12 関 ――記憶の在処――
両手をポケットに突っ込んだまま関が歩く、その少し後ろを橿原が歩いていく。無言のまま集落の一軒の前に立った関が、哀しむような、言葉の無い表情をしてその表札を見あげる。
関が俯くと、足先を見つめるようにして立ち尽くしてから顔を上げ、呼び鈴に手を伸ばした。
「はい」
澄んだ声が響いて、走ってくる軽い音と、内戸が開けられる音がした。玄関の戸が引き開けられ、驚いて見つめる顔が関と向き合っていた。
「刑事さん」
「失礼します。…その、先日の証言とは別に、お伺いしたいことがありまして」
深く礼をしていう関を見つめて、そしてその視線が少し後ろに立つ橿原に向けられる。
「橿原と申します」
「あ、はい」
慇懃に礼をして名乗った橿原に戸惑って、橿原さん、といって繰り返したあと、我に返ったように二人に向けてその女性が微笑む。
「どうぞ、おあがりになってください」
涼やかな声でいうと背を向けて翻る黒髪の先に立つその動きにつれて、爽やかな何かの花の香りがしたようだった。
関が思わずというように見送り、頭を下げる。
「失礼します」
細面の静かな白い花のような黒髪の美しい女性は、居間で二人と向き直り、あらためて挨拶をした。
「高槻香奈と申します。いま御茶をお持ちいたしますね」
座卓に向き合う二人を残して、断る間もなく席を立った彼女の背を暫し追うようにしながら、橿原は隣に座る関に問い掛けていた。
晴れた庭から美しい山々が見え、縁側と庭の間に置かれたはさ掛けに、網代が簾のように掛けられて、上にほした草共々懐かしい風情をあたえている。
縁側に近く白い石臼が置かれ、靴脱ぎ石から先には丁度庭のつくばいに辿ることのできるよう点々と石が埋められて、庭の奥には楓と松が山々を借景に見事な奥行きを見せている。都会の喧騒からは遠い田舎の風景を眺めながら、橿原がそっと口にしていた。
「彼女は、君が鷹城君を見掛けたといった際に、いま担当している事件の証言を取りに訪れた女性ですね?」
「…その通りです、橿原さん」
正座をし膝にきちんと両手を揃えて、淡々と関が答える。
「そして、それは、―――」
「お待たせいたしました」
盆に御茶を乗せて高槻香奈が戻り、橿原は静かにその面を見あげた。美しい所作で二人のもとに茶を勧めると、瞳を伏せて盆を脇に置く。
「それで、どのようなことをお訊ねなさりたいのでしょう?」
伏せられていた面があげられ、深い哀しみを湛えた黒瞳が彼ら二人を見返していた。
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