7―“それ”を愛した日
その日、あかりは膝丈の薄いピンクのワンピースに白いカーディガンを羽織っていた。
「無理しなくていいからな?」
そう言った俺に、
「うん」
あかりは首を縦に振ってうなずいた。
「無理だと思ったら、すぐに戻ってきてもいいからな?」
「わかってるよ。
ありがとう、シュージ」
あかりは微笑みながら言ったが、俺はその微笑みに答えることができなかった。
何故なら、これからあかりは元カレの婚約パーティーに顔を出すのだ。
「話をしても、彼氏ができたって言うことを伝えるだけだから」
本当だったら、招待状を渡されたとしても元カレのパーティーになんか行きたくないはずだ。
なのに、あかりはパーティーに行くことを選んだのだ。
彼女の根性を強いと言うべきなのか、俺が彼女に過保護なだけなのか、自分でもよくわからない。
「じゃあ、行ってくる」
「行ってらっしゃい」
そう言って車を降りたあかりを俺は車の中から見送った。
「シュージくん、すっごいおセンチな顔してるー」
…何でこの人がここにいるのやら。
俺が後部座席に視線を向けると、
「いやん、もう♪」
と、この人は言った。
何がだと思いながら、俺は息を吐いた。
誰だよ、連れてきたヤツは。
俺はこいつを連れてこいと頼んだ覚えなんてねーぞ。
「ねえ、何か食べるー?
お昼だし、お腹すいたー」
そう言った理人さんに子供かよと心の中で呟きながら、
「いいっすよ」
と、俺は返事をした。
「マックでいい?
チーズバーガーが食べたい!」
「どうぞ」
もう好きにしてくれと言う話である。
「シュージくんは何か食べたいものある?」
「一緒でいいっすよ」
そう言った俺に、
「じゃあ、買ってくる♪」
と、理人さんは車を降りた。
誰もいなくなった車内で俺は息を吐くと、そこから目の前のホテルを見あげた。
デカいホテルだなと、俺は思った。
あかりの元カレと言うヤツは、一体どんなヤツなのだろう?
こんなデカいところを貸し切って、パーティーを開くくらいだから相当な金持ちなのかも知れない。
「聞かない方がいいな」
あかりは俺に好きと告白してくれた。
俺はあかりを好きになって、あかりに好きと告白した。
それだけで充分だ。
俺とあかりはつきあって、愛しあっている。
充分だ、幸せだ。
コンコンとたたかれた窓ガラスに視線を向けると、マックの紙袋を持った理人さんがいた。
「お待たせー」
理人さんは助手席に座ると、俺にマックの紙袋を渡してきた。
「ありがとうございます」
俺は理人さんの手からそれを受け取った。
「飲み物はコーラにしちゃったけど、よかった?」
「ええ」
俺は紙袋を開けると、ハンバーガーを取り出した。
食欲をそそる匂いに、グーッと腹の虫が鳴った。
全く、素直なもんだ。
「うん、美味い!」
理人さんはすでにハンバーガーを頬張っていた。
俺もハンバーガーの包み紙を開けると、1口だけかじった。
車内で男2人が無言でハンバーガーを食っている画は、シュールなのもいいところだと思う。
「シュージくんはさ」
理人さんが俺に話しかけてきた。
「あかりのどこを好きになったの?」
俺はハンバーガーを食べる口を止めると、理人さんに視線を向けた。
「あかり、シュージくんのことを“優しくて一途”だって言ってたんだ。
お節介なくらいに優しくて、お節介なくらいに一途だって」
「…そうですか」
「シュージくんならあかり以外にももっといたはずなのに、どうしてあかりを好きになったの?」
突然の理人さんの質問に、俺は返す言葉が見当たらなかった。
「ああ、反対しているとかじゃないのよ?
