鍵贄の花嫁
ラルト
序章
序章:壱
「…おっ!なぁなぁカブト見つけたんだけど時期的にまだ早くね?!マジでヤバいじゃん!」
山道の待避所にレンタカーを停め、休憩がてら車を降りた運転手の
「デカい図体した筋肉男が蒸気上げながら近づいてきたから虫も夏と勘違いして地面からでてきたんじゃないの?」
「じゃあ俺の周りにクワガタも蝉もじゃんじゃんやってきて虫取り放題じゃん!捕まえて売ろうや!」
「いやキモ!もしそうなったらアタシ全力でアンタから距離取るわ。」
同行者の一人である
そんな光景を一歩引いたポジションで見ながら頃合いを見計らい
「さしものK沢も温暖化の影響を受けてるってことなんじゃね?毎年夏の訪れる早さも最高気温も更新されてるし、そろそろここも日本有数の避暑地だなんて言ってられなくなるかもな。」
二人の会話のノリに対し少しセリフが真面目過ぎてつまらなかったかもしれないがどのみち二人と違って陰キャの自分には気の利いた言葉選びが出来るはずもない。
「うん、マジで暑すぎだわ、まだ7月にもなってないのに体感もう夏だし。明後日からのサークルマジダルいわ~。」
しかしそんなつまらないセリフも伶治はしっかり拾って反応した。伶治は人がいいのだ。…佑太の心の卑屈な部分を僅かばかり刺激するほどに。
「これだけ暑いなら季節を勘違いしてるのはカブトだけじゃねえだろうしよぉ、蚊とかに刺される前にいい加減に窓とか閉めて車出そうぜ、んで次に行こう。俺たちゃ虫取りに来たわけじゃねぇんだからさ。」
「ごめん。」
伶治に悪気が無いのは分かっている。分かっているのだが、自分と違い友達も多く、女に振られたことも無いであろう伶治の非の打ち所が無いという欠点に腐った心根の痛みを、感じた分だけやり返さずにはいられない。
「虫取りに来たわけでもなきゃ虫に刺されに来たわけでもねぇんだし、恵のことも考えてやれよ、恵なんか脚ガッツリ出てんだからさ。」
それに何よりもう既に足元の何箇所かを蚊やぶとに血を吸われて痒いのだ。その痒さを二人にバレないよう、手を使わずに靴を脱いだ足で掻くことで何事も無いフリをしていたのだ。
初夏の暑さと小賢しい羽虫に苛ついていたせいか普段は気にならない事も無性に気になってしまう。どうやら腹の虫の居所も悪いようだ。無自覚にセクハラ紛いの発言を交えてしまいながらも、少し言葉にトゲを滲ませながら提案し、遠回しに不満を漏らした。
「は…?いやお前さ、何ムカついてんの?」
伶治も若干キレながら反応してきた。だが無理もない、伶治からしてみれば何も怒らせるようなことはしていない、それどころか二人の会話に置いていかれている佑太を会話に迎え入れてあげた。それなのに相手が唐突且つ意味不明にキレてきたのだ。
「あっ、いや…その、
佑太もマズい、内心を表に出し過ぎた、と焦り機嫌を取るための言葉を探す。伶治はいい奴で頼れる男だが怒らせると少々面倒くさい男だという欠点があったことを、今更になって思い出した。何より交通の便も悪い田舎の…ましてや山のど真ん中で唯一車の運転免許を持っている伶治の機嫌を損ねたのもマズい…。
「何にキレてるのか知んねーけどさ、文句あんなら降りれば」
「ハイハイ!二人ともその辺にしときな!車出したほうがいいのは私も賛成だし、そろそろ日も暮れるんだから。今回はただの下見で明日にはそれぞれ家に帰んなきゃいけないんでしょ?」
恵がヒートアップしそうな雰囲気に口を挟み伶治を止める。恵の言う通りそろそろ日も落ちかけ暗くなり始めている。恵には明確にどちらかの肩を持つつもりは無かったが発言的に佑太の意見に賛成する形となり、形勢の不利を感じた伶治は口を噤む。後部座席から卑屈な笑みを浮かべながら何かを言いかけた佑太をギロリと睨みつけ黙らせてから運転席に座りエンジンをかける伶治に問い掛けた。
「っていうか次とか言ってるけどマジで今からどこ行くわけ?こっから先もうK沢じゃなくね?」
「あん?…あぁ、恵ってさ…
「……都市伝説の、地図から消された廃村のやつ?」
恵は僅かに顔を顰めながら答える。
「ほら、やっぱさぁ、夏休みっつったら川とか山とか海とかで遊んだりバーベキューしたりしてさぁ…ってきたら肝試しもしたいじゃん?」
「…まさかそこに行こうって?所在も知れない都市伝説なんでしょ?」
「いやでもネットで見た感じだとこの辺らしいし、無いなら無いでそのまま帰ってもいいんだしさ!」助手席の恵と後部座席の佑太は揃って盛大に顔を顰めた。
「本番は
またアイツかよ…!結局はアイツの為なのかよ!
