多角的総力戦

「――というわけです。ご協力、お願いできますよね?」


 堂山は椅子に縛り付けられ、彼の居室に監禁されていた。〝検証〟への協力を願い出た僕らに、彼は腹を空かせた獣のような視線を返してくる。難しそうだ、という感触。

 堂山の監禁を宿泊棟のここに決めたとき、部屋に施錠した上で彼のスマホは取り上げられ、ひとまず千束さんが持つことになっていた。千束さんが厭そうにそれをポケットに仕舞い込んだのを思い出す。

 そこからずっと堂山はこんな調子だ。力関係を思い出させるかのように、千束さんはポケットの上からそのスマホを叩いた。

 千束さんは屈み、堂山に差し向いになる。


「もし本当にお前が犯人じゃないなら――この状況で殺されてくれるなよ? ここで殺されたら、俺っちが犯人ってことになっちまう」


 堂山は、眉に貼られたばかりの絆創膏の下から千束さんを見返す。

 相変わらず狂暴な表情だったが、まだしも僕らに向けるそれとは幾分違うように思う。

「ふん。検証、だぁ?」と、獣は人間の言葉を話した。


「俺がそのダクトを通れるか――ってか? 無理だ」


「そ。皆の前で実演してみりゃ、皆納得するだろ」


「馬鹿が。そんなの考えたくもねえ。お前だってそうだろが!」


 堂山が吠え、切れた口の端の傷が開いた。

 千束さんは「俺っちのは本物のPTSDだよ」と肩を竦める。

 秦さんが堂山の手当を終えて出てゆこうとしていた。彼にももう一度昨夜23:30のことを訊ねてみたが、彼は「残念だが」と首を横に振った。


「捜査の役に立つなら何でも思い出してえがな。だが思い出せるのは生きてる真鍋さんよ。あの人は、親切だった。おれみたいな人間にもな。まぁ、また後で訊いてくれ。今は……」


