第11話 服部D
*
「ほ~……内装もいいじゃねえか。来るよ。きっと来るよ、これ」
病院内に踏み入ったディレクター服部は感嘆の声を上げながら、周囲を観察する。
「あの……服部さん」
「あ? 今度はなんだよ」
再び、AD山崎は彼に声をかける。
「あの金閣って人、どこから雇ったんですか? 何か、めちゃくちゃ胡散臭いんですけど、本物の霊能力者なんですか?」
金閣に聞こえない程度の音量で、山崎は尋ねる。それを聞いた服部は彼女の頭部を軽く平手で叩いた。
「痛っ⁉」
「おいバカ。んなこと言ってんじゃねえよ。先生に聞こえたらどうすんだ。高いギャラ払って雇ってんだから」
「……チッ」
「おい、テメェ。今、舌打ちしやがったな」
「は、服部さん。時間も押してますし、早く撮影をしないと」
二人の空気が悪くなっているのを見かねて、カメラマン古畑は間に入る。
「あぁ……そうだな。さっそく、取り高がありそうな場所に行くか」
*
「何か、あいつらめっちゃ仲悪くない?」
「というか、あのディレクターがやばいっすよ。パワハラっすよ、あれ
そのあまりに前時代的な
「ねぇ~今時あんな人間がいるとはびっくりだよ。パワハラとか最低だよね」
「え」
どの口が言っているのか。普段の彼女も、あの服部という男とそう変わらない横暴な態度だろうに。正直なところ、その姿が愛くるしい幼女だからこそ許されている部分はある。
「なに?」
「い、いえ……何も」
自分のことは意外と客観視できないということだろう。ライトはどこかあの山崎というADに仲間意識を持ってしまった。
*
「よーし、ここらで霊視でもしてみるか。じゃ、金閣先生。よろしくお願いします」
「うむ」
一階診療室に、五人は集まっていた。服部が合図がすると、金閣と呼ばれている霊能力者が前に立ち、何やら念仏のようなものを唱え始める。
「南無阿弥陀……南無阿弥陀……おぉ見えたぞ。ここに蔓延る霊たちが……なんと言うこことか。皆、無念を抱えておる……ここで起きた医療ミスによって、多くの命が失われた。老若男女、様々な霊が、まだ成仏できずに、この世に留まっておるな」
「ひぇ~……怖いです~……」
アイドルの苺はわざとらしく声を上げる。
ガタンッ
金閣の霊視により、全員の緊張感が高まっていたまさにその時――何か、重量感があるものが、落下する音が病院内に鳴り響いた。五人は一斉に、肩を大きく震わせる。
「な、なんだ……今の音。隣の部屋か?」
先ほどまで威勢のいい声を出していた服部が、急にしおらしくなった声で呟く。
「ふむ……霊が何か、主張をしているのかもしれんな」
「……おい、山崎。お前、ちょっと見てこい」
「は、はぁ⁉ な、なんで私なんですか! 服部さんが見てくればいいじゃないですか!」
その突然の提案に、山崎は声を荒げる。
「いいから行ってこいよ。誰が給料出してると思ってんだよ。後ろからカメラで撮っててやるから」
「――っ」
それを引き合いに出すのは反則だろと言いたげな表情で、山崎は服部を睨みつける。
「わ、分かりましたよ……ちゃんと、ついてきてくださいよ」
仕方がなく、山崎はそれを了承する。彼女を先頭に、五人は音の発生源である隣のトイレへと移動した。
「……ここから、聞こえてきましたよね。何もないですけど」
「じゃあ、トイレの扉を一個ずつ開けてみろよ。ほら」
「――あぁ、もう……分かりましたよ。やればいいでしょ」
背後からの服部の指示に、半ば自棄になりなら、山崎は個室の扉を開けて、確認する。その様子を外から眺めていた四人は息を呑みながら、ただ見守っていた。
そして、最後の四番目の個室が開けられる。
「……何にも、ないですけど」
「ちゃんと奥の方も見ろよ」
「いや、本当に何にもないですよ。自分で見ればいいじゃないですか」