「あぁ、いや、アイツ中二の妹と二人暮らしっつってたし旅行の間一人にさせるわけにもいかないから妹も含めて五人か!」
伶治はもう、助手席に座る恵が燃え盛る炎を冷たい氷の下に覆い隠したような、能面のような顔を窓に背けていることにすら気が付いていない。
「アイツの妹だったら絶対可愛いに違いねえしマジ楽しみなんだけど!なぁ!」
恵はこれ以降現地に着くまで一言も喋らなかった。佑太はというとさながら針の筵に座らされてるような気分を味わいながらももう諦め、黙ってこの地獄に付き合うしか無いと覚悟を決めていた。
***
「まさかホントに在ったのかよ…陰府沢村……」
「お〜い、佑太〜、ちゃんとカメラ回してる〜?」
振り返った伶治が後ろからカメラを回す佑太に声をかける。ここに来る道中で機嫌が良くなったのか最初の蟠りなど最初から無かったかのようだ。まぁ機嫌も良くなるだろう、ここに来るまでに散々お気に入りの話題に花を咲かせれば。正直二人は伶治があんなに上機嫌にアイツについて語るのが面白くなかった、恵にとっては特にそうだろう。あんな奴のドコがいいのか。
「なぁ!見て見てこれ!」はしゃぐ伶治の指差す方へついて行くとそこは縁側の開け放たれた一つの民家の居間だった。部屋の中心にはちゃぶ台と、その上にはもう元が何なのか判別できないほど腐敗した何かが盛り付けられた食器類だった。
「俺ら歓迎されてんじゃん、ほら食ってみろよ二人とも。」
「アンタ一人で食ってれば?んで腹でも壊そば?」
廃屋の食卓から早くも興味を無くした恵がさっさと屋外へ出ようとする。
「ほら、もう気は済んだでしょ?日も暮れたしさっさと帰るよ!」
「「ちょっと待てよ!」」有無を言わさぬ様子でその場を立ち去る恵を二人は慌てて追いかけた。
伶治は女ってホント面倒くさいよな…と思ったが、いつになく落ち着きの無い恵の後ろ姿を見て、いや、自分も流石にはしゃぎ過ぎたなと自覚した。
「分かった、もうそろそろ帰ろう。もうだいぶ遅くなっちゃったし。」カメラも切っていいぞ、と後ろをついてくる佑太にも声をかけた、すると言われるが早いか佑太はカメラを切るとさっさと車の方向へと向かってしまった。ったく、佑太の奴……
「ごめん、今日はなんかずっと俺のワガママに付き合わせてばっかだったよな。マジごめん。」
恵の左肩に後ろからそっと手が添えられた。この男は…今まで散々…色んな意味で私達を振り回してきておいて…今更こんなことで許してもらえるとでも思っているのか。
「こんな時間まで私達を連れ回してさ、これじゃ晩飯は車でコンビニ飯じゃん…アンタが奢ってよ。」
私もつくづく単純だ。左肩に添えられた手に怒りに震えながら、それでも手を重ねる。
こうして伶治の手に触れるとここに来るまでのイライラも、ここに来てからの不安や恐怖も、凪いで落ち着いてくる。
「分かってる。」伶治はそう言って私の右隣を通り過ぎて来た道をゆく。
………あれ?
私はいまだに左肩に添えられた手から咄嗟に手を離した。
振り向くと同時に左肩から手が離れた。
振り向いた先には、誰もいなかった。
実はこの場所に来てからずっと得体のしれない不安や恐怖が身体を支配していた。それが伶治の手を…少なくとも伶治の手だと信じて触れた時、不安や恐怖からは確かに解放されたと思った。なのにそれはあっさりと、あたかも寄せては返す波のように私の身体を再び支配し……「ね、ねぇレイ」
「それにしても佑太の奴、いくら帰るっつったからって自分だけさっさと戻ってさぁ…そんなんだから彼女も出来ないんだぜ。なぁ恵……恵?」
鍵贄の花嫁 ラルト @laruto0503
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。鍵贄の花嫁の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます