなる。キンバは完全に気を失っている。

 「ますます放っておけねェ。こんな危ねェ奴らがいたんじゃアな」

 しゃらくが遠くに見える城を睨む。十二支えと将軍幹部ビルサの根城は、月明かりに照らされ、怪しく輝いている。


 完

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