第14話

 十四



 静かに氏政は宿とする寺に戻り読経していた。

 経台を前に置いて座し、しずかに手に経を繰る。

 山中城の風景が目に焼き付いていた。

 城を築かせ補強を命じたのは氏政である。だが、山中城だけでなく、八王子城に他もまた、防備を間に合わせることは叶わなかった。

 秀吉との交渉は元より不調に終わると予測されていた。故に、備えを急がせていたが、適わず兵達を本城である小田原に退かせて籠城の構えとなった。

 既にその刻、決してはいたのだ。…

伊達が立つ訳も無く、頼みとなるのは、一縷に兵糧の備えが取り囲む秀吉の軍に無くなること。

 けれども、幾つか落ちることさえ呑み込んでいた城でさえ、唯落すでなく、降ることすらも許さぬ秀吉の采配に、唯焼け落ちて。

 皆殺しにと。…―――

秀吉の戦の仕様は、何処か薄ら寒いものがあると。これまでの城を攻める者同士のわきまえのある戦ではなく。

 ひたすらに、押し潰し、攻め潰す、…。

 水に囲み、城兵尽く逃れた民迄をも巻き込み干殺しにする仕様。

 伝え聞いてはいたが、…―――。

残虐を尽くす戦の有様は。

 目蓋を閉じ、氏政は僅かに経をくちに刻んでいた。

 いかにも、わしが愚かで甘かったのじゃ。

 想いどのように後悔しても、無くした民達の命も護りを命じた兵達の重臣の命は戻りはしない。

 ―――…血に狂うておる。

 氏政の瞳に、秀吉の仕様は血に飢えてせぬでもよい戦を起し干し乾いた喉をうるおす為に血を呑み乾そうとでもいう狂い様にみえる。

 ―――民を、そのような目には合わせられぬ。

山中、八王子に鉢形、…――幾つもの支城が力攻めに凄惨な血を流した。

 わしは、愚かであった。

いまだ確かに、上杉と武田との戦、或いは北との小競り合いは、いかにも慣習を重んじた中にある互いの境目を争う戦であったのだ。

 なれど、…―――。

秀吉は違った。その主信長公でさえ、行わぬ合理とやらに基づく皆殺しが。

 城を落されても、後背を兵達に突かせ、補給を絶つ筋道を。戦に取り囲む兵達が増えれば増えるほど、秀吉の軍勢は弱点を抱える。だが、それらの算段も虚しいものであった。

 北の大名達は強い者につく。

それでも随分と様子見をしておったのは、あれらも秀吉の戦振りに戸惑うてもいたものか。

苦く笑んで想うのは、小田原を取り囲む秀吉の陣の悠然とした様と。籠城し対陣する小田原城の外から聞える城の悲鳴であった。

 ――すべては、わしが招いた事。

 守ってやることが、できなんだ。

かくして城を失い、領地を失くし身もうつしよから空へと消え果てるはずであったものを。

 ――家康。

関八州の民の為に、犠牲になれと。

 いかにも、だが、わしは、…―――。

経を繰る手に、経文へと零れる涙があることを知るが。

 いかに悔いても、亡くなった者どもは戻らぬ。

経をどれだけ唱えたとて、我が身にある罪が消えることはない。

 闇に沈む黒衣にしずかに経を唱え。

 ひたすら香の行方を瞳に追いながら、氏政は経を唱えている。



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