第2話
見るからに気弱そうな役人が去った後、空職人は商品を手早く片づけ、カウンターの上にA4紙を三枚並べた。注文票と同時に印刷した地球の空の配合表(左から今年の秋、十年前の秋、冬となっている)を前にして、空職人は腕を組んだ。
地球の空は、前の季節の塗料に色を足すことで調色している。一般的に、色を足せば足すほど濁ってしまうため彩度の高い――澄んだ色を出すことが困難になってくる。故に年を重ねれば重ねるほど色が濁っていくはずなのだが、地球向けの塗料は、”ある程度色を足すと濁りが消える”という奇妙な特性を持っている。塗料中に含まれる特殊な樹脂がその要因なのだが、いかんせんこれが非常に扱い辛い。濁りが消える原色量というのはある程度わかってはいるが、それは一色だけ使った場合の話。複数色入れている場合はその例には漏れず、九割経験と勘頼りの世界になってくる。
ついこの間、たった五十年前に先代から店を引き継いだばかりの空職人には、圧倒的に経験が足りなかった。故にこうやって配合表を睨みつけている。
基本配合が同じということは、大まかな添加量も同じなはず。スタートの色が違うことを考慮すれば、今年は十年前より黒を入れる量が少なくなるだろう。ただそうすると黄味が強くなる。それを消すために青を入れたいが、量を間違えると一気に濁りが消え、かなり青い夜空になるだろう。彩度と色相のバランスが、取れるかどうか……。
空職人は小一時間頭を悩ませ、他の星の配合表も参考にしながらいくつか配合を考えると、バックヤード――調合場へと入っていった。
数時間後、荒々しい足音と共に空職人が数枚の黒い紙片を手に店先へと戻ってきた。店の電気を付けたり消したり、角度を変えながら紙を真剣な目付きで見比べている。傍目には同じ黒くて煌めいている紙にしか見えないが、空職人の様子を見るに、どうもそうではないらしい。
静かな店内に、大きな舌打ちが響いた。
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