第10話 新規様ご案内
*
「にゃんにゃんにゃ~ん」
「ニャア」
「にゃっにゃっにゃ~ん」」
「ニャア」
「…………」
どこからか入り込んだ黒猫と会話するサヤをライトは冷めた目で見る。いい歳して恥ずかしくないのかと言いたいところだが、そんなことを口に出したら即鉄拳制裁だ。
しかし、一体どこから来た猫だろうか。二人がいる病院の地下は一般人が踏み入らないように、電子ロック付きの錠前が設置されている。そもそも、ここに繋がる階段すらも、発見されないように普段は隠しているのだが――謎である。
「ん。ライト。
「はいはい……」
ライトは室内に設置されている虫籠の蓋を開ける。そこには一匹のヘラクレスオオカブトが佇んでいた。めちゃんこ強いヘラクレス一号。略してメンヘラ一号。実にくだらない名前。
このメンヘラ一号はサヤが幼虫の頃から育てており、先月ついに羽化した個体である。なぜこんな女の子らしさの欠片もないペットを飼っているのかも謎ではあるのだが、彼女の奇妙な趣向は今に始まったことでもないだろうと思い、ライトも気にしないことにしていた。
「……どうでもいいっすけど、その猫って先輩のこと見えてるんすか?」
「ん? 見えてるけど」
「ニャア」
「へ、へぇ……」
まさかとは思ったが、本当に見えているとは。動物は人間には知覚できないものを感知できるとは耳にしたことがあったが、どうやら事実のようである。
「不思議っすね。人間は見えないのに、動物は見えるなんて」
「ま、人間でもたまに見えるやつもいるけどね。私は見たことないけど」
「え? 先輩でも見たことないんすか」
「うん、ゼロ」
十年以上、この病院で暮らしているサヤでも見たことがない。存在するとは言っても、かなりの低確率だろう。果たして、この病院に幽霊が見える人間が訪れる日は来るのだろうか。
「やっぱり、その手の能力持ってる人って少ないんすね」
「そりゃあ、ねぇ。テレビに出てるやつも、全員インチキだと思うよ、あれ。本物なんて、本当にいるのやら」
「ニャア」
そんな話をしていると、黒猫が壁に向かって、かりかりと爪を立てていた。どうやら、外に出たいようである。
「おっ、もう出て行くのか。じゃあ、またね」
そう言うと、サヤは壁を軽く押す。すると、どうだろうか。回転扉のように壁が回り、黒猫は外に出て行ってしまった。
「え……なんすか、その仕掛け」
「地上に繋がってる隠し通路だけど」
「えぇ……そんなの初めて知ったんすけど」
まさか、まだ自分の知らない仕掛けがあるとは。ここまで来ると、さすがに驚きよりも呆れが勝ってしまう。
ピー
「おっ、ちょうど客も来たね」
来訪者を知らせるセンサー音が鳴り響く。三日前に黒木一行が訪れて以来の来客である。正面玄関を移すカメラをチャックしてみると、一台のワゴン車が停止していた。
「車持ち、ねぇ。これはちょっと期待できるかも」
「期待? どういうことっすか」
「ほら、車持ちって大体遠方から来るじゃん? それに、車で運ぶだけの荷物も運んでるって可能性もある。ってことはさ……」
ちらりと、サヤはモニターの方を確認する。どうやら、今回もかなりの人数らしい。全部で五人。しかし、少し奇妙な点がある。
どうも、乗客の年齢差が激しい。アイドルのように可愛らしい女の子から、何やら法衣のような服を身に纏った中年まで。友人関係とは思えない。極めつけは妙な機材を担いでいる男の存在だ。肩に置かれ、片目を覗くような、バズーカ砲を彷彿とさせるその機材はまるで――
「あれって……もしかして……」
「っしゃあ! 大当たり! 今回の獲物は
サヤはガッツポーズをする。そう、本日十条病院を訪れたのは――映像制作会社の一行だった。
*
「お~いいじゃん。雰囲気出てるじゃん」
十条病院を見上げながら、ガラの悪い男は呟く。
「あの……
「あ? なんだよ」
隣にいた女性に対して、服部と呼ばれた男は機嫌が悪そうに答えた。
「ここ、ちゃんと撮影許可取ってるんですか? いくら廃墟でも、撮影するならちゃんと管理人に連絡する必要があるんですけど」
「……取ってるよ」
なぜか、数秒の間を置いて、服部は返答する。
「じゃあ、許可証見せてくださいよ」
「…………」
今度は完全に沈黙してしまった。そして――突然、服部は女の膝に軽く蹴りを入れる。
「痛ったぁ⁉ な、何するんですか!」
「うるせぇ! ディレクターは俺だ! 俺が取ってるって言ったら、アシスタントのお前は大人しく従っとけばいいんだよ!」
「は、はぁ⁉ もしかして、取ってないんですか⁉」
「モザイクかけときゃ場所なんて分かんねえよ。いちいちでかい声出してんじゃねえ」
「し、信じられない……」
まさか、本当に許可を取っていないとは……そのあまりの非常識さと貧乏性に、アシスタントディレクターの女は絶句する。とてもではないが、映像畑の人間とは思えない。
「あの~……どうしたんですか?」
二人の争いを見かねて、やけに可愛らしい服を身に纏った若い女が間に入ってきた。
「あぁ、
「は、はぁ……そうですか」
「ほら、
「…………」
AD山崎は不機嫌そうな顔をしながら、ディレクター服部を睨み付ける。
「そんなことより、
服部は僧衣を身に纏ったいかにも霊能力者ですと言わんとした格好の坊主頭に話しかける。
「うむ……確かに、ここはかなりの悪霊どもが集まっておるな」
「ほら、やっぱり! いるじゃねえか! これは取れ高がありそうだな! おい、
「は、はい。分かりました」
カメラマン古畑は小声で答える。
「よーし、じゃあオープニングトーク撮るか! 今回のDVDは売れるぞ~!」
上機嫌そうに、服部は場を仕切り始めた。
*
「ディレクターと、ADと、カメラマンと、ゲストのアイドルと霊能力者ってところか。スタッフの人数的に、テレビってよりは小規模のホラー系映像制作会社って感じかな」
モニターで外の様子を観察しながら、サヤは五人の関係を分析する。
「っていうか、あの霊能力者って本物なんすか? 何か、それっぽいこと言ってますけど」
「まっさかぁ。ここにいる幽霊は私たちだけなのに、いっぱいいるとか言ってるじゃん。どう見てもインチキ霊能力者でしょ」
「やっぱりそうなんすか……胡散臭いなぁとは思いましたけど」
「今回は面白いもん見れそうだし、ちょっと本気出しちゃおっかな。期間は……二日か三日くらいでいいか」
ぐるぐると、サヤは自身の腕を回す。
「え? 三日? どういう意味っすか?」
「ま、見てれば分かるよ。ところで、今って何時?」
意味深な笑みを浮かべながら、サヤはライトに時刻を尋ねる。
「今は夜の九時を回ったところっすけど……それが?」
「じゃあ、その時間覚えといて。面白いもんが見られると思うよ」
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