2 関
「きみ、GPS発信器でもぼくに着けてるんですか?」
「誰がそんなことするんですか」
夜景を背に淡々と無表情で見返す長身の初老の紳士を前に、関がいやそうに顔を顰める。
強面で背の高さは目の前にしている紳士と同じ位。黒いスーツを無造作に着て、嫌そうに眉を寄せてポケットに手を突っ込んで。いまにも毛を逆立てた猫のように立ち去りそうな気配をみせながら踏み止まって睨んでいる関に。
ぼんやりと、というか。
その関を上下ゆったりと眺めて、感情の読めない声で問い掛ける。
街灯の滲む光に、夜の街を流れる車の音を背景にして。
「鷹城君がどうかしましたか?」
淡々と問う声に、関が睨みながら、ふと揺れるような光を眸にみせる。
「くそ、…――いえ、その、別にどうもしないんですがね?」
いいながら、迷うようにくちを噤んで。
「橿原さん、…――――」
言い掛けて、苦虫を噛み潰したような顔で向き合う橿原をみてから。
横を向いて両手をポケットに突っ込んだまま関がいうのを、少しばかり面白そうに橿原が観察する。
「それで、何が問題で鷹城君のことに関して君が態々僕に話をしにきたのです?しかも、こうして勤務時間外になるというのに、僕を態々探しにきて」
丁寧にいう橿原をちら、と睨むようにしてみてから、落ちつかなげに関がまた視線を逸らす。
「その、…考えすぎならいいんですがね?またあのばか、…―。何ていうか、あなたの部下は、全員攫われたり行方不明になったりするのが得意になったりするんですかね?」
左手をポケットから出して、大きく手振りで示しながら、振り向いて関が橿原を睨んで視線をあわせる。
「つまり、君はまた鷹城君がどこかの誰かに拘束されたり、監禁されたと考える根拠があると」
「…気のせいとかならいいんですがね、橿原さん。この間もあんなことになったばかりでしょう?それに、…あのばかほどじゃないけど、…つまりですね」
「君がそう考えた根拠を聞きましょうか?それに、何故それで捜索するように要請していないのかも」
真直ぐに見る橿原に、関が口を開き掛けて見つめたまま動きを止める。
「どうしました?」
「…―――」
溜息をつくと、関が軽くくちびるを咬んで横を向く。
「犯罪に巻き込まれたと考えてるわけじゃないんですが、…」
躊躇っている関に、首を傾げる。
「犯罪でなく居場所がわからないだけでしたら、成人の場合」
「わかってます!橿原さん、…わかってますから!」
額に手を当てて関が眉をしかめて大きな声でいうと溜息を吐く。
「――…くそ、だから、…。俺が知る限りでは犯罪が行われてる訳は無いし、大人がちょっと姿を消したからといって行方不明で捜索する訳にもいかないでしょう、わかってますよ!」
周囲を気にせずに怒鳴る関に、通行人が避けていくのを面白そうに橿原が眺めながら、あっさりという。
「それに、僕の知る限りでは鷹城君は今朝普通に出勤したあと、出掛けてきますと直ぐに出て行ったきり、連絡はありませんでしたが。そうしてほぼ一日戻ってきていないだけですからね。現在二十時ですが、これまで約十一時間、失踪を心配するにしても早過ぎるというしかないでしょうね。君達は一体何をしていたのです?」
「…――別に鷹城の奴と一緒に何かしてたわけじゃありませんよ。…やっぱり、戻ってきてないんですね?」
睨みつけるようにして問う関に、橿原が首をかしげる。
おっとりと問い掛けて。
「きみはそれを知らなかったのですか?」
「知りません、いま戻って、…―――。そちらの関連部署に聞いたけどわからなかったから、あなたを追ってきたんです。あいつから連絡はないんですね?」
必死になっていう関に橿原が視線を向ける。
知らないという橿原にあわてるように、焦るようにして。
うろたえたように視線を逸らし、一つの方角を見つめる関に訊ねる。
「それで、一体君は何を心配しているんですか?」
「…俺が昼間に会って、あれが、…十四時だったから、…運が良ければ、」
いいながら来た方向に既に歩き出している関をみて、無言で橿原がその後を歩いてついていく。
橿原がついて来ていることに、気がついていないように足早に大股で歩いていく関の後をのんびりと橿原が歩いていく。足早に通り過ぎる関が人にぶつかりそうになりながらも無言で歩き続けていくのに、倒れかけた通行人に橿原が、失礼、と優雅に謝りながら後をついていく。
突然そうして立ち止まった関の背にぶつかりかけて橿原が止まる。
「橿原さん」
そうして、何処かを睨むようにして関が背を向けたまま言うのに無言で視線を向ける。
「カード持ってますか?」
「…―――勿論もっていますが」
「良かった」
いいながら関が大きく手を挙げる。止まったタクシーに乗り込み、関が告げた行く先に軽く橿原が関を見つめ直す。
「何です?」
「いえ、君はそんな処までいっていたのですか?」
「神奈川県内であれば管轄内です」
「…――それでは、着くまでに僕に事情を話すことはできますか?」
「……―――」
橿原さん、といいかけて関が口を閉じる。
視線を逸らし肩を落として目を閉じて。
「いえません、…着いてから話します」
「そうですか」
いうと、冷淡な表情のまま橿原が姿勢を正して座り直す。
「では、着いたら起こしてください」
「…――――」
そして、綺麗に目を閉じて眠り始めた橿原に関が目を剥く。
「…いいですけどね?」
いうと、横を向いて口を結ぶと、窓の外を睨む。
タクシーが夜の街を進んでいく。
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