#12 暗殺指令
「テルサ様の要望通りに致そう」
実にあっさりと、ラモン教皇は決断を下した。
ここは応接室の隣の部屋。
全員でここでテルサの要望について相談する、と言いながら、誰の意見を聞くことも無くラモン教皇は結論を出した。
「殺すのですか? カグヤ様を……」
聞き違いではないかと、サファース枢機卿が慎重に確認する。
「然様。他に選択肢は無かろう? ――ゼルレーク団長、まずはカグヤ様を『特別客室』に案内せよ。要望通り、決行は今夜とする」
「御意」
ラモン教皇の命令を受けて、ゼルレーク聖騎士団長が退室しようとする。
「お、お待ち下さい……!」
思った以上に声に力が入ってしまった。
驚いたのか、その場の全員がピタリと動きを止めて私を見遣る。
「おいおいラウル君、教皇猊下の決定に異を唱えるのか? 身の程を
祖父でもあるラモンに口出ししたのが気に食わないのか、ザッキスが普段にも増して不機嫌を露わにし、私の肩を掴んだ。
「まあ良い、ザッキス。ラウルは真面目で優秀な青年、口を出すのはそれだけ職務に熱心ということ。発言を許可する」
言われ、渋々ながらザッキスが手を離す。
「寛大なお言葉、感謝します」
まず礼を述べてから、改めて意見を口にする。
「決断を下すのは、
人の生き死にを左右する決断は、慎重に下さなくてはならない。
死んだ人間は――アンデッド化は別として――決して生き返らないのだから。
「ラウルよ、其方はゼルレーク団長の子息なだけあって優秀だ。私も大いに期待しておる。されど聖騎士になってまだ日が浅い故に、
「は……」
ラモン教皇がポンポンと私の肩を叩く。
「良いか? お二人の過去など、この際問題ではないのだ。私は別に知りたいとも思わぬ」
「問題では、ない……?」
「元より異世界の事情、我らには確かめ様の無い話なのだ。重要なのは『聖女』であるテルサ様の要望という点である」
にこり、とラモン教皇が人の
「我らが神より与えられし使命は『邪神の息吹』を鎮めること。そのためには『聖女』テルサ様の御力が欠かせぬ。となると栄耀教会としては、テルサ様とは長期的な信頼関係を築いてゆかねばならぬ。そうだな?」
「
「しかし、もしここで要望を突っ
カグヤが退室するまで返答を控える、と言った彼女なら充分有り得る話だ。
『聖女』の機嫌を損ねて協力を渋られたために、救えるはずの者が救えなかった、などということになっては笑い話にもならない。
「何事も最初が肝心なのだ。元よりこの世界に存在しなかったカグヤ様が消えた所で、誰一人困るものではない。たった一人の生贄で良好な関係の礎が築けるのであれば、対価としては格安だ。其方もそうは思わぬか?」
「それは……」
一を捨てて万を拾う。
政治とはそういうものだということくらい、私とて分かっているつもりだ。
「本当にカグヤ様を暗殺するとして……
「案ずるな。カグヤ様は手違いで召喚されたため、丁重な謝罪の後、速やかに元の世界にお帰り頂いた、ということにすれば良い。どうせ確かめる
人知れずこの世界から消失するという点では、帰還も暗殺も変わらない。
最早ラモン教皇にとって、カグヤの命の重さは無いも同然らしい。
こうなると何だかカグヤが哀れに思えてきた。
こちらの都合で訳も分からず召喚されたかと思えば、こちらの都合で訳も分からず暗殺されるのだから。
しかし、テルサの言うように三人もの命を残酷に奪った殺人者であれば、そんな末路を辿るのも因果応報と言わざるを得ない。
サウル教に於いて親殺しは、聖職者殺し、皇族殺しに次ぐ大罪として扱われるが、そもそもどんな理由があろうと、生み育ててくれた相手を手に掛けるなど教義以前に道徳的、倫理的に赦されるはずが無い。
加えて宗教指導者の命まで奪ったとなれば、例えそれがサウル教と全く接点の無い異教であっても、同様の立場に就く者として、ラモン教皇の眼には
「教皇の名に於いて命ずる。今夜中に大罪人カグヤ・アケチを暗殺せよ。ゼルレーク団長、其方が直々に部隊を率いて討ち取るのだ」
「御意」
聖騎士団長である父を実行部隊の指揮官に任命する所に、ラモン教皇の本気度が見える。
「ラウルとザッキス君も加わってくれ。神への忠義を示す良い機会だからな」
本気なのは父も同じようで、いつものことながら眼に揺らぎが無い。
「喜んでお供致します。何ならこのザッキスが、殺人者カグヤを討ち取って御覧に入れます」
ザッキスに至っては、この事態を喜んでいる風にすら見える。
手柄を立てるチャンスと捉えているのか、それとも堂々と弱い者いじめができるチャンスと捉えているのか――恐らくはその両方だろう。
「ラウルよ、頼んだぞ」
「……御意」
笑顔の教皇に背中を押されては、もうそれ以上何も言えなかった。
教皇と枢機卿に一礼してから、早速歩き出した父とザッキスに続いて歩き出す。
「ラウルよ、少し待て」
「何でしょう?」
サファース枢機卿に呼び止められ、振り返る。
「その足の裾に付いているのは何だ?」
指を差された場所に視線を落とすと、何かが張り付いていたのが見えた。
暗緑色のそれは、最初は葉か何かと思ったのだが――
「ご心配無く。只のトカゲです」
人差し指ほどの長さの、どこにでも居そうなトカゲが一匹。
丁度近くの窓が開いていたので、摘まんだそれをポイと外へ放り投げた。
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