第37話 上書きデート~氷室和~

 俺の部屋でニコと布団の中でダラダラと過ごしていた時だった。


「今度この作品。ヒロインやる」


 ニコがスマホに画像を表示させた。


「ふーん。なになに?『異世界でポーションを王子様に口移ししたら、溺愛されちゃいました!』なにこれ?」


 ドレスきたヒロインっぽい子が御耽美な王子様にキスしているシーンとアニメのタイトルが表示されている。色合いの淡さからして女性向けアニメっぽいけど。


「ねちっこいキスシーン。エロエロ。溺愛が素敵」


「へ、へー」


 男女の感性の違いなのかな?口移しでポーションって嫌なんだけど。


「原作はラノベ」


「ふーん」


 そこで会話が途切れる。なんか微妙な空気感になった。ニコがじーっと俺を見詰めている。ああ、なんかこれ期待されてるね。


「じゃあ読んでみようかなぁ」


「なら買いに行く!秋葉原!」


 ニコは布団から立ち上がる。すごく気合入ってる。


「わかったわかった。でもとりあえずシャワー浴びてからね」


 俺たちは秋葉原へ行くことになったのだ。






 車で秋葉原までやってきて駐車場に停めた。まずは本屋にやってきた。


「こっちこっち!」


 ニコに手を引っ張られて本屋さんに連れ込まれる。そしてニコが出るというアニメの原作ラノベ全12巻を購入することになった。


「こちら全巻購入特典のヒロインと王子のアクリルスタンドフィギュアです!」


 なんかおまけを貰った。けどぶっちゃけ要らない。だけどそれをニコはじーっとウルウルした瞳で見ていた。欲しいんだな。欲しいんだろ?これが狙いか!


「おまけは読むのに要らない。置き場所にも困る」


 ニコがそう口にした。俺がニコにおまけを渡す理由をわざわざ呟いてくるのがなんか女の子っぽくてズルい。


「いや別にそうでもないけど」


 俺がそう言うとニコは愕然とした顔になった。がくがくと震え沈んだ青白い顔で今にも泣きそうに目を細めている。


「悪かったよ。意地悪しないから。これはあげるよ」


 俺はニコにアクリルスタンドフィギュアを渡す。ニコはぱぁっと満面の笑みを浮かべてアクリルスタンドフィギュアを見詰めている。ニコは自然体で喜んでいるように見える。最近は何処か狂気を帯びた妖艶な笑みしか見ていなかったからこういう顔は新鮮だ。これを見れただけでもここに来た甲斐はあったのかもしれない。


「とりあえず飯でも食べようか」


 ニコはバックにフィギュアをしまってこくりと頷く。何を食べようかと思った。ぶっちゃけ店に入るのがめんどくさい。こういう時は露店でいいや。


「ケバブにしようぜ」


 ニコは首をひねる。


「食べたことない」


「そうなの?」


「食べてみたかった。でもアオトと来た時は連れてってくれなかった」


「他の男の子の名前出すのやめてくれません?傷つくんで」


 とりま二人分のケバブを買って、二人でガードレールに並んで座って食べる。


「お行儀悪い」


「だね」


「でも。楽しい」


 ニコは笑顔を浮かべながらケバブを食べる。食べるペースは速くない。だからおれは彼女に合わせてゆっくりと食べる。二人は同時に食べ終わった。


「どこ行く?」


「俺はここ知らないからとりあえずぶらつきたい」


 俺はニコの手を取って秋葉原の街を歩く。メイドさんやコスプレイヤーや痛車にすれ違うたびに二人でおしゃべりして街の空気を楽しんだ。


「そういえばエロゲーの仕事はしないの?」


 エロゲーショップを見つけて中を覗き込みながら俺は言った。


「うちの事務所はエロゲの仕事取らない。…裏名義も考えてたのに…」


 ニコ的にはエロゲ出演はNGではないらしい。


「え?まじ?…今度是非チュパ音を…」


「セックス。演技されたい?」


 ニコが意地悪そうな笑みを浮かべてそう言った。


「いやいいです。演技とかしないでください。それだと俺のチンぽが弱いみたいで耐えられないよぅ」


 掌でころがされてしまった。男の威厳が。チンぽの権威が弱よわになっている。ここらで一発ぶちかまさないと。


「ゲームしようぜ。俺メッチャ強いからね」


 俺はニコをゲーセンに連れ込んだ。そして俺はニコをとあるカプセル型の筐体の中に連れ込む。


【駆動戦記ランダム~鬨が観える~】


「ランダムのゲーム?イメージ違い」


 みんなバンドマンを誤解している。俺たちだって人間だ。ゲーセンで遊んだりもするのだ。


「小川のお友達に誘われて始めたんだよ。めっちゃ楽しい」


 俺はカードをマシンに差し込んで自分のパーソナルデータをロードする。俺の愛機である『ランダム∈』のカスタム画面に表示される。なお俺のプレイヤーネームはジレイ・パトリシアスである。


「これ手に入れるためにメッチャ通ったからね!」


「そう」


 ニコちゃんはクールだ。というか興味なさそう。まあランダムは男の子のコンテンツだしなぁ。そして俺はコクピットに座り、ニコを俺の太ももに座らせる。


「…素敵…アニメの世界みたい」


 ニコは俺の首に両手を絡める。まるでロボットアニメで主人公がヒロインと一緒にコックピットに乗り込んだみたいになった。


「俺はランダム∈で出る」


 そしてゲームが始まる。宇宙空間上の要塞ステージで別プレイヤーの駆るロボットを撃破するのがこのゲームである。


「てぃろりろりろりぃん!見えた!ばきゅーん!」


 俺はライフルを撃った。するとその光線は敵機にあたり、爆発を引き起こす。敵機を一機撃破した。俺はバーニアを吹かしてさらに敵機に近づきビームソードを抜いてすれ違いざまに相手の機体を切り裂いた。


「すごい…これがµタイプ…」


 ニコが俺の戦い方に惚れ惚れしているようだった。そして敵要塞内に侵入して次々と敵を切り裂いていく。


ブラオト・ミニリバー:ここから先は行かさない!


