野良犬たちの午後 尚輝

「うーん、あまり大きな声じゃ言えないんですけど……中村雄介くんは評判悪かったですね。平気で仕事を休むし、いまいち当てにならない子でしたよ。相手によって態度が極端に変わるって話も聞いてます。常にサボることばかり考えている感じでしたね」


 人の良さそうな中年男は、顔をしかめ声をひそめて話す。実際に、性格はいいのだろう。でなければ、私立探偵と称する人物と話などしない。

 坂本尚輝は、訳知り顔で頷いて見せた。


「ええ、そのようですね。他の方も、そう言っていました。ただ、一月以上も行方不明となると、穏やかではないですよね。何か心当たりのようなものはないでしょうか? もしあれば、教えていただけると助かるんですが……」


 尚輝がそう言うと、中年男は顔をしかめた。


「いや、ないですね。彼とは、仕事以外の会話はなかったです。しかし不思議ですね。前にも、探偵の方がいらしたんですよ」


「えっ、前にも?」


「はい、あなたと同じくらいの年齢の方がいらして……なんでも親御さんに依頼されたとかで、あれこれ聞いていきました」


「親御さんに?」


 思わず聞き返すと、中年男はうんうんと頷いて見せた。




 尚輝は外に出て、ふうと一息ついた。もうじき、午後七時になる。にもかかわらず、昼間のような騒がしさだ。彼の目の前にあるのは、黒川運輸なる運送会社の倉庫である。二十四時間稼働しており、常に人が出入りしている。

 先日、バラバラ死体と化して発見された佐藤浩司。彼と組んで中年女をたらしこみ金を巻き上げていたのが、ここでつい最近までバイトしていた中村雄介である。

 もっとも、その中村も一月ほど前から行方をくらませているらしい。


 こいつは妙だぞ。

 何もかもが変だ。


 そう、妙だった。中村の両親は、息子をとっくに見限っていた。悪さを繰り返す息子の籍を、既に外していたのだ。だが、その両親に雇われたと言っている自称探偵が、彼の行方を探している。

 しかも本人は、一月ほど前から行方不明だ。


 尚輝はその場に立ったまま、途方に暮れていた。中村のように、両親から縁を切られる犯罪者は珍しくはない。彼らは幼い頃から両親に嘘をつき、裏切りを重ね、周囲に迷惑を振り撒いているケースがほとんどなのだ。度重なる家族への嘘、裏切り、逮捕、それに伴う負担……最終的には、家族を守るために切り捨てられる。

 自業自得、と言ってしまえばそれまでではある。だが、あまり気分のいいものではないのも確かだ。

 中村の両親が、息子のことを語る口調は淡々としていた。怒りも憎しみもない。完全に、自分たちとは無関係になってしまった者を語るようなものだった。

 そんな両親が、今さら行方不明になった息子を探すために探偵を雇ったりするだろうか?

 もっとも、万一ということもある。念のため、両親に聞いてみることにした。


 電話をかけ、聞いてみた結果は予想通りだった。中村の両親は、探偵など雇っていないと言っている。嘘をついている可能性もなくもないが、そんなことをしても何の得にもならない。

 では、誰が何のために?


 次に、鈴木良子のことを考えてみた。地味な服装に地味な顔。年齢は三十歳前後。決して不細工ではないが、かといって美人でもない。特に人目を惹くタイプではないだろう。

 そんな鈴木が、どんな理由から佐藤をバラバラ死体に変えたのか。



 

 尚輝は今まで、独自に調べていた。その結果、ひとつの可能性に行き当たる。


 ひょっとしたら、鈴木は中村を探しているのではないのか?


 そう……鈴木は中村と佐藤のコンビに引っ掛かり、金を巻き上げられたのではないか。その復讐のため、まずは手始めに探偵を雇い、中村を探した。

 しかし、中村は行方不明である。業を煮やした鈴木は、佐藤を拉致した。あのチンピラを、拷問した後で殺した。死体はバラバラにして放置する。あたかも、裏の世界の住人の見せしめとして殺されたかのように思わせるためだ。

 これは、あくまで仮説である。正直、論理の飛躍が過ぎている部分はあった。辻褄が合わない部分もなくもない。しかし、まずはそちらの線から探るとしよう。今の自分には、それくらいしか出来そうにない。


 そういえば……。


 黒川運輸の社員は、もうひとつ気になることを言っていた。中村は、バイトをしていた中年女と仲が良かったらしい。小林喜美子という名の子持ちのシングルマザーとのことだ。朝の九時から五時まで別の会社で事務員として働き、夕方の六時から九時まで、この黒川運輸でアルバイトをしていたというのだ。中村は、その小林喜美子と妙に仲が良かったらしい。

 ひょっとしたら中村は、ここでも女たらしの腕を振るおうとしていたのだろうか。コンビを組んでいた佐藤は別の仕事で忙しかったようだが、一人でやる気だったのかもしれない。


 気になるのは、その小林という女も、ほぼ同じ時期に行方不明になってしまったことだ。ひょっとして、手と手を取って駆け落ちでもしたのか? いや、それとも……二人とも既に鈴木に殺された?

 まさかとは思うが、念のためだ。まずは明日、小林喜美子の息子に話を聞いてみるとしよう。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る