第35話 君の夢に僕はいない~氷室和~前篇
僕は彼女の夢を信じてる。公開オーディションの日がやってきた。ニコと土橋さんは事前に行われた書類審査と面接を無事に突破した。あとは本番で今までの練習の成果を出すだけ。僕はそれを観客席で見届けるだけ。
『ヒロイン役を手にするのは一体だれなのか?!ここに集まったのは未来のスターの卵たちです!皆さん!彼女たちが羽ばたく瞬間を見逃すなぁ!!』
客席の原作ファンたちの熱い声援が響く。イベントの滑り出しは上々だった。そしてステージの上に審査対象の声優志願の女子たちが並んだ。
『ではまずは自己紹介していただきましょう!エントリーナンバー1…』
次々と候補者たちが可愛らしく自己紹介していく。集まっている子たちはみんな可愛い。だけどそのなかでニコは頭一つ分抜きんでて美しかったんだ。
「エントリーナンバー7。氷室
「はあ。そう」
司会進行のイケメン声優さんがべた褒めするくらいニコは綺麗だ。だけどニコの反応は冷たい。ニコは容姿を褒められなれているから、そういうのに冷たいんだ。
「あはは。クール系なんですね。今回のオーディションにはどれくらいの意気込みで来たのかな?」
「…これくらい?」
ニコは両手を大きく広げる。その様子に観客席から笑い声が響く。お客さんにはウケている。だけどニコは外面で評価されるの何て好きじゃないんだ。彼女は声で勝負しに来た。ここにいるみんなはニコのことを上っ面でしか見ていない。ここにいる誰も。ニコの夢を本気で応援なんてしていないんだ。
「天然さんなんだね!あははでは次の方に行きましょう。エントリーナンバー8…」
僕だけが彼女の夢を本気で応援している。そう。僕が必ず彼女の夢を叶えるんだ。そして自己紹介が終わり、演技のオーディションが始まった。
俺は彼女のキャリアにはあんまり興味がない。邪魔はしない。さりとて応援する気も特にない。まあ俺と同じく声を仕事にしているところには共感はしている。だけど男女である以上どうせ同じ夢は見られない。母と俺がそうだったように。
「はーい。じゃあMVの撮影はじめまーす。いいか!気合入れろよ!特にそこのクズども!!」
学校の教室風スタジオの中で、朱雀と鳳凰が玄武さんに指差しされていた。二人ともMVには興味が全くないのでやる気のやの字さえ感じられない。所詮はバンドマン。ライブと女漁り以外では輝けない生き物なのだろう。
「でもなぁ」
「ねぇ」
二人ともマジでやる気がない。気合ってものが感じられない。
「どうせMVでバンドマンなんか見ねえよ」
「左様。そもそも演奏しているふりなど、俺たちへの侮辱でさえある」
二人とも無駄なこだわりがウザい。クズの中のクズだ。
「はぁ。まったく。ならいいこと教えてやるよ」
玄武さんはやれやれとした様子で二人に言う。
「このスタジオは普段はAVの撮影に使われている場所だ」
「「まじで?!!!!!」」
途端にクズ二人の瞳がまるで少年の様に輝きだす。うわぁ…。二人はあたりを見回す。そして二人して滑らかに腰を振り始める。すげぇ愉しそうな笑顔がウザい。
「変な人たち」
JKのセーラー服に着替えたニコが俺の隣でそう呟いた。いつもはガーリッシュでフワフワなコーデが多いニコだけど、JKのコスもよく似合っている。
「へぇ可愛いね」
俺はニコのスカートをつまんでペラペラとめくる。パンツは残念なが見えなかった。中には短めのスパッツを履いていた。
「残念。パンツ見たかった」
「踊るシーン。あるから。見えちゃ駄目」
そう言うとニコはその場で華麗に一回転する。スカートと髪の毛がふわりと広がる。そして見えるうなじの艶やかさと、太ももの肉感的なエロさが俺の興奮を掻き立てる。
「はいはい!馬鹿ども。AVごっこは終わりだ。楽器持て持て!!撮影すっぞ!」
玄武さんもキーボードに手を添える。そしてカメラが回り始める。
僕はオーディションでニコ以外の候補者たちの演技を見て、不安を覚えた。僕のような素人でもわかるくらい皆演技が上手かった。ニコの演技はすごい。だけど競い合う相手も同じようにすごい人たちばかり。その現実に打ちのめされそうだった。ニコはここに来るまで最善を尽くした。だけど昼岡くんがそれに水を差した。それが僕を苛立たせる。
『私はやさしいあなたが好きだったの。頑張らなくて良かったのに…わたしのためなんて…何もしなくてもよかったのにぃ…』
原作でも読者をハラハラさせた名シーンを台本を持った土橋さんが演じていた。土橋さんの演技は観客を魅了していた。他の候補者に比べても華がある。
『でもあなたは頑張っちゃったね。わたしは夢さえ見れればよかったのに。あなたと二人で見られるだけでよかっただけなのに』
土橋さんの演技は終わる。彼女は観客席に向かって一礼する。観客席から大きな拍手が響いた。そしていよいよニコの番が回ってきたんだ。
『エントリーナンバー7。氷室和さん。どうぞ!』
司会から合図が入る。するとニコは台本を広げて、それを広げて…観客席へと投げた。その謎の行動に会場のすべての人間が虚をつかれた。そしてニコはとてもとても艶やかな。誰もを虜にして。縛り付けるような笑みを浮かべた。それだけで観客たちの空気が変わった。何人かは席を立ってステージに近づいていったのだった。
---作者のひとり言---
ニコ劇場の始まりだぜ(; ・`д・´)
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