 秦さんは、つらそうに見えた。

 そう――。

 真鍋さんは、親切だったのだ。

 彼女に殺されなければならないような落ち度があったとは到底想像がつかない。

 ――動機もなし。


「真鍋さんを――あのままにしておくのもあんまりだからな。警備員さん、ついてきてくれよ」


 内田さんを連れて、彼は出ていった。

 僕が振り向くと――なぜか堂山は、傷だらけの顔で嗤っていた。

 くつくつと噛み殺すような嗤いだった。

「何がおかしい」と千束さんが詰め寄る。


「だって、聞いてりゃよ、お前ら……呑気のんき過ぎんか? 俺なんか捕まえてよ。犯人はゲーデルだ。お前ら全員、殺されるぞ」


「お前……何か知ってるのか?」


 堂山は大きく切れた口の端を不敵に吊り上げて、歪んだ笑みをかたどる。


「あの女が俺を部屋に入れたか? 考えてもみろよ。俺が疑われてたなら、俺にだけはあの女が気を許したはずがないだろ」


「それは――そうだけどさ」


 千束さんはそう言い淀み、頭を振って「いや、そういうことじゃねえよ」。


「そうじゃなくて! だから犯人はお前以外にいるんだろ? だったらそれを証明しろ。お前にはダクトを通れない、密室を作れないって」


「厭だ。断る」


「なら言えよ、少なくとも真鍋さん殺しは自分じゃないって! でなきゃ本当にお前が犯人にされちまうぞ!」


 千束さんの説得も虚しく、堂山は嗤う。


「何度も言ったろうが。だが――俺が犯人でいいんだよ」


「お前」


「俺が犯人だと思われてるうちは、ゲーデルは俺を殺さねえ。その方が都合がいいからな。殺すとしたって一番最後だ。だろ?」


 暗澹たる表情で、悠遠さんがそれを見ていた。

 僕は小声で「厄介なことになりましたね」と呟く。

 堂山は、犯人の心理を逆手に取って真相をけむに巻く作戦にでたようだった。

 あれだけ殴られ、全員に確保されたのだ。とても協力的にはなれない――喩えそれが、犯人を利する結果になるとしても。

「合理的だよ」と悠遠さんは頷く。


「合理的だが、知性の、くらい使い方だ」


 堂山を相手に押し問答を続けること数十分、11:00を少し過ぎた頃――ドアが叩かれ、顔を出すと光堂さんの丸顔があった。


「馨ちゃん! 大変だよ! 探偵さんを呼んでくれ!」


 文字通り血相を変えた光堂さんに、対応した僕は悪い予感しかしなかった。

 用件を尋ねる間もなく、彼は口走る。


「ま、真鍋さんが――」


 真鍋さんが?


「――生き返った!」


 生き返った?

 そんなはずはない。つまり、死んでいなかったということなのか。

 堂山をその場に残し、僕らは慌てて光堂さんの後に続いた。


***



 向かった研究棟二階では、心配そうな顔の内田さんや阿部さんと、「面会謝絶だ」と廊下に立ちふさがる鰐淵さんが対峙していた。

 横のドアから出てきた秦さんに、僕は「容体はどうですか⁉」とすがる。


「どう――と言われてもな。奇跡的に、息を吹き返しはしたが――」


 どうやら光堂さんの言った通り、真鍋さんは蘇生したのだ。

 それでも秦さんの表情は明るくない。鰐淵さんを気遣うような視線を投げつつ、落ち着いた言葉をかける。


「だが意識まで戻ったわけじゃねえ。戻るとも言えん。頭なんか止血もできんし、下手に動かすこともできん。……言いたいことは解るな? 鰐淵さんよ、ここじゃ手の施しようがないんだ。すぐに助けを呼ぶしか、な」


 そんなこと言ったって、助けなんか呼びようがない。

「昨夜、雪は止んだようです」と阿部さんが言う。

 二階の窓からは――微かな青空が見える。正直なところ、もう天気のことまで気が回らなかった。

 鰐淵さんは、理不尽という大岩に潰されそうな顔で叫ぶ。


「なんとかならないのか⁉ 大勢の応援は無理でも、医者一人呼ぶくらいのことなんだ! ソリでもスノーモービルでもなんでもいい! 誰か、どうにかして医者を‼」


 彼は錯乱気味だ。常識的に考えて医者一人でどうにかできる傷のようにも思えない。

 でも――ドクターヘリを寄越してくれるなら?

 そこで内田さんがふと思い出したように口を開けた。


「あ、スキー板がたしか保管庫に――誰かの忘れ物でしょうが」


 スキー板? スキーがあるのか?

 秦さんは下を向き、「スキーなんかじゃ無理だ。なんとかしてやりてえが」。彼が言いたいことは解る。おそらくそれだけの時間、真鍋さんをもたせられないと言いたいのだ。

 戦場できっと多くの兵士を看取ってきた彼の弁だ。奇跡も、現実も見ただろう。

 窓から外を見ると、微かな空の青が濃くなっている。雲が切れてその間に、青い空が。

 ――今しかない。

 そう思った。でも僕にできるだろうか?

