怪来怪去 二
ゆーき
序
空を見上げる。ぽっかりと空いた穴の空。
丸く切り取られたその穴が、私に見える世界の形。
ここは水槽。綺麗な円柱状に縁取られた私の寝所。ここにいるのは私だけ。
私で満ちた水槽は心地よく、私の姿をしっとりと張り巡らせる。
このまま何も考えず、ゆらゆらと波に溶けてゆければどれほど幸せでしょう。
だけど私は見ていたい。空に輝くあの星を。夜に瞬くあの煌めきを。
だから私は見ています。波に揺られて見ています。
いつまでだってあの星を。
*
天井から裸のまま吊るされた電球から伸びた、床に届く長さの紐。それを引っ張ると、カチリと音を立てて古い照明特有の点滅を繰り返しながら部屋の電気が灯った。
照らされた六畳一間の部屋には勉強机といくつかの本棚。そして本棚から溢れて雑然と積まれた本の山があちこちにあった。
都はその隙間に強引に敷かれた布団で横になっていた。枕元にも昨夜の読みかけの本が置かれてある。
いつものように読書中に寝てしまったのだろうか。
見ると、読みかけの本には小さな栞が挟まれていた。恐らく、夜に様子を見に来た祖父が気を遣ってくれたのだろう。
被った覚えのない掛け布団と消えていた電気に、そう思う。
カーテンの隙間から漏れる朝日と、外から聞こえる鳥の声に耳を傾けながら、都は体を起こす。
つう。
何かが頬を伝った。
手を当てると、それは涙だった。
泣いていたのだろうか。どうして。なにか悲しい夢でも見たのだろうか。
そうしている間にも涙は溢れ、頬を濡らした。
「あ、うぁ……」
涙は、ぱたぱたと音を立てて薄闇色のパジャマに黒い染みを作っていく。
不思議なことに、涙が零れているのは右目だけだった。
涙はなおも流れ続ける。意味もなくただ頬を濡らしてゆく。
都は大粒の涙を流しながら、どうすることもできず、袖口で目を擦り続けることしか出来なかった。
………………………………
*
その村、川より離れし土地にありて、農耕難しと凶作に喘ぎにけり。
ある夜、彼方より眩いばかりの光の矢放たれり。矢は大地を穿ち、一帯を焼き尽くす。その後、穿たれた穴より夥しいほどの水溢れ出でし。
井戸に水が溜まるが如き様相に、村人、天の恵みと歓喜す。以後、村に水絶えることなし。
これを耳にせし大名、水湧く穴を改めるよう命ず。数名の家臣、穴の底に向かうもいずれも帰ることなし。
唯一、同行せし宣教師のみが戻りしも白痴の如き有様で、『
大名、これを祟りと恐れ、穴への立ち入りを固く禁ず。
以後、穴に近づく者、一人として居らず。
これが『
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