35 鷹城秀一 ――報告――
「どうしても、今日来て報告したかったので、…」
杖を付いて歩く鷹城の後を、橿原と関がついていく。
墓の中を歩きながら、目的の処にまで来て足を止め、後ろを歩いていた関から、花と線香を受け取り膝をついて供える。
目を閉じて祈る鷹城の後ろで、二人が静かに頭を垂れる。
顔をあげて、微笑んで鷹城がいう。
「僕が八年前に立ち会った事件の被害者、…僕の叔母だったんです。おめでたいお祝いに料亭で食事をって」
関が痛ましげに墓を見つめる。
「戒名が二つありますね」
橿原の言葉に、鷹城が頷く。
「はい。流産して、叔母自身は助かったんですが、その一年後に自殺しました」
もう一度手をあわせて鷹城が墓と卒塔婆を見あげる。
「隣が家族の墓なんですけど、子供と一緒の墓を別に立てようってことになって、立てたんだそうです」
線香と供えた花をみて鷹城がいう。
「お菓子も持ってくればよかったかな、…あ、そうだ」
スーツのポケットから鷹城が赤い風船を取り出す。
「それは」
橿原が鷹城が手にした赤い風船を見つめる。
「そいつは、…」
「どうしたんですか?二人共」
見あげる鷹城に関が手にした赤い風船を見つめ橿原がいう。
「いえ、君は憶えていないかと思いますが、それと同じ赤い風船を、君がペンに結び付けて監禁された小屋から浮かべたのをみて、僕達はその場所に辿りつけたのですよ。鷹城君、君はどうして、その風船を持っていたのですか?」
「この風船ですか?」
「そうです」
真面目な顔で問う橿原と、眉を寄せてみている関に。
不思議そうにみて、それから赤い風船をみて微笑んで。
「いえ、…。その、赤い風船は、…好きだったので。もうすぐ命日だったので、持って来ようかと」
いくつか、時間をみて来ようと思っていたので、いれてたんです、と。
手にした赤い風船をみて、鷹城がいう。
それをみて、関が沈黙する。
「何だか、赤い風船って、鬼灯みたいですね。ふくらませてよく子供の頃は遊んだりしたんですけど」
そうして、鷹城が墓に視線を向ける。
「この子は、僕の甥か姪になるはずだったんですけど」
「そうですか」
静かにいう橿原に鷹城が手にした風船を見る。
「やる」
関が手を差出し、鷹城が赤い風船を預ける。
ふくらんだ風船に、鷹城が持っていた糸をつける。
「高槻香奈も子供をなくしてるんですよね」
「丁度十年前に、婚約者との間に身籠った子供を事故で流産しています」
橿原の言葉に関が無言で鷹城の握る風船の紐をみつめる。
「それから、何がどう狂ったのか、高槻香奈は無差別に働いて居る料亭などで、女性を流産させる為に、――――」
鷹城が手を握り締めて、紐が揺れて赤い風船が空に揺れる。
「いえ、むしろそうして無差別に多くの被害を出す為に、幾つもの料亭や料理屋に勤めて犯行を重ねていたのでしょう。当時だけでも十数件の料亭などに仲居など臨時雇いの職として入っていたことがわかっています」
橿原が淡々というのに、鷹城が苦しいようにいう。
「それで、若い女性が、…妊娠した女性がきたら、その目的に気付かれないように、同時に複数の人間が被害にあうように、薬を食事に紛れ込ませた」
「自分が傷ついたっていうのに、どうして同じ目に人をあわせることができるんだか」
苦い顔をしていう関に、橿原が視線を向ける。
「傷ついたからこそ、同じ目に人を遭わせたいと願ったのかもしれません。―――自らを襲った悲劇と、同じ目に遭う人間を増やしたかった、…」
「冗談じゃありませんよ、同じ悲劇に遭う人間が増えるだけじゃありませんか」
吐き捨てるようにいって横を向く関に、鷹城がいう。
「そうだよね」
呟くようにいう鷹城に関が視線を向ける。言葉がなく見つめる関に、鷹城が軽く首を振って溜息を吐いていう。
「胎児を殺害しても、殺人罪にはならないんですよね」
宙を漂う赤い風船と墓を鷹城がみつめる。
「確かに、鷹城君への傷害及殺人未遂を除けば、精神鑑定がどのようであろうと、問える罪は不同意堕胎罪もしくは傷害罪に留まるでしょうね」
「何だか不思議な気がします。もうすぐ命日で、そのことが頭にあったときに、名前を聞いてなんて。…鬼灯って、そういえば、迎え灯でもあるんですよね。死んだ人が帰って来るのを導いてくれる、あるいは、迷わずに連れて行ってくれる灯、…」
いって鷹城が立ち上がろうとして、紐がふと手から離れる。
「あ、…」
思わず見あげる中で、上空へと赤い風船がゆらゆらと弧を描いてあがっていく。
「上がっていきますねえ」
「…―――」
橿原の言葉に泣きそうになりながら鷹城が空を見あげる。
関もまた、青空に遠く上がっていく赤い風船を、どこか眩しいようにして見あげていた。
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