「んだよ、つまんねえな……」
悪態を吐きながら、安全を確認した服部は自身もトイレの中へと足を踏み入れる。
「オイ! 幽霊! もう終わりか⁉ もっと何かしてみろよ! これじゃ売れねえだろ! 直接出てこいよ‼」
「ちょ、ちょっと……大きな声出さないでくださいよ……」
「どうしたっ⁉ もう一回、やってみろよ! ビビらせるだけかっ⁉ ああん⁉」
*
「な、なんだこいつ……」
「幽霊より、あいつの方が怖いっすよ」
まさか、少し脅かしてやったら、向こうから挑発されるとは思わなかった。サヤとライトはその奇妙な光景に絶句しながら、モニターを眺める。
「で、どうするんか。あんなこと言ってますけど」
「いや……もういいわ。何かこれ以上やっても、あいつ喜びそうだし、朝まで待つわ」
「……え。マジっすか」
その意外な一言に、ライトは驚く。それでは事実上の降参発言ではないか。彼女らしくない。
「私はしっくり恐怖が蓄積するのを楽しみたい派だからねぇ。あのディレクターが元気なうちは全部台無しにされそうだし、とりあえず様子見で」
「でも……それだと、何もしないで帰しちゃうってことじゃないですか」
そう、幽霊が活動できるのはあくまで日没の時間帯。太陽が昇ってしまえば、時間切れ。それが暗黙の掟だ。サヤなら、当然このルールも承知しているはず。まさか、本当にあの一行を見逃すつもりなのだろうか。
「そうだねぇ。無事に太陽が昇って、脱出できたら、ね」
にやりと、サヤは不敵な笑みを浮かべた。
*
それから、数時間が経過した。
「クソ……出ねえな……」
明らかに苛立ちを隠せない声で、ディレクター服部は愚痴を漏らす。
最初の物音以降、取れ高はゼロ。いくつか降霊の道具も持参していたが、効果はなし。こんな映像では売り物になるわけがない。せっかく、よく出ると噂の廃病院を聞きつけて、普段は雇っていないゲストまで呼んでいるのに、このままでは赤字間違いなしだ。
「服部さん。もう、いいんじゃないですか。時間も押してますし、そろそろ出ましょうよ」
AD山崎は撤退を提案する。
「馬鹿かてめぇは。あいつらには高いギャラ払ってんだぞ。何も撮らずに帰れるわけねえだろうが」
服部はいつものように、山崎の頭部を軽く叩く。
「……っ」
「おい、古畑。カメラはどうだ? 何か撮れてるか?」
「い、いえ……特に何も」
「んだよ……マジでいねえのか? ざけんなよ……」
カメラマン古畑の報告に、服部は頭を抱える。
「最初に服部さんが刺激したから、幽霊も引っ込んだんじゃないですか?」
「……あ?」
その山崎の一言に――彼の苛立ちは最高潮へと達してしまった。
「なんだ? つまり、あれか? 全部俺のせいって言いたいのか? 俺が怒鳴ったから、幽霊様がビビって出なくなったってことか?」
「い、いや……別にそこまでは……」
「んなわけねえだろうが! 幽霊がビビるわけねえだろ!」
再び、山崎の膝へ蹴りが入る。
「痛ぁ⁉ そうやってすぐ暴力に訴えるの、やめてくださいよ! 訴えますよ!」
「おう上等だゴラァ! やってみろよ!」
「ふ、二人とも……ちょっと……金閣さんと苺さんも見てますから……」
慌てて、古畑が仲裁に入る。
「とにかく……服部さん、さすがに、もうこれ以上の撮影は厳しいですよ。お二方のスケジュールもありますし、ここで締めておかないと……」
「……チッ。わーったよ。終わりにすりゃいいんだろ。終わりにすりゃ」
舌打ちをして、不機嫌そうに頭を掻きながら、服部はエンディングの撮影へと入る。現在時刻は午前四時十分。日の出まで、三十分を切っていた。
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