 ――今やらなきゃ、僕は一生何者にもなれない。

 その考えは確信めいていた。長野の大学生がどうやって冬を過ごしてきたか。スキー経験なら、ちょっとはあるのだ。

 ――電波が届くところまでなら、なんとか――。


「ぼ、僕に行かせてください。なんとか――できるかも知れません」


***


「おれぁ死人を増やすのは賛成しねぇな。いくらなんだって無茶だ。バスで三十分の距離が、その細い足で往復三時間かかってもおかしくないぞ。天候だっていつまでか――」


 秦さんの彼の言う通り、無謀は承知だ。それだけのリスクを負って、何とかスマホの電波の届くところまで戻れたとして、ドクターヘリが間に合う保証はない――それでも。


「手は尽くすが。言いたかねえが、こっちだってそう何時間も保たせられんぞ」


「だからこうして急いで出れば何とか……日暮れまでには」


 秦さんは頭を振って、納得しない様子だった。

 もし、間に合わないとしたって――救助を呼べるなら、少なくともこの状況は改善する。

 いつか率先してこうしなければならないのだ。


「助けを呼ぶんですよ。お互いできることをしましょうよ、秦さん。僕は三流大学の落ちこぼれで冬といえばスキーくらいしか能がないですけど、秦さんは名門大出でしょう?」


「あん? 何言ってんだお前」と、秦さんは照れたようにはにかむ。

 その場違いな笑顔が不謹慎にならなかったのは、空が晴れ、青かったから。

 警備棟の保管庫にスキーの装備があったのは幸いした。

 僕は、随分久しぶりのスキージャケットにウインドブレーカーを丸めてぶら下げ、ブーツと手袋もばっちり。200デニールのタイツをスカートの下に履いた。実は少し憧れていたスタイルだ。僕の大荷物がこんな形で役に立つとは。

 昨晩までの大吹雪が止んだことがこの挑戦を可能にした。

 しかし道程の厳しさは変わらない。駐車場まではせいぜい膝までの積雪。でもそれはやがて腰まで、肩までになる。とにかく埋まらないことが重要だ。


「本当に大丈夫なのかい、不動君」


 堂山は監禁。秦さん、鰐淵さんは付き添い。千束さんはスキー経験なし。先輩は言うに及ばず。阿部さんは心労で倒れてしまったし、毒島さんは誰とも口を利かない。

 ならもう、僕がやるしかない。


「昼食も摂らずに平気かい? もう少し防寒対策をしたほうがいいのじゃないか? 腰を冷やすのはよくない」


 急いで準備をしたものの、思い立ってから一時間ほどは時間を取られてしまった。

 僕の傍らに屈み込んでいた光堂さんが、少し自慢げに言う。


「これさ、スキー板の底に猪の毛皮をつけてあるんだ。うちの実家じゃこれが伝統スタイル。急ごしらえだけど、一日くらいならなんとかなるよ。馨ちゃん、歩いてみて?」


 猪の毛皮が雪を大量にくっつけて、重い――。本物かは知らないけれど、折よく動物の毛皮があったものだ。


「ありがとうございます、光堂さん。なんとかいけそうです。光堂さんから見て、予想ではどれくらいかかりそうですか?」


「地元の感じだと……バスでゆっくりの距離が、行きは二倍、帰りは三倍以上はかかるね」


「不動君、スマホは持ったね? 往復何時間もかけて『忘れました』は笑えないよ」


 僕は、ショッキングピンクのスマホを取り出して、悠遠さんに見せた。

 計画はこうだ――雪の止んでいる間に、僕がスキーでスマホの電波が入るところまで行って、救助を呼ぶ。それだけ。

 周辺はなだらかな高台になっているけれど、ここから単調に下れるわけではない。思い出せる限りでも、道中のバスは小さな起伏を何度も上り下りしていた。


「――悠遠さん、もし僕が無事戻れたら教えてもらいたいことがあります」


 僕がひとり雪中行軍をして助けを呼びに行く間、研究所では志木君らがネットワークの復帰を、内田さんが事件前のセキュリティカメラの残る映像をチェック、悠遠さんと千束さんが堂山の尋問とダクトの検証を行う。


「私はTFAじゃないよ。でも聞こうか」


 途中、もし真鍋さんが意識を取り戻したら、誰にやられたか聞く。これは付き添いの鰐淵さんと秦さんの仕事。

 つまり――多角的総力戦だ。


「茨悠遠は本名じゃないんですよね? 本名を教えてください」


 悠遠さんは、微笑んだ。


「そんなことが君の助けになるなら、約束しようじゃないか。いくらでも教えてあげよう。グッドラック、不動君」


 よし。

 必ず、僕は至ってみせる。スマホの電波の届くところへ――。

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