あかりが好きになって選んだ人は、お兄ちゃんとして嬉しいからね」
「同じだったからだと思います」
そう言った俺に、
「…同じ?」
理人さんは訳がわかないと言うように首を傾げた。
「あかりが俺のことを“優しくて一途”と言うなら、俺もあかりのことを“優しくて一途”だと思ってます」
「…似た者同士だったってこと?」
「そうかどうかはわかりませんが」
そう言った俺に理人さんはフフッと笑うと、
「似ていると言えば似ているかもね、あかりとシュージくんって」
と、言った。
「あかりに似ているから俺はシュージくんのことを気に入っちゃったのかも知れない」
「…似てるんですか?」
そう聞いた俺に、
「同じって言ったのはシュージくんよ」
理人さんがそう言ったので、俺は返すのをやめた。
「あかりのことを幸せにな?」
そう言った理人さんに、
「ええ」
と、俺は首を縦に振ってうなずいた。
「まあ、一途なシュージくんは浮気に興味なんか示さないだろうけど」
さりげなくプレッシャーをかけてくるな、この人は。
「当たり前ですよ」
俺はそのプレッシャーを跳ね除けるようにして言い返した。
浮気しない――そう確信できるのは、俺があかりを心の底から愛している証拠なのかも知れない。
そう思っていたら、
「――あれ?」
理人さんが何かに気づいた。
「ちょっと…あれ、パトカーじゃない?」
理人さんの言葉に視線を向けると、彼の言う通りホテルの前にパトカーが何台も止まっていた。
「ちょっと、救急車まできてるよ…ホテルで殺人事件でも起こったの?」
「ま、まさか…」
そんなドラマみたいな話があるのだろうか?
「誰か運ばれてきた」
俺は救急隊員のすぐ近くで青くなっている女性に目が行ってしまった。
これは、本当に殺人事件か?
「ねえ、犯人!
あれ、絶対に犯人だよ!」
理人さんが指差したところを見ると、警察官2人に連行されてパトカーに男が乗っているところだった。
しばらくするとパトカーも救急車もいなくなり、あかりが走ってホテルから出てきた。
ドンドンドンドン!
窓ガラスを破壊しそうな勢いであかりが強くたたいてきた。
後部座席のドアを開けてやると、あかりが乗り込んできた。
「うわっ、マックを買って食べたの?」
しかめた顔で言われた第一声がこれであった。
「しょーがねーじゃん、お昼だったんだし」
「今すぐ『片桐総合病院』へ向かって!」
理人さんに答えてるヒマがないと言うように、あかりが俺に言った。
「か、『片桐総合病院』な?」
俺はカーナビにあかりが言った病院の名前を打ち込むと、カーナビの案内に従って車をそこへ向かわせた。
「カゲが刺されて病院へ運ばれたの!」
「殺人事件じゃん!
あかり、遭遇したの!?」
「招待されてたんだから当たり前でしょ!」
車が病院に到着するまでの間、久世兄妹はこんな調子であった。
病院に到着すると、あかりはそこに駆け込んだ。
「俺、店があるから先に帰るわ」
「お気をつけて」
理人さんが車を降りたので、車内には俺1人だけが残った。
退屈しのぎでつけたラジオは、つまらなかった。
コンコン
窓ガラスをたたく音に視線を向けると、あかりだった。
俺が助手席のドアを開けてやると、あかりはそこに腰を下ろした。
「兄貴は?」
そう聞いてきたあかりに、
「店があるからって」
と、俺は答えた。
「そう」
何となく、俺とあかりの間に沈黙が流れた。
先に破ったのは、
「さっき、婚約者に会った」
あかりの方からだった。
「うん」
俺は返事をした。
「それだけ」
「そうか」
「あたしたちも帰ろうか?」
あかりがそう言ったので、俺は車を走らせた。
「シュージ」
あかりが俺の名前を呼んだ。
「あたしのこと、守ってくれる?」
そう聞いてきたあかりに、
「当たり前だろ」
と、俺は答えた。
何を言ってるんだと続けようとしたけど、やめた。
その代わりに、
「好きなヤツを守らないヤツなんてどこにいるんだよ」
と、かっこつけたセリフを言った。
我ながらキャラにもないセリフである。
「そうだね、シュージだもん」
あかりが笑った。
「ねえ、今日の夕飯はどこかへ食べに行こうか?」
そう言ったあかりに、
「そうするか」
と、俺も一緒になって笑った。
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