東国の勇者の場合17

 まず、手始めにその日のうちに取り掛かったことが一つある。過去の勇者の実態把握である。過去にこの世界にどういった勇者がどんな風に転移してきたのかそれを探るため、王宮の地下にある資料保管庫にきていた。

「凄い量の本ですね。」

「はい、ここにはこの国で発見された歴史的価値の高い書物がすべて保管してあります。中にはこの国の建国前の物もあったりするんですよ。」

 学校の体育館を優に超える広さと高さの部屋に本が所狭しと並んでいる。すごい広さがあるのにもかかわらず圧迫感があるのは周りを囲む壁だけでなく部屋を支える柱にも本棚が作られているところだろう。そしてまた、本棚で壁を作り、部屋を支える一助を担っているのも事実だ。そういうことからか任毛の歩くためのスペースは一般家庭の家の廊下ほどの幅しかない。王宮に設置されているということを考えるとかなり狭く感じてしまう。

「でもこれだけ本がどこに何があるのかわからなくなるんじゃないですか?」

無数にも感じられるほどの本の量だ、一体どうやって管理しているのだろう。

「意外とそのようなこともないんですよ。しっかりと分類分けされてますし、その配置も使っていると自然と覚えてしまいます。」

なるほど、確かにそれならばどこに何があるかの把握はできるかもしれない。魔法の存在がわかった以上、何かしらの魔法を使ったハイテクな管理方法を想像していたが、思いのほか原始的な方法なのかもしれない。

 昭和のころに想像されていた21世紀の日本と実際の21世紀の日本との間に相当な乖離があるようなものだろう。

扱えない人間からすると魔法はどんなに難しいことでもできる万能の力に思えるが、案外制限の多い力なのかもしれない、例えば、AIやロボットといった開発者や研究者と利用者の認識のように。

「ちなみに、歴代の勇者様の資料に関してはさらに奥の部屋となっております。」

なんと、こんなにも広いのにまだ奥に部屋があるというのか。この王宮の地下にどれだけ広い空間が作られているのだろうか。

「すごいですね。こんなに広いのにまだ部屋があるなんて。」

「ええ、多少厳重にせねばなりませんので。」

どういうことだろうか。勇者の資料は秘密事項であるということだろうか。なら不自然だ。勇者なんて大きな戦力持っていると宣伝した方がよい。

 こっちの世界じゃ相手が核兵器を持っているかどうかで実際に戦争を起こすかどうかを決めていると言われている。勇者という戦力があるというのを宣伝し、発信した方が無駄な戦争をせずに済むだろうに。

 それに勇者につて調べ上げている資料があるというのもこれも無駄な戦争を減らすのに使える。もしかしたらその資料のおかげで勇者のある程度の傾向がわかり、勇者を無力化まで追い込むことができるかもしれない。出来なかったとしても善戦するだけの材料に使えるだろう。

 一応魔族を倒すまで協力すると言っているとはいえ誰もその先を見据えていないわけではないだろうに。

「到着いたしました。」

突然リニアさんが、立ち止り、ある方向を示した。示された方向には他と同じように本棚があるだけだった。

「勇者様、いえケンマ様ここから先の事に関しては、くれぐれもご内密にお願いいたします。この国、この王宮に仕えるものどんな人間にも伝えぬようお願いいたします。たとえどれだけ近しい間柄となった方でも。」

リニアさんの表情から柔らかさが消えた。眼光は鋭く、こちらを睨みつけているようだった。

「はい、約束します。」

思わず唾を飲み込んだ。

「ありがとうございます。」

リニアさんの表情に柔らかさが戻った。緊張の糸がほどけてホッとしていると、リニアさんは、本棚に手をかざした。かざした手が微かに光ったかと思うと本棚が身長の高さ分だけ奥に入り込みそしてずれた。

 結果大きな穴が開くことになった。その穴の先にはまた、本のいっぱい並んだ書庫が広がっていた。

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