#21 一日の終わり
「あの……どうしてそこまでご存知なのですか? オズガルド様もジェフさんも、魔力鑑定の場には居なかったはずですが……」
『儀式』に立ち会っていた大勢の中には居たのかも知れないが、その後の魔力鑑定は限られた者だけで極秘に行われ、その中に二人の顔は間違い無く無かった。
「お爺ちゃん率いる宮廷魔術団も、本当は『招聖の儀』に立ち会う予定だったんだ。でも直前になってラモン教皇に言い掛かりを付けられて、追っ払われちゃったんだよね」
「言い掛かり?」
「宮廷魔術団と栄耀教会は昔から仲が悪くてね。加えてお爺ちゃんはラモン教皇とは個人間でも
「もっとも、そうなることは私も見越していた。だから追い返される前に、こいつを聖騎士の一人に取り付けてきたのだよ」
オズガルドが摘まんで見せたのは、一匹のトカゲ。
「成程、ジェフのトカゲか。そいつを通じて『儀式』や魔力鑑定の様子を覗いていたんだな」
「ただ、その後でこのトカゲは取られちゃってね。島を見張っていたノクターンが、外に脱出してきた君たちを発見するまでのことは分からないんだ」
私たちの脱出を予想していた訳ではなく、再び内部に使役生物を送り込むタイミングが来るのを待っていたのだろう。
「それで、お前たちは具体的に何を求めている?」
「情報が欲しいのだ。魔力皆無と判定されたはずのカグヤに、不可解な魔力が宿っているのは何故か? 三百年も経ってダスクが蘇った理由は? この二つに関係はあるのか? 我々は知っておきたい――否、知らねばならない」
「それは魔術師としての探究心でしょうか? それとも政治的な理由からですか?」
「両方だ。我らフェンデリン家は優れた魔術師を数多く
私からテルサの情報を得て、宮廷魔術団と栄耀教会の政治闘争を有利に運びたい、ということらしい。
「勝手を言っているのは分かる。しかしどうか協力して欲しい」
オズガルドが頭を下げ、それを見たジェフも倣う。
「これは宮廷魔術団としての活動か? それともあんたが個人的にやっていることなのか?」
「後者だよ。他に知っているのは我が妻エレノアだけだ。当主である息子さえも知らない」
秘密を知る者が増えれば、漏洩の可能性は増す。
そして
「君たちの身の安全と生活は、このオズガルドが保証する。要望があれば可能な限り応じよう」
栄耀教会にも同じことを言われたが、数時間後にはその約束はあっさり破られ、更には命を狙われた。
「ダスクさん、どうしましょう……?」
本当に彼らを信用していいものか、判断に迷う。
「君はどう思う?」
訊き返され、私は正直な意見を述べる。
「……こうして自邸に招いたということは、私たちに価値を見出し、興味を抱いているのは確かだと思います。それがある内は危害を加えられる心配は無いかと」
「こいつらと栄耀教会がグルでなければな」
栄耀教会とは仲が悪いと言っていたが、本当の所は分からない。
「だったらわざわざ助けたりしないよ?」
「そうだな、奴らと組んでいないという点は信じよう。だからと言って、俺たちにとって安全な人物という保証にはならない。ならないが……」
しかし、彼らの真意が別にあろうと、このまま栄耀教会に追われ続けるよりはマシだ。
私もダスクも、この世界またはこの時代についての知識が全く無い。
無知なまま闇雲に行動するのは、地図もガイドも無しに広大なジャングルを探検するのと同じ、単なる無謀だ。
考えた末に出した結論は、共に同じだったようだ。
「分かりました。まだあなた方のことを完全に信用した訳ではありませんが、ご厚意に甘えさせて頂きます」
今はオズガルドたちを頼る他に道が無い。
「感謝するよ。当面はこの地下室で暮らしてくれ」
人目に晒さないため、そしてダスクに関しては太陽の光にも晒さないためだ。
「妥当だとは思うが、俺とカグヤが同室では流石にまずいだろう。他にここのような地下室は無いのか?」
「大丈夫だよ。隣に同じ部屋があるから、君はそっちに――」
そんなジェフの言葉に割り込むように、私は咄嗟に口を開き、
「あの……私はダスクさんと一緒でも構いませんが……」
と、自分でも少し驚く発言をした。
「……一体何を言っているんだ。大丈夫か?」
「いえ、変な意味ではありません。ただ、その……聖宮殿で襲われた時が、丁度眠っている時でしたので……」
正確には一度は眠ったものの、ほんの数時間で目が覚めてしまった所を襲われた。
もしも目覚めること無く寝込みを襲われていたら、何も気付けないまま永遠の眠りに就いてしまったに違い無い。
「不安だから、眠っている間の見張りを頼みたいということか?」
「はい……」
この期に及んでオズガルドやジェフが襲って来るとは考えられないが、それでも先程の出来事がトラウマになってしまっている。
独りになりたくない。
独りになったら、また襲われるかも知れない。
そう思うと、不安と恐怖が眠気を奪う。
今の私にとって、ダスクは唯一信じられる相手。
ダスクにとっても、信じて貰えているかどうかは分からないが、少なくとも私を安全な相手だとは思っているはずだ。
「まあ、カグヤが構わないのなら、僕も別にいいけどね。ただダスクが相手なら、違う理由で襲われそうだけど」
「聖騎士との戦いで血は充分摂取した。仮に渇いたとしても、女性の寝込みを襲ったりはしない。必要ならきちんと断りを入れる」
強力な捕食者になったからと言って、彼は人間を牛や豚のような家畜や食料とは思っていない。
「あの、迷惑だったでしょうか?」
「いや……まあいい。そこまで言うなら引き受けよう」
困惑顔でダスクが承諾する。
そしてオズガルドとジェフが去り、部屋には私とダスクだけが残された。
「では、お休みなさい」
「ああ」
誰かと共に夜を過ごすのは、果たしていつ以来だっただろうか。
かくして、異世界での長く過酷な初日が終わった。
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