34 最終章 ――聴取――




「それにしても、本当に毒を盛りにきたのはいいとして、僕含め同じ病棟の患者全員に毒を盛ろうとしたのにはぞっとしましたよ、本当に」

取調室で聴取を受けている高槻香奈を見ながら、片手に杖をついていう鷹城に、橿原が無言でその向かいで聴取の様子を見つめる。硝子の向こうで僅かに俯いて聴取を受けている白い面には、感情の色は何処にも伺えない。

「橿原さん、先日の血液鑑定の結果が出ました」

「ありがとう、西さん」

結果を受け取って橿原がいう。無言で腕組みして聴取される高槻香奈を見ていた鷹城に、橿原が視線を向ける。

「鷹城君、そろそろ君は戻った方がよさそうですが」

「…はい、そうですね、…。彼女、犯行は素直に認めてますけど、…これじゃあ、―――」

「これは、精神鑑定になりそうですね」

では、と一礼して西が去るのに。

 その背を見送って橿原が云う。

「そのようですね。彼女の精神がいつから正気と狂気の境目を漂い、これらの犯罪を行ってきたのかについては、解明を待たなくてはならないでしょうが」

「精神鑑定ですか」

短くいうと鷹城がくちを噤んで杖をついて先に歩き出す。

それを見送り橿原がしばらくその背をながめてから。

暫し、白い面が語るさまを眺めて。

橿原もまた、背を向けて歩き出す。



「関、―――」

何となく一課に戻る廊下を歩いていた鷹城を関が見つけて隣に立つ。

「おまえ、まだ此処にいたのか。橿原さんは」

「もう戻ってくるとおもいますけど。僕は、聴取を見てて少し疲れちゃって。で、関、橿原さんに何か?」

眉をしかめて関が先に立って一課に入るのに、首を傾げてついていく。

 難しい顔をしたまま、関が目の前に椅子を引き出して自分が先に座るのに、少し困ってから椅子に座る。

 鷹城が椅子に座ったのを確認して、厳しい顔のままで。

「伝えてくれ。被害者が意識を取り戻した。胎児も無事だそうだ」

「ああ、…」

関が引いた椅子に、ほっと背を預けて鷹城が力を抜く。

「そうなんだ、…。何だかほっとした、…暗い事件だったものね」

「母子共に危機を乗り越えて、どうやら順調にいきそうだということだ。勿論、まだ様子はみなくちゃいかんが」

難しい顔のまま関がいうのに、何か云い掛けて。

「鷹城君、こちらにいたんですか?関さんも」

視線を向ける関に、橿原が首を傾げる。

「どうしました?関さん」

「被害者が回復したそうです。母子共に健康ですって」

「そうですか、鷹城君。関さん、ありがとうございます」

微笑む橿原につい少し引いてから。

 何か云おうとして、関が鷹城のしていることをみて。

 鷹城がコーヒーサーバーの置かれた棚の下にある小さな冷蔵庫から、ボトルを取り出しているのを眉をしかめてみる。

「いえ、橿原さん、…おい、鷹城!」

 戻って座った鷹城に。

関が顔をしかめると、置いていたペットボトルを手にして鷹城の前に置く。

「え?関?」

呑みなれているミネラルウォーターを手に開けて、飲もうとしていた鷹城が手を止めて関を見あげる。

「こっちにしろ」

「…―――ええと、関、やっぱり、きみって結構いろいろと細かくない?」

顔をしかめる鷹城に、橿原が淡々とくちを挟む。

「細かいのはいいことだとおもいますよ?鷹城君。…君という人は、いくら相手が滝岡君とはいえ、医者の注意を少しもきくつもりはないのですかねえ」

「それは、…いいじゃないですか、呑みなれてるんですし、嗜好品ですよ?」

橿原の注意に抗議する鷹城に。ちら、と橿原が関を見る。

 関が大きく頷いて。

「飲みなれている嗜好品を此処に置くな!それから、これは軟水だ。確か硬水は禁止だと滝岡が何度も繰り返しいってたのが、まったく聞こえなかったようだな」

「その通りですね。滝岡君が、説明に立ち合わされた僕達の方に良く聞えるように、何故だか、本人に対してより、僕達に向かって丁寧に繰り返してましたねえ」

「…橿原さん、…関、」

二人に横目に見られて、鷹城が降参した、というように手をあげる。

「わかりました、わかりましたから、」

ミネラルウォーターに栓をして、関が置いたボトルを手にする。

「それから、確か水分は積極的にとるようにすすめていましたね、関さん」

「そうです。で、アルコール類にカフェイン禁止」

「刺激物をできるだけ取らずに、三食をきちんと食べ、塩分控えめに、夜は早めに就寝し八時間から九時間きちんと寝ること、でしたね」

 息の合った二人に見返されて、鷹城が固まる。

「…――――御二人とも、あの、」

少し引きながら、関と橿原が揃って見ていうのに鷹城が押し留めるようにして、手を挙げて。

「あの、ですからね?」

「そうそう、送るから、帰るなら、さっさといえ」

「…関?」

「そうそう、滝岡君から、今日は当直があるので世話が出来ないから、僕か関さんの家で世話になるようにとの伝言がありました」

「聞いてます」

「ど、どうして、世話って、僕は成人男子ですよ?子供じゃないんですよ?それは一人暮らしですけど、どちらかの家に泊まるようにって、そんな」

絶句している鷹城に、橿原が淡々という。

「それはやはり、君に信用がないからではありませんか?」

鷹城が微妙に沈黙する。

「家に泊まればいいだろ。一人にしておくより、余程ましだ。それに、どうせおまえもこっちに帰ってくるつもりだったんだろ。それとも、橿原さんの処に世話になるのか?」

「…――――」

無言で首を振る鷹城に関が腕組みして頷く。

「あら、残念ですねえ、…。僕の家にお客さんが来る事なんて、滅多に無いんですけど。どうせなら、関さんと御二人で泊まりにきます?」

即座に関と鷹城が否定する。

「いえ、結構です」

「それは御遠慮します。…わかった、今回は実家に帰るから、関」

「それで良い。まったく、…――――大体、退院したてで、本気で一人暮らしに戻る気ないだろ。布団と浴衣は用意してあるから。で、何処へ行きたいんだ」

「そうですね、一体、何処へ寄り道したいんですか?」

関と橿原、二人に見詰められて鷹城が天井を眺める。

「何かその、包囲されちゃってます?僕」

「…君が黙ってこのままおとなしく家に帰るとは誰も思ってはいない、ということでしょうねえ」

「ええと、…実はこれからいきたいなー、とおもってた処があるんですけど、その」

「やっぱりな」

冷たい目で橿原が見つめ、関が眉を寄せる。

「そのー、…御二人とも?」

「…おれは、調書をもう取られたんで、今日はもう暇だ」

「そうですか、では関さん運転してもらえますか?」

「あの、もしかして御二人共ついてきます?一人で動け、…―――」

無言で橿原と関が鷹城を眺める。

 それに、つい、にっこりと。

「はい、あの、…―――じゃあ、御言葉に甘えて?」

 難しい顔で関が頷き、橿原も淡々と頷くのに。




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