 要塞の中心部に入るとプレイヤーがオンラインで参戦してきた。しかもランクはSだった。超高ランクのプレイヤーだ。マチズモランダムを駆るブラオトの動きはちょこまかとしている上にビット兵器がちょろちょろとすさまじくウザい。


ブラオト・ミニリバー:あはは!こわいかなぁ!!


 そしてマチズモランダムの伸ばした触手に俺の機体は捕まってしまった。


ブラオト・ミニリバー:だけどビットのマニュアル制御ができる!だけど全部敵に当ててしまうこの僕を舐めるなんてぇ!それでもあろうともぉおおおおおおお!!!


 敵プレイヤーのブラオトさんが何言ってるのかよくわかんない。日本語めちゃくちゃやんけ。だけど状況は絶望的だ。相手のムチのせいでこっちは身動きが取れない。それなのにビット兵器でタコ殴りにされる。さっきからHPがゴリゴリ削られて行ってる。


ブラオト・ミニリバー:僕がすべて与えたものを全部手に入れる!見守った分だけ僕は強いんだ!すごいんだ!憧れれるんだよぅ!!


 舌が回ってないよブラオトさん。なんか怖い。でもどうすればいいんだ。このままだと負ける。だけどその時だった。操縦桿を握る俺の右手にニコが手を重ねてきた。


「大丈夫…。だって私が傍にいるから…」


 ニコは優し気に微笑んだ。そして俺の唇に優しくキスしてきた。


「ああ。そうだな。俺は一人じゃないんだ!フィールド展開!!!」


 すると俺の機体の周辺が陽炎の様に歪む。ビットから放たれたビームはすべてそこで曲げられてしまい、俺の機体へと届かなかった。


ブラオト・ミニリバー:なんじゃばかな!∈のアンチビームフィールドは男女のカップルじゃなきゃ使えないはずなのに?!まさかリア充なのか?!敵はリア充のμタイプなのか?!


 そう。このアンチビームフィールド機能はコクピットに男女で一緒に入ることが条件で発動するという普通にユーザーを舐め腐ってるとしか思えない発動仕様となっているのだ。そして俺たちはフィールドの力で敵のムチからも逃れる。


ブラオト・ミニリバー:だからと言ってぇ?!!


 マチズモランダムはビット兵器を俺の周囲に展開して次々ビームを放ってくる。だけどそのすべては…。


「気配感知。ビット座標の予測入力。偏差修正。一つたりとも通さない…!」


 ニコはキーボードを操作して敵ビットの位置を必死に入力した。俺はそのデータをもとにロックをかける。


「フルロック!ファイエル!!」


 俺は両手にライフルを持ってすべてのビットをライフルで撃墜する。


ブラオト・ミニリバー:そんなぁ!うわぁああ!ちがうぅ!こんなの!違ってるのにぃい!!


ジレイ・パトリシアス:違いやしないよ。お前は過信しすぎた。自分と。自分の鎖をなぁ!!


 俺はライフルを捨てて、ビームソードを握り、相手に突撃をかます。そして。


ブラオト・ミニリバー:…ああ…ごめん…二…。


 そして敵のマチズモランダムは俺にコクピットを貫かれて爆散した。勝った。俺たちは勝ったのである!!


「「やったーーーーーーーーー!!」」


 俺たちはコックピットの中で抱き合う。勝利の味を噛み締めたのだった。





 秋葉原を堪能した俺たちはご機嫌でゲーセンを出た。そしてルンルン気分で街を歩いていると、同人誌ショップの中に見知った顔を見つけた。


「タエコちゃん?」


「だね」


 俺とニコは店の外から中を覗き込む。そこにはオシャボ君とミカさん、それに高橋がタエコと一緒にいた。妙子は同人誌を手に持って何かを熱く語っているように見えた。そして高橋はそれを楽し気に余裕のある顔で優し気に聞いていた。そしてタエコが同人誌を棚に戻すと四人は別のエリアへと歩いていった。だけど一瞬。ほんの一瞬だけど。妙子が高橋の背中をどこか悔し気な目で睨んでいるのが見えたんだ。


















次章予告











俺の人生には何の目標もなかった。器用に毎日をこなす中でただただ空虚を飼い慣らしていた。だけどある日出会ったんだ。熱く自分の愛するものを語る女の子に。自分の夢をまっすぐに追いかける彼女と出会い。俺の世界は色づいていく。



私の人生は夢に満ちていた。だけど彼と出会って初めて夢は形を得た。だけどそれは同時に現実という壁にぶつかることと同じだった。





ネクストチャプター






【オタクに優しい田村さんは漫画には優しくない】









乞うご期待!!






---作者のひとり言---

ブラウはドイツ語で青って意味です。つまり?

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